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14/20

14:どちらさまで!?




 エルネスト様が長期任務で留守にされて一ヵ月半。

 義両親が外出に誘ってくれることもあり、淋しさをどうにか紛らわせられている。部屋で一人で眠っていると、夜中に夢うつつでエルネスト様が寝ている場所を手で探ってしまい、ひんやりとしたシーツの感触で目が冴えてしまって、そういうときに一層しょんぼりとしてしまう。


「あ、そうだった……」


 今まで、一緒に寝ているといった感覚はあまりなかったけど、無意識で彼の温かさを感じていたんだなと実感してしまう。

 エルネスト様が戻られるまであと半月ほど。あとちょっとの我慢よ、と自分に言い聞かせる。


 この日までは、早く無事に帰ってきてくれることだけを願っていた。




 義両親が二人で観劇に出かけた午後だった。執事から来客の知らせを受けた。義両親に来客かと思っていたら、どうやら私の来客らしい。

 誰とも約束はしていなかったはずだと言うと、執事が妙に動揺しつつ、エルネスト様の同僚だと言った。


「え……サロンにお通しして」

「承知しました」


 もしかしてエルネスト様になにかあったとか、予定が変更になって帰還が遅れるとか、そういった連絡なのかもと不安になりつつ身なりを整えてサロンに向かった。


 来客はてっきり騎士様だと思っていた。同僚と聞いたから。でも、サロンにいたのは私より少し年上に見える女性だった。

 緩やかにウェーブした金髪を指にくるくると巻きつけながら、妖艶なお顔の女性がサロンで足を組んで紅茶を飲んでいた。

 私に用事があるらしいけれど、夜会などではお会いしたことがない気がする。騎士団の服に似ている制服を着ているし、騎士団内の事務の人なのだろうけれど。

 あれ? ということは、やっぱりエルネスト様に何かがあったとか?


「お待たせいた――――」

「私、エルネスト様の子どもを身籠っているんです。お願いします、貴女とは白い結婚だと聞きました。どうか身を退いてください。この子の為にっ」


 ――――え?


 さっきまで優雅に座って、出されたお茶を飲んでいたっぽい女性は、私がサロンに入った瞬間にティーカップをゆっくりと置いてから、急に泣き出した。

 よく見ればお腹が少し膨らんでいる。五ヵ月か六ヵ月くらいかしら?


 とりあえず落ち着いてくださいと言っても、ボロボロと泣きながら、どんどんとこちらに近寄ってくる。

 赤っぽい瞳がちょっと怖くて後退りしていたら、いつの間にか壁際に追い詰められていた。

 怖い怖い怖い! なんか目が爛々としてて怖いんだけど!?


「お願いしますっ、エルさまは責任感から貴女と結婚したけど、本当は私としたかった。毎日がつらいと嘆かれているんです……貴女がエルさまを苦しめてるんですっ! お願いします、別れてください」


 ハキハキと話すのに、その間でわざとらしく泣いて縋ってくる。壁際にありえないほどの力で押しつけられて……本気で困惑していた。

 どうにか会話をしようとしても、すぐに遮られる。そして女性はというと、厳しい顔の執事やオロオロとしている侍女や使用人たちを、横目でチラチラと見ていた。

 

「奥様とは白い結婚だと聞きました。愛はないのですよね!? エルさまの子どもを私生児にするなんて酷いこと、しませんよね!? 母親と引き離すなんて、最低なこと、しませんよね!?」


 デイドレスの腰辺りのスカートを鷲掴みして、縋り付くようにして、そんなことを言われた。

 あまりにも意味がわからず困惑しながら「はい?」と聞き返したのに、女性は満面の笑みでお礼を言ってきた。


「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」


 女性はそう言うと、颯爽とサロンから出て行ってしまった。執事が慌てて後を追ったものの、物凄い速さで走って丁度停まっていた乗合馬車に乗り込んでしまったそう。


「妊娠しているのに、走って大丈夫だったかしら?」

「……本当に妊娠しているのか怪しいものですね」

「うーん。エルネスト様の同僚には間違いないのよね?」

「はい。第二部隊の制服でしたから、お間違いないかと」


 名前を聞きそびれてしまった。これは痛恨のミスだなと反省しつつ執事に確認すると、ジェーン・ドゥナンと名乗ったと教えてもらった。

 脳内の貴族名鑑の中にドゥナンという家名がない。念のため、お義父様の書斎で貴族名鑑を借りて確認したけれど、やっぱりいなかった。


「ジェーン・ドゥ、ナン……? 偽名の可能性が大きいわよね?」

「っ……屋敷に不審者を招き入れてしまいました。大変申し訳ございません」


 執事が体を低くして謝ってきたけれど、さっきのは仕方がないと思うのよね。だってちゃんと制服も着ていたし。

 とりあえずエルネスト様が戻られたら、どういうことか確認しないとよね。




 義両親が観劇から戻られて、夕食の席で午後にあったことを話した。執事がまた深く謝罪して処罰を求めていたので、本当に気にしていないことと、処罰は与えたくない旨を伝えた。


「そんな女性がいたかまでは記憶がないが……エルネストはリリアーナ嬢一筋だよ。君を裏切ることは絶対にないと言いきれる」

「っ、はい。私もそうは思うのですが……」


 あまりにもいきなり過ぎたことと、彼女の膨らんだお腹のこともあって、ちょっと考えがまとまらない。

 義両親たちには、エルネスト様が帰ったら本人から直接話を聞きたいので、しばらく対応を待ってもらうことにした。




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