10:どうしてこうなった?
朝方に起きて、まずは入浴。
侍女数人がかりでコルセットをギチギチに締めてもらう。少し休憩して今度はドレス。
ヘアセットをしたら、お化粧を施してもらい、最後に宝石類。
エメラルドの首飾りと耳飾りは、エルネスト様の瞳の色。それだけで気分はもう有頂天だ。
六歳のころにどこかの大きなお庭で出逢い、気付いたら婚約者になっていた。お庭で出逢ったときに大好きになっていた記憶があるから、婚約者だと知ったときは本当に嬉しかった。
あのころの気持ちを大切に抱いて、今日私はお嫁に行く。
両親と家のみんなにお別れの挨拶をしていたら、玄関がノックされた。
エルネスト様のお迎えだ。
この国のしきたりで、新郎は新婦を実家に迎えに行き、抱きかかえて馬車へ乗せる。そして、新たな家の前に着いたら、今度は馬車から家の中まで新婦を抱きかかえて運ぶのだ。
外の汚れたものには一切触れさせず、新たな家でも大切にしますよという意思表示らしい。
込められた意味にはそこまで何かを思わないが、新郎に抱かれて運ばれるというのは、やっぱり乙女の憧れの姿なわけで。
やってもらって分かったことは、思ったよりも視点が高くなるし、ちょっと怖い。エルネスト様の首に抱きついたら、なぜかエルネスト様がバランスを崩しかけた。
理由は聞かれたくないとのことだったけど、ちょっと気になっている。
ラフォレーゼ侯爵家の大広間で結婚式は開催された。
家でお別れをした両親ももちろん式に参加してくれている。あれは、形式的なものなので。
「病めるときも、健やかなるときも――――」
神父様の前でエルネスト様との愛を誓い、キス。
初めてのキスは、柔らかく甘く、熱くて苦しかった。
神父様のコホンという咳のあとに、エルネスト様の唇がゆっくりと離れて、見つめ合って、なぜかまたキス。
「エルネスト」
神父様の低い声にエルネスト様がなぜか舌打ちをするという謎の瞬間はあったものの、概ね平和かつ感動的に結婚式は終わった。
その後、夕方まで披露宴パーティーが開催され、エルネスト様とダンスをしたあとは、お義父様ともダンスをした。
踊っている間、お義父様が面白おかしくエルネスト様がどれだけ私のことを好きで、なんなら執着系一歩手前だったなんてことを教えてくださっていたのだけど、途中でエルネスト様にバレてしまい、お義父様から引っ剥がされてしまった。
もうちょっと聞いていたかったのに。ちえっ。
宴も酣となり、参列者の方々に挨拶をして、私たちは会場を引き上げることに。
宿泊されるお客様や、近くに住まわれている親戚の方々は、この後も飲んだり騒いだりするらしい。
私たちは……あれだ、あれ。あれの準備に取り掛かるのだ。あれの準備。
侍女たち浴室へと案内され、ドレスを脱がせてもらう。コルセットで締め上げた体にフィットするように作られているので、脱いだ瞬間の開放感といったら、何にも例えようのないくらいに気持ちいい。
その後、温かいバスタブに浸かりながら頭皮や全身マッサージをしてもらい、なんだかいい匂いのオイルを塗りたくってもらい、更にマッサージを施行された。
疲れ果てていたうえに、早朝から起きていたこともあり、マッサージ中からうつらうつらと気持ちいい眠気に襲われていたが、なんとか耐えきった。
「え、これ?」
「はい、これです」
真っ白で、なかなかにセクシーな夜着を着せられた。エルネスト様が厳選したものだとか言われて、軽くパニックになっていたら、その上からナイトガウンを羽織らさせられた。
「では、こちらでお待ちください」
「ふぁい……」
主寝室に押し込まれ、大きなベッドを目の当たりにして思考停止。
今からあそこであれやこれやがあるのよね? 待ちに待っていたけど、目の当たりにすると脳内でちゃんと機能した記憶は『殿方に全てを委ねなさい』という家庭教師の教えだけだった。
友人たちから教え込まれた耳年増な情報は真っ白に消え去ってしまっていた。
ベッドに腰掛けてしばらく待っていたものの、すぐに眠気が襲ってきた。
エルネスト様は私のあとにバスルームを使うので、まず私が使った後の掃除を待ち、湯を溜めてから入浴する。
だからもう少し時間が掛かるはずだ――――なんて思って、ベッドに寝転がって目をつぶるんじゃなかった。
チュンチュンと小鳥の鳴き声に目蓋を押し上げて、室内から窓の外に視線を向けた。
空の明るさをぼーっと見て、室内に視線を戻して、グイッと腰を抱き寄せられる感覚で、寝ぼけていた頭がクリアになった。
「ぎゅわぉえ……」
「ぶふっ。どんな悲鳴なんだい、それは」
エルネスト様がとても楽しそうに笑っているけれど、私は完全に顔面蒼白だろう。だって、初夜をした記憶がないのだから。
絶対に『ちょっと目をつぶろう』と思った直後に寝落ちしているはずなのだから。
「ごっ、ごめ…………」
「リリアーナ、謝らないで。昨日は大変だったからね。仕方ないよ。しっかりと眠れたかい?」
優しエルネスト様の声で、怒っていないのだとは分かるけど、それでもやっぱり謝りたくてごめんなさいと言うと、更にくすくすと笑われてしまった。
そして、甘い甘いキス。
「リリアーナ、おはよう」
「おは……ようございます…………」
「さて」
――――さて?
「じゃ、今から初夜をしようか?」
「ふほぇっ!? イマ、アサ」
衝撃の発言に、完全にパニックだ。
エルネスト様がくすくすと笑いながら、逃さないよと恐ろしい宣言をした。
――――どうしてこうなった!
そう叫びたいけれど、原因は間違いなく私なので諦めるしかない。