こんな自分のために
いきなり養成施設に入るのもどうかということで、心理カウンセリングの人の提案で気晴らしにと散歩をすることになった。
付き添いとはいえ、真宵は男性を近づけさせない。
ただ行く宛もなく、町をさまよい歩くだけだ。
「真宵ちゃん、どこ行こうか?」
いっそこのまま彼を撒いて逃げ出そうかと考えたが、無理なことに気付いた。
帰る家はある。
だが、あの場所には帰りたくはない。
心を病む原因となった場所だから。
つまらないだろうに、少し後ろから彼はずっと付いてきている。
健気にも何度も問いかけてくる。
普通ならばここで嫌気が差して放っておこうと思うところだが、仕事だから、自分を気遣ってくれているのだ。仕事だから。
結局、誰も自分のことを必要としてくれる人はいない。
生きている意味など、あるのだろうか。
そう思うと、無性に悲しくなってきた。
涙が込み上げてくる。
泣きたいのは、無視され続けている彼の方かもしれないのに。
「真宵ちゃん、泣いているの?」
ハッと我に返り、後ろを見ずに頭を振った。
「そう。おれと話するの、怖い?」
少し嬉しそうな声音になったかと思うと、急に真剣な口調で訊ねてきた。
そういう意味で泣いたわけではないと弁解しようと、一瞬振り返りそうになったが、すんでのところで引き留まった。
変な誤解を生みそうな気がしたから。
「話したくないなら、別に構わないよ」
彼の心底しょんぼりした声を聞くと、自分がとんでもなく悪いことをしたような気分になる。
そういう心があることに、真宵は少し安心した。
「……え、と」
喧騒に掻き消されるまでもなく、存在の危うい小さな声が、息と共に吐き出される。
自分から何かを言うつもりはなかった。
ずっと無視し続けるつもりだった。
だが、もし仕事だとしても、純粋に自分を気遣ってくれる人物に何かお礼をしたいと思った。
それだけのことだ。
だのに、彼は満面の笑みを浮かべてくれた。
「ありがとう。おれと話そうとしてくれて、本当に嬉しいよ」
本当にお礼を言いたいのはこちらの方なのに、言葉が出ない。
失声症というわけでもないのに、何も言えないでいる。
そんな自分が嫌で、嫌でたまらなかった。
それでも、彼はずっと笑いかけてくれた。
こんな自分のために。