心の傷は一生癒えない
彼女は修道女として、でなく、個人として少女に興味を持ち、心を開いた。
興味を持った対象に、一直線に突っ走るタイプなので、修道女は頑として譲らない。
だから少女の皮肉っぽい笑みにも全く動じない。
何度か言い合いを行い、とうとう観念した少女は、立ち話もなんなので場所を変えて話そうと提案した。
修道女と少女はもう一度礼拝堂に戻って、話をすることにした。
少女の名は星屑真宵。
幼い頃から父親の暴力を受け続け、心に大きな傷を抱えていた。
父親の卑劣な裏工作により、大好きだった学校にも行けなくなり、友達との連絡手段も途絶えてしまった。
それ以来、自室に籠りっぱなしになって、次第に心は病んでいった。
真宵の父親に対しての恐怖もさることながら、積年の恨みが募るばかりだった。
そんなある日、真宵は刃物を持って父親に刃向った。
「人間の屑め。殺してやる」
いつも暴力を振るっている、凶暴で悪逆無道な父親が、真宵のその一言と刃物に恐怖を抱いているのが手に取るようにわかった。
恐れ慄き、命乞いをする父親の姿に快感を覚える自分がいた。
それを第三者の視点から捉えられるようになると、自分にもこの屑を具現化したような奴と同じ血が流れているのだと悟った。
醜く、どうしようもない生き物と同じ。
そう考えると、ますます目の前の父親を消し去りたくなった。
「頼む! 殺さないでくれ! 俺が悪かった! あの時はどうかしてたんだよ……ほら、俺だって疲れてるから……な? だから命だけは……!」
父親の情けない言い訳が癇に障った。
こいつは初めから反省などしていないのだ。
人間誰もが自分が可愛くて仕方がない。
自分の為ならばなんでもする生き物だ。
こうして目の前のゴミを処理しようとする自分のように。
そして真宵は父親を刺した。
父親の魔の手から逃れるために刺したとはいえ、自分のしたことは立派な犯罪だ。
死罪になる覚悟はとうの昔にできていた。
警察に出頭し、自分の罪を伝えた。
間もなく牢獄に送還されるかと思っていたが、父親はまだ死んではいなかった。
殺人未遂ではあるが、父親のしたことが真宵にとって命の危険に及ぶ行為として、正当防衛と見なされた。
代わりに、父親が逮捕されることになったのだという。
真宵が未成年であることも考慮されているのだろう。
精神的に不安定な状態にしたのは父親であるし。
それでも警察や裁判官が自分の立場に立ってくれるとは思わなかった。
あの時感じた悦びは、殺人鬼のそれと同じものだというのにも関わらず。
「じゃあこれからどうするべきなんだろう……」
お咎めなしということで解放されたが、しばらくは養成施設に入れられ、心理カウンセリングの人が付き添ってくれるそうだ。
その人が更生の道を示してくれる。
しかしその人は、真宵の苦手な男性だ。
きっと、この人選は計算されているのだろう。