月下の王太子~本当は王女って、どういうことですか?!~
月光を浴びる王太子クラウス殿下――彼の銀髪が月明かりの中で輝き、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。
ああ、やっぱり私の憧れの人は素敵だなぁ。あれほど王子様という言葉が似あう人は、他に居ないだろう。
彼の細い両腕が月に向かって伸び、まるで月光を受け止めるかのように差し出された。
――その光景に、私は目を疑った。
彼の銀髪が見る間に伸びていき、クラウス殿下の背丈が縮まり、胸が豊かに膨らんでいく。
あっという間に王太子クラウスだった人は、美しい銀髪の女性に変わっていた。
その女性的なボディラインに、クラウス殿下の名残などない。
だけどさっきまでそこに居たのは、間違いなくクラウス殿下だ。憧れの人を見間違えるなんて、そんなことがある訳がない。
余りのことに言葉を失った私は、思わず数歩後ずさっていた。その私の足が、雑草を踏んでしまいガサリという大きな音を立てる。
弾けるようにこちらに振り返った女性が「誰ですか!」と声を上げる。
その厳しい目を受け止めた私は、それ以上身動きが取れないまま、呆然と女性の美しい顔を見つめていた。
****
私は魔法学院にある大ホールの外、小さな雑木林の中で、クラウス殿下だった女性と向き合っていた。
女性――第一王女クラウディア殿下が、小さくため息をついて告げる。
「まさか、誰かが居るとは思いませんでした。迂闊ですね」
ざっくりと事情を説明された私も、ため息で応える。
「こっそり夜会から抜け出したクラウス殿下の後を付いてきたのは謝ります。
だけど、まさかクラウス殿下がクラウディア殿下だったなんて、未だに信じられません」
この国の王家は王女ばかりだ。
そのことにプレッシャーを受けた王妃様は、王子を産めないことに思い悩み、塞ぎ込んでしまったらしい。
王様はそこで一計を案じた。まだ幼い第一王女を王子として偽るという、とんでもない奇策だ。
『今まで病弱だったから表には出してこなかったが、第一王女には双子の兄が居る』という発表をし、魔法で姿を変えた第一王女クラウディア殿下が、それ以来第一王子クラウスという姿で二重生活を送ってこられたのだそうだ。
周囲からの『跡取りを産んで欲しい』というプレッシャーが和らいだ王妃殿下は、近年になってようやく本来の第一王子、表向きは第二王子を産むことが出来たらしい。
幼い第二王子ウィリアム殿下が成人するまで、第一王子として務めを果たすのが、クラウディア殿下に課された使命だった。
――だけど、ここで一つの悲劇が生まれる。
クラウディア殿下は優秀な王族だった。頭脳明晰で文武両道。そんな『クラウス第一王子』に周囲がかける期待は、それは大きなものだったという。
十五歳の成人にして立太子を強く望まれ、有力貴族たちからの圧力に屈した王様は、クラウディア殿下に『ウィリアムが成人するまで我慢して欲しい」と、立太子を命じたのだという。
以来二年間、クラウディア殿下は王太子クラウスとして、公務をバリバリとこなす有能王族の務めを果たしてきたのだという。
私は改めてため息をついた。
銀髪で線が細いのに、剣術に優れ高い教養を身に着けている、優雅な王子様クラウス殿下は、私の憧れの人だった。
まさに『ザ・王子様』という、麗しの君だったのだ。
その正体が女性だと知ってしまい、私の初恋も無残に散ってしまった。
クラウディア殿下が厳しい目つきで私を睨み付けて告げる。
「何をため息をついているんですか。
私の話、ちゃんと聞いていましたか?」
私は顔を上げてクラウディア殿下に応える。
「ええはい、『秘密は決して漏らしてはいけない』ということですね。
……ちなみに、もし漏らしてしまったらどうなるんでしょう?」
クラウディア殿下が、美しい顔でニコリと柔らかく微笑んだ。
「もしその兆候があれば、あなたの存在を闇に葬ることになります」
暗殺するってことー?!
「ちょっと?! 尊い国民の命を、そんな軽率に扱っていいんですか?!」
「もちろんそんなつもりはありませんけどね。
ですがこれは王家の機密事項。余人に漏らされては困るのです。
あなたは私が直々に見張りますが、それ以外にも監視が付くのは諦めてください」
うげぇ、息苦しい学院生活確定?!
こんなことなら、こっそり夜会を抜けだすクラウス殿下の後なんて、付けるんじゃなかったな……。
私は魔法学院では珍しい、平民出身の生徒だ。
貴族たちの社交場である夜会になんて、私の場所はない。
クラウス殿下を見たいがために参加したのだけれど、まさかこんな罠みたいなイベントが待ってるなんて。
再びため息をつく私に、クラウディア殿下が告げる。
「……そろそろ戻らねばなりません。
セリア、あなたは今後、私に付き従いなさい。
他の貴族子女からは、私が守ってあげますので」
そう言うとクラウディア殿下は再び月に向かって手を伸ばす――再び月光を受け止めたクラウディア殿下の姿が、見る間にクラウス殿下に変わっていく。
すっかり男性の姿に戻ったクラウス殿下に、私は告げる。
「ところで、なんでわざわざ抜け出してまで、元の姿に戻ってたんですか?」
クラウス殿下が苦笑を浮かべて応える。
「女生徒の熱意に囲まれるのに疲れてしまってね。
自分は女性なのに、女性から好意を寄せられても困ってしまう。
だけど、ああも熱烈な好意の中に居ると、まるで自分が男性かのように錯覚してしまいそうでさ。
だから時々こうして、本来の自分に戻りたくなってしまうんだよ」
「なるほど、クラウディア殿下は異性愛者で、同性から好意を寄せられるのが嫌なんですね」
「好意が嫌というか、自分を見失うのは嫌かな」
すっかり男性の声に変わったクラウス殿下の言葉や言葉遣いに、私は密かに安心感を覚えていた。
これこそ私が憧れた王子様! ……だけど、正体はさっきまでのクラウディア殿下なんだよなぁ。
「ねぇクラウス殿下、クラウディア殿下はどういう扱いんですか? 双子の妹なんですよね?」
ホールに向けて歩き出したクラウス殿下が応える。
「彼女は『病弱』なんだよ。学院にも通えないほどね。
彼女の世話をする一部の従者、そして王家と、ごく一握りの重臣しか彼女に会うことはできない。
存在はするし、王女教育も受けているけれど、その姿を知る者は一握りさ」
なるほどねぇ。クラウディア殿下は王太子として活動をしつつ、王女教育は受けているってことか。
私はホールに向けて歩いて行くクラウス殿下の背中を追っていった。
****
ホールに戻った私は、クラウス殿下に付いて他の貴族子女との会話の輪に加わっていた――というか、その輪の中に居るだけなんだけど。
男子生徒の一人が私を見て、ニヤリと笑いながらクラウス殿下に告げる。
「おやおや? 女生徒を侍らすなんて、クラウス殿下にしては珍しいですね」
クラウス殿下は柔らかい笑顔で応える。
「彼女はなんとなく親しみを感じてね。
一人くらい傍に置くのも構わないだろうと思ったのさ。
それに彼女は平民、家同士の煩わしい事情も、考えなくてすむからね」
男子生徒は納得したように頷いた。
「ああ、要するに妾候補という訳ですか」
「そう取ってくれても、今は構わないよ」
……ちょっと。私がクラウス殿下のお妾さん?
なんだか納得いかないけれど、私が逃げようとするとクラウス殿下が私の制服を捉えて逃がしてくれる様子がない。
会話の輪に居る貴族令嬢や、周囲に居る貴族令嬢たちからはあからさまに敵対視する眼差しが刺さるように飛んでくる。
だけど殿下が『妾みたいなもの』と口にしたら、その視線も和らいだみたいだ。
つまり、私を守るための嘘ってことかな。
女子生徒が、私を値踏みする目でじろじろと眺めながら告げる。
「その人、確か成績優秀者の一人ですよね。
まさか今後、殿下の妃候補になる、なんて話にはなりませんよね?」
クラウス殿下は飄々とした顔で応える。
「そんな先の話は分からないな。
悔しければ、彼女より優秀な成績を出せばいい。
優秀な人間が妃候補になるのは、当然のことだろう?」
……クラウス殿下、まさか女子生徒を遠ざける理由に私を使うんじゃないだろうな?
綺麗な顔をして、案外したたかで意地が悪いのか?
その日の夜会は、クラウス殿下と私の関係を根掘り葉掘り聞かれて行った。
だけど、それまでクラウス殿下の傍に近寄ることがなかった私に、殿下との関係性が浮かび上がる訳もない。
殿下は『さっき、たまたま出会って少し会話をしただけ』と告げていたけど、たったそれだけで傍に居ることを許された私に対する敵意は、それなりに生まれてしまったようだ。
夜会の間中、刺すような視線にさらされながら、私は居心地の悪い時間を過ごしていった。
****
それからの私の学院生活は、中々に過酷だった。
クラウス殿下から付けられたと思しき同級生の女生徒が、常に私と行動を共にした。
学年が異なるクラウス殿下とも、何かにつけて同行を命じられた。
息苦しい学院生活の始まりだ。
その上、クラウス殿下の傍に侍る私を妬んだ女子生徒たちから、いじめのような行為が相次いだ。
持ち物は隠され、階段の上で突き飛ばされ、根も葉もない噂が蔓延していった。
なんでも女子生徒たちの間では、私は『身体を使って殿下を篭絡した悪女』ということになってるらしい。
……そんなの、私の質素な体型を見れば無理だとわかりそうなものなんだけど。
どこにこんな質素な体型の女子に篭絡される男子が居るのか。
いや、もしかしたらそういう趣味の人もいるかもしれないけど。
というか、一人くらいは居てくれないと私の結婚も危ういので、是非居て欲しいとは思うんだけど。
そんな学院生活を半年ほど続けた頃、私はクラウス殿下に呼び出されて学院のサロンに居た。
同行している女子生徒は、王宮古参の侍女の娘らしく、事情を知っている生徒だった。
三人きりになったサロンで、クラウス殿下が憂鬱そうにため息をついた。
「――はぁ。私に婚姻相手を見繕えとか、父上も無理難題を言うものだ」
私は呆れながら応える。
「そんなの、断ればいいじゃないですか。
本当は王女のクラウス殿下と婚姻してくれる女性なんて、居ないでしょ?
王族と婚姻できるほど高位の貴族令嬢が『本当は王女なんです』って言われて、納得するわけがないし。
それなら別の高位貴族の所に嫁ぎますよね」
クラウス殿下は小さく息をついて応える。
「そうなんだよねぇ……。だけど王太子の私が婚姻せずに済ませるのも、ちょっと無理があるんだ。
十五歳にして異例の立太子、そこまでは私も受け入れたけど、婚姻はなぁ……あっ!」
クラウス殿下が、弾けるように私を見た。
その顔がニコリと微笑み、私に告げる。
「名案を思い付いたんだけど、聞いてくれるかな?」
私は嫌な予感がして、ゆっくりとソファから立ち上がり、後ずさりを始めた。
「……それ、私に関係があることですか?」
クラウス殿下が柔らかい微笑みで私を見つめ、頷いた。
「うん、そうなんだ。
――セリア、君が私と婚姻してくれないかな」
「はぁ?! そんなの嫌に決まってるじゃないですか!
私は異性愛者、恋愛対象は男性ですよ?!」
殿下がはぁ、と切ないため息をついて告げる。
「そんなの、私だってそうだよ。
だけど婚姻しておいて、夜の相手をしない訳にもいかないだろう?
いくら身体が男性に変化しても、女性の夜伽相手をするなんて、死んでも嫌だ。
でも婚姻をしない訳にもいかない。
事情を理解して、なおかつ婚姻をしてくれる相手が望ましい。
しかも後々私が王女に戻って離縁しても、問題にならない家でなければならない」
実に難問だ。王族と婚姻できる貴族の家柄なら、離縁だけで大問題だし。
私はジト目でクラウス殿下を睨み付けながら告げる。
「だから平民の私に白羽の矢を立てるんですか?」
クラウス殿下がニコリと微笑んで頷いた。
「うん、そうだよ。君なら、後腐れなく離縁できるだろう?
そして事情を理解してくれて、平穏な婚姻生活も送れる。
君は見返りに、王太子妃として相応に優雅な生活を送れるよ?」
「それ、まるでメリットみたいに言ってますけど、王太子妃ってことは責任が重たいんじゃないんですか?!」
殿下は優雅に紅茶を一口飲んでから応える。
「ま、そうだね。王太子妃は後の王妃、だから王妃教育を受ける義務がある。
それなりに大変な目には遭うと思うよ」
「わーりーにーあーわーなーいー!
私は平民として、平穏な市井の民になれればいいんです!
魔法の才能は何故かあるみたいですけど、これを活かした職業に就く気もないですし!
普通のお嫁さんで充分幸せなんですけど?!」
クラウス殿下が横目でニヤリと私を見つめた。
「おやおや、魔法学院に来ておいて、その言い分は通らないな。
少なくともセリアは、魔法を活かした職業に就くことが求められる。
高魔力保有者は貴重な国力、一人だって無駄にできないからね」
まぁ、だからこそ平民の私が、こうして王侯貴族の通う学校に通えるんだけど。
理屈はわかるけど、それとこれとは話が別だ。
「ともかく! 私は頷きませんからね!」
クラウス殿下が、寂し気にソファの上で膝を抱えた。
「ふーん、友人の頼みを無碍に断るんだ?」
「うぐっ! ゆ、友人になった覚えはありませんよ!
監視されてるだけじゃないですか!」
殿下がじったりとした視線で私を見つめ、唇を尖らせる。
「今まで数えきれないほど、お茶会や夜会で一緒の時間を過ごしたじゃないか」
「それは、殿下が私を監視するためでしょう?!」
「だけど、最近では君も貴族たちに受け入れられて、笑顔で会話するようになっただろう?」
私はたじろいで、また数歩後ずさった。
「それは……貴重な友人を得られたとは、思いますけど……」
学力の高い生徒とは話が合う。
そういう生徒は、大抵が力のある貴族の家柄だったりする。
なんだかんだ、浅い付き合いだけど友人は増えていた。
女子生徒は嫌がらせをしてくるけど、男子生徒は気さくに話しかけてくれる人が多かったのだ。
クラウス殿下がその中に入らないとは、私には言いきれなかった。
結局、こうして親密になって居るのは事実だったから。
「……少し、考える時間をもらえませんか?」
クラウス殿下がニコリと微笑んだ。
「うん、いいよ。君も突然のことで、急に決めるのは無理だと思う。
だけど私を助けると思って、なんとか頷いて欲しいんだ」
くっそう、キラキラとした微笑みで言いくさりやがって……私がその笑顔に弱いとわかってやってるな?
正体が王女だとわかっても、やっぱり『王太子クラウス殿下』は、私の憧れの人なのだ。
その人の力になれるなら、と思わないでもない。
だけどやっぱり、女性と形式結婚するのを決断するのは、難しいように思えた。
私は小さく息をついて告げる。
「――はぁ。では二、三日ください。なんとか心に折り合いを付けられないか、努力してみます」
私は鞄を手に取り、サロンから退出した。
****
結局、三日間かけて私は自分を納得させ、そのことをクラウス殿下に伝えた。
殿下は満面の笑みで私に抱き着いて告げる。
「ありがとうセリア! 愛しているよ!」
「ちょ、殿下! 学院内でその発言は、勘弁してください!
また私が女子生徒たちから嫌がらせを受けるじゃないですか!」
殿下は私に抱き着きながら耳元で囁く。
「フフ、私の婚約者になるんだよ? セリアは。
そんな相手に嫌がらせなんかしたら、いくら平民相手でも大問題さ。
今まで君に悪さをしていた生徒たちのリストアップも終わっている。
彼女たちには、相応の報いを受けてもらうから安心して欲しい」
私は耳元で響く殿下の冷たい声に、背筋に何かが走りゾクゾクと震わせた。
……なんだこれは。心地良いようで、気色が悪いような。
殿下、いい声だからなぁ。耳元で囁かれると、破壊力高いんだよ。
だけど囁いているのは本当はクラウディア殿下。女性だ。
そのことを知っているから、クラウス殿下相手にこんな感情を抱く自分が、なんだか気持ち悪く感じてしまう。
……ああ、前に殿下が『自分を男性と勘違いしてしまいそうになる』と言って嫌った気持ち、こういうことなのかな。
女生徒たちに熱烈な好意を寄せられるのを心地良く感じてしまって、だけど自分は異性愛者だから、そうやって心地良さを感じてしまう自分に嫌悪感があるのか。
私は抱き着いてくるクラウス殿下を引きずりながら、学院の廊下を教室に向かって歩いて行った。
行き交う生徒たちが『何事?!』という視線で私たちを見ていく。
いつものクラウス殿下にあるまじき姿に、驚きを隠せないようだ――私だって、現在進行形で驚いている。
「ちょっと殿下、いつまでくっついてるんですか」
「だってセリアって、小さくて可愛いだろう?
こうしてくっついてると、照れて顔が赤くなってるのも可愛い。
可愛いものに抱き着きたくなるのに、それ以上の理由が必要かな?」
――くっ! 可愛いって言われても、今は嬉しくないぞ!
こうしてちょっとした波乱を巻き起こしながら、平民の私が王太子の婚約者になるという一大ニュースが学院内と社交界を席巻した。
****
私は数日後、クラウス殿下に呼び出されて監視役の女子生徒――ジュリアと一緒に学院の裏庭に向かった。
そこには三人の女子生徒と対峙する、クラウス殿下の姿。
殿下は私に気付いて、振り向いて笑顔で手を振った。
「――あ、来たね。こっちだよ」
私は訝しみながら殿下に近づいて行く。
対峙している女子生徒たちは、一様に顔色が悪い。
殿下の隣に辿り着いた私は、殿下を見上げて告げる。
「これはどういうことですか? 彼女たちは誰なんです?」
クラウス殿下が冷たい微笑を浮かべて彼女たちを見つめた。
「私の大切なセリアをいじめの対象にしていた、中心人物たちさ。
高位貴族でありながら平民の君をいじめの対象にするなんて、心構えがなっていない。
品位の欠片もないと、詰問をしていたところだよ」
女子生徒の一人が、蒼白な顔で目を伏せながら応える。
「ですから、それは私共が悪かったと、先ほどから述べております」
クラウス殿下の冷たい言葉がそれに応える。
「だから言っているだろう? 『それを態度で示せ』と。
君たちがしたことは暴行に等しい。
高位貴族の子女がそんな心の在り様では、国が乱れる原因となる。
ここで一度、きちんとけじめをつけてもらいたい」
女子生徒たちの視線が私の顔に集まり、複雑な表情で固まった。
悔しそうに唇を噛みながら、女子生徒たちが声を揃えて頭を下げる。
「今まで無礼な真似をして、申し訳ありませんでした」
血の滲むような言葉を告げながら、女子生徒たちは制服のスカートを皴になるほど握りしめていた。
クラウス殿下が、さらにトーンを低くした声で告げる。
「……足りないな。跪いてセリアに許しを請え。
君たちはそれだけのことをしてきたんだ」
――殿下?! それはやり過ぎでは?!
言葉も出せない私は、それでも必死に視線で殿下にアピールした。
だけど殿下は、こちらを見ることもなく、片手で私の頭を撫でながら彼女たちを睨み続けた。
ついに彼女たちの心が折れ、制服で芝生に跪いて私に告げる。
「セリアさん、私たちの愚かな行為を、どうか許してください」
「――わかった! わかったからもう立ち上がってください!
殿下も! これはやり過ぎですよ! どうしちゃったんですか、こんなのクラウス殿下らしくありません!」
クラウス殿下は、冷たい眼差しで女子生徒たちを睨み付けながら応える。
「彼女たちはね、セリアを殺害する計画まで練っていたんだ。
本気ではなかったかもしれない。
だけど冗談で済まされることでもない。
我が国の貴族として、誇りある生き方をしてもらう必要がある」
殺害計画?! そんなことまで考えてたの?!
そりゃあ、階段の上で突き飛ばすとか、平気でやっちゃう人たちだしなぁ。
『私が大怪我をしても構わない』って簡単に思ってしまえるなら、殺害も簡単に行きつく場所か。
でも女子生徒たちはすっかり落ち込んで、泣き出してすら居る。
「殿下、もう充分ですよ。彼女たちも悪いことをしたと、理解してくれたと思います。
だから、ね? これでもう帰りましょうよ」
クラウス殿下が小さく息をついて、ようやくこちらに振り向いてくれた。
「……そうだね、セリアがそう言うなら、今日はここまでにしよう。
だけど、また同じようなことがあったら――その時は、一切の手心を加えない」
最後は今日一番の冷たい声で告げていた。
そのまま殿下は、私の肩を抱いて裏庭から離れていった。
学院の敷地を歩きながら、私は殿下に告げる。
「もう、本当にやり過ぎですよ?
どうしちゃったんですか?
いつもの冷静な殿下に戻ってください」
殿下は私の肩を抱きながら、にこやかに応える。
「なんでかな、セリアがとても危険な目に遭うと知ったら、とても怒りが湧いてきてね。
自分でも何故あれほど怒っていたのか、今ではわからない。
――でも、君の安全は私が必ず守るよ」
「殿下……」
胸が高鳴り、心の奥が疼いた。
これはクラウディア王女、クラウディア王女……。
自分に言い聞かせてないと、『憧れのクラウス王太子から大切にされてる』と勘違いしそうになる。
殿下に取って、私は共犯者のようなもの。そして同性の友人だ。
……外見が男性だから、脳が勘違いしちゃうんだよ。まったく面倒な人だな、殿下は。
私は盛大なため息をつきながら、寮に向かって歩いて行った。
****
その日も授業が終わり、私はジュリアと一緒にクラウス殿下の教室へ向かった。
教室を覗くと、クラウス殿下が男子生徒と二人きりで話をしているようだった――ん? 何か、空気が緊迫している?
殿下は戸惑う様子で、男子生徒は顔を伏せ、握った拳が震えている。
「好きです、殿下!」
突然飛び出した男子生徒の言葉に、私は大混乱になった。
告白?! ってことは、殿下が王女だってばれてるの?! でもこれ、王家の機密だって言ってたよね?!
クラウス殿下が、悲しい瞳で男子生徒に応える。
「悪い、レジナルド。返答は少し、考えさせてくれないか」
男子生徒が伏せていた顔を上げ、期待を持った眼差しで告げる。
「では! 私のこの気持ちに応えて頂ける可能性が?!」
苦笑を浮かべる殿下が、それに応える。
「……すまない、あまり期待をせずに待っていて欲しい」
こちらに歩いてくる殿下は、どこか寂しそうに見えた。
私に気付いた殿下が、辛そうに微笑んで私に告げる。
「ああ、来ていたのか、セリア。ちょっとサロンに行こうか」
「え? 今日はお茶会があるんじゃ?」
「……お茶会はキャンセルだ。
サロンで私の愚痴に付き合ってくれないかな」
そうして私たちは、王族用のサロンに向かった。
****
サロンに入るなり、クラウス殿下は魔法を解いてクラウディア殿下に戻っていた。
そのままふらふらとソファに倒れ込み、切なげな吐息を吐き出した。
「はぁ~。こんなのってあるかしら?
まさかレジナルドから告白されるなんて。
しかも、クラウスがよ? 神様、あんまりです……」
私は鞄をソファに置いて、クラウディア殿下の対面に座る。
ジュリアが手際よく全員分の紅茶を給仕して、彼女は私の隣に座った。
「どうしたんですか? 同性愛者なんて、それほど珍しい話ではないですよね?」
私が紅茶を一口飲むと、クラウディア殿下もよろよろと起き上がり、紅茶を一口飲んで息をついた。
「それはそうなんですが、相手がレジナルドというのが問題なのよ。
私ね? 意中の人が居たの」
「……意外ですね。いえ、もちろん殿下が異性愛者だとは知っていますが」
「でも、その意中の人が同性愛者だったら、あなたならどうする?」
私は冷や汗が背中を垂れていく感触を覚えながら、クラウディア殿下の悲し気な目を見つめた。
「それはまさか、意中の相手がレジナルド様だってことですか?!」
殿下がふっか~いため息で私に応えた。
「その上、彼の好きな人は男性になった私なの。
ライバルが自分自身とか、どうしたらいいと思う?」
私は何と答えていいか悩みながら、言葉を紡いでいく。
「一応、意中の相手から思いを寄せられてるということに……なるのでは?」
「彼が好きなのはクラウスなの! クラウディアじゃないわ!
こんなの、勝ち目なんてないじゃない!
彼の目は真剣だったわ。婚約者の居るクラウスに告白するなんて、相当よ。
しかも王族に取って、同性愛なんて非生産的な愛はタブーなの」
私は冷や汗をかきながら、紅茶を一口飲んで応える。
「えっと……ご愁傷さまです。
でも考えようによっては、好きな人から慕われるんだから、贅沢な悩みですよね」
クラウディア殿下が、盛大なため息をついて応える。
「もういいわ。どうせ私に、自由恋愛をする権利なんてないんだもの。
王家に生まれた者として義務は果たしていくし、政略結婚だって構わないと思って生きてきた。
だけどこうして恋心が粉砕するのを痛感してしまうと、世を儚みたくなってくるわ」
「あのー……恋心を粉砕されたのは、私も一緒なんですけど?
その辛さは理解しますけど、自棄にならないでくださいね?」
クラウディア殿下が、涙目になって私に抱き着いてくる。
「私の辛さを分かってくれるのは、あなただけよセリア!」
「うわっ! ちょっと紅茶がこぼれます! 危ないですから、落ち着いて!」
なんとかクラウディア殿下を宥め、落ち着いてもらった。
殿下は私の横に座り、小さく縮こまりながら紅茶を飲んでいた。
「私、男性という存在に失望しているの」
「藪から棒に何事ですか、突然」
「男子生徒たちってね? 女子生徒に聞かれていないところでは、とっても赤裸々なのよ。
やれ夜伽のときにこうすればいい具合になるとか、女子生徒の誰それの胸が大きくていいだとか」
あー……下品な話題って、貴族子女でも変わらないのかな。
平民の男子たちは、それはそれは下品な人が多かったけど、貴族でも本質は変わらないのか?
殿下がぶつぶつと続けていく。
「レジナルドはそういう話題を嫌う、唯一の友人だったの。
そういうところがいいなって、そう思っていたのに、真実は『同性愛者だから女性の話題に興味がない』だったなんて。
結局、男性なんてみんな一緒! 汚らわしいし、下品なのよ!」
「なんとなく、言いたいことはわかりますけど……そうじゃない人だって、居るはずですよ?」
「そうかもしれないけど! そんな相手を探すことに疲れちゃったのよ!
そして仮に見つけられても、私は自分の正体を明かすことなんてできないの!
こうして恋心を砕かれるか、恋心を心に秘めるしか選択肢がないのよ!」
事情が事情だからなぁ。
ウィリアム殿下が成人するまで十年余り。それまでクラウディア殿下は、今の『クラウス王太子』を続けなきゃいけない。
役目が終わる頃には、クラウディア殿下は三十間近。王族が婚姻をするには、絶望的な年齢だ。
「それで、レジナルド様へはなんて返事をするんですか?」
「断るのは確定よ。そこは譲れないの。
でも、どう言ったら角が立たないか、それがわからないのよ」
「うーん……普通に『君のことは友人としか見れないから』でいいんじゃないですか?
一番丸く収まりますよ? 友情も壊れませんし」
「……やっぱり、そのあたりに落ち着くのかしら。
あーあ、もう私も、悟りを開いちゃおうかしら」
私は眉をひそめてクラウディア殿下を見つめた。
「悟り? どういう意味ですか?」
殿下がカップを置き、魔法をまとってクラウス殿下に変わっていく。
「――もうね、私はクラウス王太子として生きていこうかな、とそう思ってね」
「……どういう意味です? 今までもそうして生きてきたじゃないですか」
殿下が私の肩を抱いて、顎を引き寄せてきた。
「察しが悪いな。こうなったら私も、女性との恋愛に開眼してしまえば人生が楽になるんじゃないか――そういう意味だよ」
「ちょ?! 殿下! 目を覚ましてください!
自棄にならないでって言ったばかりでしょう!?
確かに殿下には婚姻の自由はないかもしれませんけど!
私にだって同じ不自由を強制しておいて、さらに同性愛に巻き込もうって言うんですか?!」
クラウス殿下がニコリと微笑んだ。
「同性愛じゃないさ。こうしてクラウスになって居る間は、異性愛だ。
クラウディアの心が納得しさえすれば、私とセリアの間はごく普通の恋愛になるんだよ。
セリアなら、私の信頼に値する、とても素敵な女性だと思える」
「わーわーわー! そういうの、クラウス殿下の姿で言わないでください! 脳が勘違いします!」
「勘違いしてしまうなら好都合じゃないか。
私を男性として見ることが出来るんだろう?」
「それだと問題があるから止めてるんでしょう?!
あーもう! 誰か助けてー!」
こうして大騒ぎをした結果、なんとかクラウス殿下は落ち着きを取り戻し、私は寮へと戻った。
****
セリアが寮に帰った後、クラウスはジュリアと一緒にサロンに残った。
ジュリアが呆れたようにため息をついた。
「殿下、お戯れも程々になさいませんと、セリア様が可哀想ですよ」
クラウスは紅茶を傾けながら、フッと笑った。
「戯れに見えたかい? あれでも実は結構、本気だったんだ。
セリアに心の準備が無いようだったから、今日は落ち着いて見せたけどね」
ジュリアが目を丸くして唖然とした。
「……本気で、セリア様と婚姻するつもりなのですか」
「婚姻はそもそも、する予定だったじゃないか。
父上も、私が卒業すると同時に彼女との婚姻をさせるつもりのようだし。
私はセリアを大切な友人だと思っているけれど、成り行きとはいえ、彼女から女性の幸せを奪ってしまった。
私には望めないそれをセリアからも奪ってしまうのは、王族とは言え横暴が過ぎると、そう思ってしまったんだ」
ジュリアはクラウスを見つめながら、紅茶で口を湿らせた。
「はぁ……つまり、セリア様に女性の幸せを味わって欲しいと、そういうことですか?」
「もちろん、彼女が納得するなら、だけどね。
私の分まで、彼女には女性の幸せを味わえてもらえたらと、そう思ってる。
幸い、彼女はまだ私のことを『クラウス王太子』として見ることもできるみたいだし。
彼女が納得できれば、私たちは仲睦まじい夫婦になれると、そう思わないかい?」
ジュリアはそれ以上、何も言えなかった。
果たしてどちらがセリアの幸せになるのか、判断ができなかったから。
クラウスがカップをテーブルに置いて、小さく息をついた。
「彼女と半年以上付き合ってきて、可愛い女性だと思うことが増えた。
私の心は女性だと思っているけれど、セリアとなら、普通の夫婦になっても構わないんじゃないかって。
これはある種、同性愛なのかもしれない。もしかしたら、ただの友情なのかもしれない。
どちらなのか、今の私には判別を付けられないんだ」
ジュリアもカップをテーブルに置いて応える。
「どちらにせよ、セリア様のお心次第でしょう。
殿下がお一人で決めることではありませんよ?」
クラウスが寂しそうに笑って応える。
「ああ、わかっているとも」
ジュリアは全員分のカップを片付け、クラウスと共にサロンを退出した。
****
三年生だったクラウス殿下の卒業式の日。
例年、卒業式が終わると卒業パーティとして夜会が開かれ、卒業生たちが在校生たちに送り出されるちょっとしたお祭り騒ぎになる。
例に漏れず私もクラウス殿下の隣で、殿下の卒業を祝いながら、別れを惜しんでいた。
「殿下としばらくお別れですねぇ」
クラウス殿下がクスリと笑った。
「何を言ってるんだい? 卒業間もなく、私たちは入籍するんだ」
「――は?! 初耳ですよ、それ!」
「言ってなかったかな? 父上はそのつもりで、準備を進めているよ。
セリアのウェディングドレスも、発注してあるはずなんだけど……採寸はしなかったかい?」
そう言われれば、二か月前に急にドレスの採寸をするって言われたっけ。
あれってウェディングドレスだったのかぁ……。
「そうすると、私の生活ってどうなるんです?」
「寮生活から、王宮での生活に変わるね。
毎日王宮から馬車で送迎されるようになる。
今までの私と同じだと思えばいい」
うっへぇ、そうすると睡眠時間が削られるなぁ。
毎晩の勉強時間、少し減ることになるのか。
その後、クラウス殿下は卒業生や在校生たちと言葉を交わしていき、しばらくして私の肩を抱いた。
「セリア、ちょっといいかな。テラスに行こう」
「え、いいですけど……内緒話ですか?」
殿下が輝かんばかりの笑顔で応える。
「うん、そうだよ」
なんだか嫌な予感が……。
テラスに出た私たちは、二人きりで手すりにもたれかかり、夜空を見上げた。
「綺麗な星空ですねぇ」
「セリア、君の笑顔の方が綺麗だよ」
「――殿下?! どうしちゃったんですか?!」
思わず振り向くと、優しい微笑みを湛えたクラウス殿下が私を見つめていた。
「私はね、君に持ちかけた形式結婚の話を、反故にしようかと思ってる」
「え? でも、王様からは婚姻しろって言われてるんですよね?」
「うん、言われてるけど、やっぱり大切な友人である君を、王家の事情に巻き込むのは良くないよ。
君は女性の幸せを追い求められる。私との婚姻に縛られてしまったら、君までその幸せを逃してしまうんだ。
友人であるセリアの幸せを奪ってまで、王家のエゴを押し通すのは間違ってると、最近考えた」
優しい微笑みのまま告げるクラウス殿下の瞳は、どこか寂しそうだった。
「……でも、そうしたら殿下は別の誰かと婚姻しないといけないんじゃないんですか?」
殿下が夜空を見上げて応える。
「それなんだけどね。私はセリアの事、女性として可愛いと思えるようになれた。
それなら、他の女性ももしかしたら、心が受け入れることができるかもしれない。
私の心は女性のままでも、女性を愛する努力をすれば、いつか愛することが出来るのかも……ってね。
十年後には離縁してしまうから、問題は多く出てしまうけれど、それは王家の自業自得だ」
私は夜空を見上げる殿下の寂し気な笑顔で、胸が苦しかった。
なぜこうまで切なくなるのだろう――きっと、殿下が無理をしてるのが、わかってしまうから。
私は殿下の背中を、音がするほど強く叩いて告げる。
「もう! 今さら何を水臭いことを言ってるんですか!
ここまで巻き込まれたんです、こうなったら最後まで巻き込まれてあげますよ!
クラウディア殿下は私にとっても大切な友人なんですから!」
「……じゃあ、クラウス殿下は?」
うっ、それは今、なんだか言いたくないな。
私がもごもごと言い淀んでいると、クラウス殿下は顔を近づけて耳元で囁いた。
「ねぇ、私のことはどう思ってるんだい? 正直なところを教えて欲しい」
「――だから! 近いです!
クラウス殿下は今でも私の憧れの人! それは変わらないです!
そんな人の傍で生きていけるんですから、私は充分幸せなんですよ!
ですから、無理に普通の夫婦になろうとしなくていいんです!」
私はクラウス殿下の両肩を押しのけて顔を遠ざけ、一息で応えた。
殿下はクスリと笑い、私の腕を掴んで頬に口づけを落としていった。
「セリア、君は欲がないね。
君が望むなら、私と子供を作ったって構わないというのに」
「だー! 何をしてるんですか! 脳が混乱するのでやめてください!
女性としての自分を見失いたくないんじゃなかったんですか?!
あなたは今、自分を見失っておられます!
いいじゃないですか、子供ができなくても!
女友達同士、生涯仲良く暮らしていきましょうよ!」
クラウス殿下が、とても柔らかい笑顔で私を抱きしめてきた。
「……やっぱり、セリアは私の一番の親友だ。
私の妻は、君でしか有り得ない」
「もう……そう思ってくれるのは光栄ですけど、これ以上、私の心を惑わさないでくださいね?
私だって、売れ残るよりは殿下の傍で生きていけるなら、たぶん幸せですから。
余計な心配はご無用ですよ」
夜空の下で、私たちは永遠の友情を誓った。
姿こそ男女だったけれど、女同士の固い友情だ。
感極まってついに泣き出したクラウス殿下を宥めながら、私たちの卒業夜会は過ぎていった。
****
クラウス殿下が卒業後、私は王太子妃となった。
結婚式では口づけをしなければならず、それ以来なんだか、クラウスの空気がおかしい。
何かにつけては口づけをねだり、私の唇を奪っていく。
初夜は仲良くベッドで眠るだけだったのに、朝になるとなぜか二人の服がはだけていた。
「……なんで服がはだけてるんですか」
「……ふふ、なぜかな?」
謎の悪寒がして、貞操の危機すら感じていた。
だけど王宮のプライベートタイムでは、私たちは仲の良い女友達だ。
他愛のない会話を交わし、笑顔を交換する。温かい夫婦だったと思う。
……夫婦? やっぱり脳が混乱してる。
夜になると同衾するクラウディアを訝しみながら、私たちの日々は過ぎていった。
そして卒業間もない頃、それは私の身に起こった。
クラウディアが私に覆いかぶさり、耳元で囁く。
「ねぇセリア、私たち夫婦だよね?」
「――クラウディア?! 一体何事?! なんで服をはだけてるの?!」
クラウディアがクスリと笑った。
「私ね、あなたの愛が欲しいと、そう思ってしまったの。
あなたほど可愛らしい女性なんて、この世に居ない――そう確信してしまったのよ」
「ちょー?! 待った待った! 私たち、友達だよね?!」
「そうね、今まではそうだった。
だけどそれだけでは物足りなくなってしまったの。
あなたも、私のことを友達以上に感じてくれていると思ったのだけれど……違ったかしら」
「それは――なんでそれを?!」
そう、結婚式以来、私は何故かクラウディアを見ると、まるでクラウスを見ているかのように高鳴る胸を自覚していた。
それは単に、脳が混乱してるからだと思ってるのだけれど。
「だからって! なんで服をはだけてるの!」
クラウディアが唇を尖らせて応える。
「だって……愛を交わし合うなんて、こんな方法しか私は知らないし。
男性社会の中で生きてきた弊害かしら」
「こんなことしなくたって、愛を交わせるんじゃないのー?!」
クラウディアが私の耳元で囁いて行く。
「でも、私たちの知らない世界……知ってみたいと思わない?
私はあなたとなら、その世界の扉を開きたいと思えるの」
「~~~~~?! ちょ、ちょっと待ってください! 脳が混乱してます!」
なんで?! なんでこんなにドキドキしてるの?!
混乱する私の頭を、クラウディアが優しく撫でていく。
「ねぇ……どうかしら。私と一晩、愛を交わしてみない?
試しに一晩だけでもいいの。お願い、私の愛を受け止めて?」
「あの! その! だけど! あ、ちょっと! 服を脱がさないで!」
結局その晩、私はクラウディアに押し切られ、女性同士で愛を交わし合ってしまった。
……女性としての幸せって、あんな形もあるんだなぁ。
それから私たちは、仲の良い夫婦として過ごしていった。
親友を超えたバディ、心と心を交わし合う仲だ。
子供は産めないけれど、私たち二人だけの家庭は穏やかに過ぎていった。
十年が経過する頃、第二王子のウィリアムが成人した。
それにあわせて『王太子クラウス』は、病気が再発したという理由で惜しまれながら王太子を降りた。
ウィリアムが新しい王太子となり、王室はウィリアム体制が敷かれ、クラウディアはお役御免ということになった。
だけどクラウディア王女はもう三十間近。婚姻できる相手は居ない。
王家に居ても邪魔になるだろうと相談した結果、クラウディアは私を連れ、王国の片田舎に移り住んだ。
田舎でも王族が住まう屋敷は並の貴族より裕福だ。
私はクラウディアと二人、穏やかな早めの隠居生活を楽しんでいた。
クラウディアがお茶の席で微笑みながら私に告げる。
「ねぇセリア。私たち、いつまで一緒に居られるかしら」
私は小さく息をついて応える。
「そんなの、クラウディアが望む限りは一緒に居てあげるわよ。
あなたが私に愛想をつかさなければ、ずっとね」
クラウディアが立ち上がり、私の頬に口づけをしていく。
「私があなたを手放す訳がないじゃない。
愛しいセリア。いつまでも一緒に居ましょう?」
私はクラウディアの頭を撫でながら応える。
「クラウディアあなた、本当は結構な甘えん坊よね。
仕方がないから、死ぬまで一緒に居てあげるわ」
「あら、死んでも一緒よ? あなたはまだ、クラウス元王太子の妻ですもの。
死んでも王家の墓に入れてもらえるわ。
その時は、私の隣に埋葬してあげる」
「もー! 私がクラウディアより先に死ぬと思ってるの?!
あなたが寂しい思いをするような事、私がする訳がないじゃない!」
私たちは顔を見合わせ、クスクスと笑った。
他人とは違う人生だけれど、私たちは幸福を享受していた。
人並の『女性の幸せ』とは違ったけれど、私たちは幸せだ。
こんな人生も、悪くないだろう――そう思える。
私たちは晴れ渡る秋空の下、笑い声を交わし合いながら自分たちのこれからについて語っていった。