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「……大司教が何故ここに居るんだ?」


 アミーリアが大司教の部屋に飛んで行ってしまってからルーファスはアーノルドに聞いた。


「彼はもう大司教ではないよ。じゃないとこの領に入れないじゃないか」


 アーノルドは王都を去った後も何人か息のかかった者を王都に残して情報収集をしていた。侯爵家と縁を切ったといってもそのくらいの個人資産は持っている。

 そうしてマクリーン大司教の命が狙われていることを知った。

 

 マクリーン大司教は病に倒れて以来、ボイデル司教の息のかかった司教や司祭によって巧妙に隔離されていた。なぜだか一向に病状は良くならずむしろ日に日に悪化していった。

 ボイデル司教はマクリーン大司教に次の大司教にはボイデル司教を推すと言わせたかったようだがマクリーン大司教は頑としてそれを口にしなかった。ダニエルやフレデリーカの評判が地に落ちてボイデル司教はこのままでは共倒れだと焦ったのであろう。中央教会のマクリーン大司教を慕う者たちを強引に排除してマクリーン大司教の推薦という虚偽の書類を用意し、ボイデル司教は強引に大司教の座に納まった。


 そうなると邪魔なのはマクリーン元大司教だ。まさか聖職者が殺人まで手を染めると思わなかったが、ボイデル司教が毒物を入手したとの情報を得て、アーノルドが間一髪マクリーン元大司教を救い出したのだった。


「お前って……正義漢だったんだな」


 ルーファスが言うとアーノルドはニヤッと笑った。


「ちょっと違うな。以前はあいつらを糾弾してこの国を良くしたいと思っていた。でもあいつらだけじゃなく宰相である父も国王陛下も自分の欲と利益ばかり優先する。だから愛想が尽きたんだ。マクリーン元大司教を助けたのはあいつらの悪事の生き証人だから。僕はあいつらに『ざまあみろ』と言ってやりたいだけなんだ」


「どうやって?」


「もう少しの間秘密」


 ルーファスの問いにアーノルドは片目をつぶってみせる。

 ダニエルの側近をやっていた頃の酷薄な印象と随分違う茶目っ気のある表情だった。






 その後しばらくの間平穏な日が続いた。


 アミーリアが祈ってからマクリーン元大司教は驚異的な回復を見せ、しばらく静養した後、クルーズ辺境伯領のこぢんまりとした教会に居を移した。そこの司祭に懇願され新しい司祭になった。もちろん中央教会には無許可だが中央教会の者はこの領地に入れないのだから放っておくことにした。


 アミーリアは足繁く教会に通っている。

 偽聖女と言われて王都を離れてからしばらくは日々のお祈りをしていなかったアミーリアだがクルーズ辺境伯のお屋敷に落ち着いて暫くしてからはお祈りを復活させていた。祈る場所は与えられた自分の部屋であることがほとんどだったが、やはり教会でお祈りをした方が落ち着くのだ、アミーリアもディオーネール様も。

 中央教会に居た頃のように何時間も祈りの間に閉じ込められることも無く、毎日三十分から一時間ほどのお祈りをアミーリアは楽しんでいた。


 お祈りが終わって教会から出てくるとルーファスが待っている。

 彼は今、辺境伯の仕事を手伝っている。後々辺境伯を継ぐのは兄のバートランドだが少しでも兄の支えになりたいと領地経営を学んでいるのだ。

 そしてアミーリアが教会に行くときは必ず付き添ってくれる。


 お祈りを終えて辺境伯のお屋敷まで徒歩三十分の道を二人でゆっくり歩く。

 季節は春から夏に変わり木々の緑も色濃く眩しいほどに日の光が降り注いでいた。

 日の光を浴びて元気いっぱいに咲く花や青々と茂る木々を眺めたり、時折吹く涼しい風に帽子を押さえながら目を細めたり、商店の店先に並ぶ果物を吟味して家族へのお土産にしたり、偶には屋台で冷たい果実水を買って喉を潤す。この時間がアミーリアは大好きだった。

 ルーファスに手を差し出されて最初はそわそわと落ち着かない気持ちで手を繋いだが、この頃は慣れてきてキュッと手を握り合ってお互いの顔を見つめ合ったり同じ景色を眺めるのが嬉しくてこそばゆかった。







 それから数か月、またもクルーズ辺境伯のお屋敷に来訪者があった。


 訪問者は王国の西方に領地を持つ伯爵家の家令だった。

 その領地は先日大規模な虫害に襲われ農作物を広範囲で枯らしてしまったらしい。どうか聖女様にお祈りをしていただきたいという依頼だった。

 その伯爵家は魔獣の被害に遭ったプライサー伯爵家と遠い縁続きでプライサー伯爵領にアミーリアが行って祈ったことを知っていたのだ。プライサー伯爵は他言しないと言ってくれたが、あれだけ多くの人が知っていることを隠し通せるものでもなかった。


「どうか聖女様に私どもの領地に来ていただけないでしょうか?」


 主人である伯爵からの手紙を差し出し、家令は深々と頭を下げた。


「本来なら主人がこちらに赴きお願いするのが筋だとわかっておりますが主人は虫害対策に駆けまわっておりまして。未だ虫害は収まっておらず広範囲にわたっておりますので次々に広がっていくばかりでして……」


 彼を気の毒そうに見ながら辺境伯が言う。


「ここには聖女様はいませんよ。王都の本物の聖女様にお願いしては?」


「もう……お願いしました。新しい大司教様が聖女様は忙しいのでそんな田舎にはいけないと。もしどうしても来て欲しいならと法外な金額を要求されまして。元からそれほど裕福ではない我が伯爵家に払えるものではありません。今年は虫害で農作物の収益も見込めないというのに……」


 家令はがっくりと肩を落としている。


「うーん、うちには偽聖女しかいないんですよ」


 辺境伯の言葉に伯爵家の家令はずいと前に出て辺境伯の足に縋らんばかりに頭を下げた。


「偽聖女様というのはアミーリア様ですね!!是非!是非!アミーリア様にお越し願いたい!」


 辺境伯は一旦部屋を出てアミーリアの意思を確認しに行った。



 アミーリアはお祈りに行くことに二つ返事で了承したがルーファスは渋い顔をした。

 今度の領地はプライサー伯爵領より遠い。移動距離が長ければ王宮に知られる確率もアミーリアを奪われる確率も上がるのだ。


「この話、お受けしましょう」


 いきなりアーノルドが言った。


「おいアーノルド、アミーリアが危険にさらされるんだぞ。アミーリアは聖女でも何でもない。そんなところに行って祈る必要は無いし何の得もないじゃないか」


 ルーファスは怒ったように言うがアーノルドは意に介さずにバートランドに向かって聞いた。


「バートランド様、王都の騎士団、一個師団が来たら何人で撃退できますか?」


 一個師団は約五十名だ。


「うーん、俺なら一人でもイケるけど、うちの精鋭なら五人かな?」


「わかりました。じゃあアミーリア様の護衛にはバートランド様とあと十人でどうでしょう?それから聖女様ではないのですから料金もしっかりいただきましょう」


 アーノルドは不服そうなルーファスに向かってにっこり笑った。



 伯爵家の家令はアーノルドの示した条件を了承し、急ぎ領地に戻って行った。


 アーノルドが示した条件は偽聖女のお祈りはちゃんと代金を頂くというものだ。と言ってもその代金は王都のボイデル大司教に言われた寄付金の五十分の一だ。それ以外にもアミーリアの安全に配慮することとか、アミーリアが来たことを王宮に教えないことだとかいくつかの条件を家令から報告を受けた伯爵は全て了承し、アミーリアは直ぐに伯爵の領地でお祈りをした。


 アミーリアのお祈りの後、虫害の広がりはピタッと収まった。既に虫に食い荒らされ枯れた農作物はどうしようもないが、枯れかけていた葉は元気を取り戻し、農民たちの必死の努力でまた成長を始めた。また、新たに植えられた作物が信じられない速さで成長していくのを目の当たりにして人々は偽聖女様に感謝をした。既にアミーリア達は辺境伯領に帰った後だったが。


 

 それからぽつぽつと偽聖女様にお祈りして欲しいと依頼が入るようになった。

 それらの依頼はアーノルドやルーファスが慎重に吟味し、本当に困っているところにアミーリアは出かけてお祈りを行った。


 慎重に吟味しなければならないのは王家や中央教会と通じていてアミーリアをおびき寄せる罠に引っ掛かるのを防ぐためであったり、困ったことが起きた時に何の努力もせず聖女に丸投げするような依頼を断るために必要なことだった。

 それでも道中、得体の知れない賊に襲われること数回。王都の騎士団がアミーリアを引き渡すよう押しかけてきたことが数回あった。

 

 当然のことながらバートランドが嬉々として全て撃退した。


 




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