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 朝食を終えお日様が大きな窓から燦燦と当たっている居心地のいいお部屋に移動した。

 

「アミーリア様、黙っていてすみませんでした」


 ルーファスに頭を下げられアミーリアは慌てた。


「わ、私の方こそっ!ルーク……ルーファス様に今まで失礼な態度をとってすみません!ご領主様のご子息様だなんて……」


「今まで通りルークと呼んでください。敬語もいりません」


「そんな訳には……」


「アミーリア様にはルークと呼んでいただきたいのです」


「じゃあ、じゃあルークも様付けは止めて。ルークも敬語を止めてくれたら私も止める」


「……わかった。アミーリア、これでいい?」


 呼び捨ての威力は凄かった。アミーリアの顔は一瞬で顎の先から額の生え際まで真っ赤に染まった。

 それを見てルーファスの顔も真っ赤に染まる。


「ウオッホン!」


 辺境伯の咳払いで二人は他の人たちも居たことを思い出し益々真っ赤になった。


「あなたたち、今日、結婚しちゃいなさい」


 夫人の言葉にルーファスははっと我に返りアミーリアを見つめた。


「アミーリア、王都に帰りたい?」


 ルーファスの問いかけにぶんぶんと首を振る。


「ダニエル殿下はあんなことを言っていたけど君は紛れもなく聖女だ。君に偽聖女の汚名を着せた奴らには仕返しするだけの証拠もあるし、君に酷い生活をさせていた奴らを追い詰めることもできる。聖女に戻っても今までのように過剰な労働をさせられたり食事が与えられない生活をすることはない。そんな生活をさせないと誓うよ」


 それでもアミーリアは首をぶんぶんと振った。


「聖女……やりたくない」


「それはどうしてかな?」


 辺境伯が訊ねるとアミーリアは考え考え言った。


「とうさんやかあさん、弟にも会いたいし……故郷で暮らしたい……んです。私、我儘言っているのはわかります。困っている人がいたら助けなくちゃいけないってことも……でも王都は寂しいし教会は冷たいの。それに……ルークがルークがいない生活は……いやなの……。王都に帰ってもルークはずっと傍に居てくれる?」


「いや……それは……無理だと思う」


「じゃあ聖女やりたくない」


 ルーファスはアミーリアが本当の聖女だと言ってくれたけれどアミーリアは自分がそんな御大層なものだと思えなかった。そもそも聖女っていうのが何なのかアミーリアはわかっていない。故郷の村で暮らしていたら急に沢山の人が来て聖女様と言われて王都に連れて行かれた。言われるままに『お祈り』を覚えた。それでも『おじいちゃん』がいた頃は楽しかった。家族に会えないのは寂しかったけど『おじいちゃん』は何度も謝ってくれてアミーリアに家族のように接してくれた。『おじいちゃん』が病気になって会えなくなってからアミーリアには辛いことが沢山増えた。『お祈り』は辛くなかったけど寂しくてひもじくて心が死にそうになっていた時ルーファスがアミーリアの近くに来てくれた。食べ物をこっそり持ってきてくれたことも嬉しかったけどそれ以上に嬉しかったのはアミーリアを心から心配してくれたことだった。アミーリアの心に寄り添ってくれたことだった。ルーファスと離れるなんてアミーリアには考えられなかったのだ。


 アミーリアの言葉を聞いてルーファスは心の底から喜びが湧いてきた。ああ、俺はやっぱりアミーリアが好きだったんだと思えた。アミーリアも?


「アミーリアも俺のことを……好き?」


「あなたたちやっぱり結婚しちゃいなさい」


 夫人の言葉にアミーリアは焦った。


「えっ!いえあの、好きっていうか……ううん、多分好き……だと思うんですけど……いきなり結婚とか……無理っていうか……まだ考えられないっていうか……」


「そうだよな」


 とルーファスは肩を落とす。え?ルークは結婚したかったの?昨日までそんな素振りはまったくなかったのに?ルーファスが自分をそういう意味で好きというのもまだ信じられなかったし自分がルーファスをそういう意味で好きなのかもわからない。うーんとアミーリアが悩んでいるとルーファスがアミーリアを見つめて真剣な口調で言った。


「アミーリアは中央教会に戻りたくないし聖女にもなりたくないんだよな。ここは?ここに居るのも嫌?あ、君のご家族はもうすぐここにやってくるよ。ずっとって訳じゃないけれど当面はここで暮らしてもらおうと思ってる」


「教会には戻りたくない。ここは……ここは天国だわ!こんな天国みたいなところに居られてルークもいてくれて家族にも会えたら……そんなそんな素晴らしい生活夢みたいだけど……」


「だとすると結婚してしまった方がいいかもしれない」


 ルーファスの言い方に引っ掛かりを感じてアミーリアはこてんと首を傾げた。


「俺が強引にアミーリアをここまで連れてきてしまっただろう?多分王宮は君を連れ戻しに来るよ」


「聖女じゃないのに?」


「そう言っているのはダニエル殿下たちだ。ダニエル殿下やボイデル司教も君を連れ戻そうとするだろうけどそれは俺たちで守るよ」


 ルーファスがそう言うとバートランドが任せとけとばかりに力こぶを作ってみせた。


「それより厄介なのは国王陛下から使者が来た場合なんだ。君を王都に連れて来いと王命を出されたら拒むのが難しい。でも君が俺と婚姻していたら俺たちは家族として堂々と君を守ることが出来るし例えば第二王子と婚約しろとか言われなくて済む」


 アミーリアはだんだん済まない気持ちになって行った。ご領主様たちはアミーリアと何も関係がない。それなのに国王陛下の命令に逆らってまでアミーリアを守ろうとしてくれている。


「あの、やっぱり私中央教会に帰———」


「嫌な事はしなくていいのよアミーリアちゃん」


 夫人がアミーリアの頭を撫でた。


「お義母様の言う通りですわ。私たちはアミーリアちゃんを助けたくて勝手にやっているのです。私もバートも将来の義妹に甘えて欲しいのです」


 クラリッサもアミーリアの頭を撫でた。


 その時に名案?がアミーリアの頭に浮かんだ。


「結界!」


「「「?」」」


「結界を張るのはどうでしょう?」


 一同の頭に?が浮かぶ。もう一度アミーリアは言った。


「ここの領地を結界で包んじゃうんです。そうすれば王都から人が来れません!」


「え?結界?そんなことできるの?」とみんなは驚いたが辺境伯がアミーリアに諭すように言った。


「うーん、それだと商売をしている人や他の領地に用事がある人は困るよね?」


「あ、弾く人を限定すればいいんです!」


 こともなげにアミーリアが言うので一同はまた驚いた。


「例えばさ、王宮の人間と中央教会の人間限定で結界を通さない、なんてこともできる?」


 ルーファスの問いかけにアミーリアは頷いた。

 以前、ここから二つ離れた領地で魔獣限定で結界を張ったことがある。出来るはずだった。




「試しにアミーリアちゃんに結界を張ってもらおう」


 辺境伯の一声で結界を張ることが決まった。準備はいらない。儀式も何もない。ちょっと広い空間があればそこで跪いてアミーリアが祈るだけである。


 アミーリアは祈った。

 王宮の人と中央教会の人がこの領地に入ってきませんように。それからこの領地の人達を害そうとする人たちも入ってきませんように。



 お祈りが終わるとアミーリアは立ち上がった。


「終わりました」


 にっこり笑うとバートランドが小さな声で呟いた。


「聖女スゲー!」







 聖女の力がどんなものなのかは一般的には知られていない。

 聖女はこの世界の神、ディオーネールの愛し子なのだ。聖女の力に限りは無い。彼女は只祈るだけ。彼女の願いを聞き届けるかはディオーネール次第。でもほとんどの場合は聞き届けられる。聖女は愛し子だから。

 アミーリアは祈った。水害にやられ水浸しになった土地が早く復興できるようにと。祈って直ぐに劇的な変化があるわけではない。それでも次の日には水は綺麗に引き土が乾いた。土木作業が格段にはかどるようになった。一週間もすると水でダメになった農作物が息を吹き返した。


 アミーリアは祈った。疫病で苦しんでいる人たちが早く治るようにと。祈って直ぐに人々が全快したわけではない。それでもその日から感染の拡大はピタッと収まった。既に病に苦しんでいる人たちは薬の効きが異常に良くなった。そうして彼女が祈った日から死者は一人も出なかった。


 聖女の祈りはその場で奇跡が起きるようなものでもなく、まばゆい光が辺りを包むといった派手なものでもない。でもその力は強大だ。だから聖女の力の凄さをよく知っている国王は聖女をなんとしても取り込みたいのだろう。

 もう一人、聖女の力をよく知っているのは大司教だ。アミーリアが『おじいちゃん』と慕っていた人物である。彼は大司教という立場上聖女が出現すると教会で保護しなければならなかったし国の為に聖女に力を使わせなければならなかった。でも彼は出来るだけアミーリアの心に寄り添ってくれた。病に倒れるまでは。今、教会を牛耳っているボイデル司教は聖女の力を正確には教えてもらっていなかった。




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