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「ルーファス、今日アミーリアちゃんと結婚しなさい!」
「それは良い!シェリル、君の判断はいつも最高だ!」
夫人を抱きしめて頬ずりして褒める辺境伯を冷めた目で見ながらルーファスは夫人に聞いた。
「母上、どうしてそんな考えに至ったのですか?」
「え?だってルーファスとアミーリアちゃんは恋人同士でしょう?それならアミーリアちゃんが私たちの家族になった方が守りやすいじゃない」
ふむそれもそうだ、とルーファスは考えた。辺境伯家の嫁になってしまえば王家は手を出しづらくなる。第二王子の婚約者に挿げ替えられることもないだろう……って違う!俺は何を考えているんだ!俺とアミーリア様はそんな関係じゃない!
「母上!誤解です!俺とアミーリア様は聖女と聖騎士の関係で……」
「なんだまだものにしていなかったのか?どんくさい奴だな」
バートランドの言葉にも急いで反論する。
「兄上っ!ものにするとか……俺はそういう邪な気持ちなど……」
「あら、でもルーファスはアミーリアちゃんのことが好きなんでしょう?」
シェリル夫人の言葉にいつの間にか入ってきたバートランドの妻、クラリッサが全力で頷いていた。
「す、す、好きとか……そういう……」
しどろもどろのルーファスに辺境伯が言った。
「好きでもない子のためにここまではしないだろう?私たちはお前の恋を応援しようと協力してきたんだ」
え?俺がアミーリア様を好き?
「好きな子だから守りたかったんだろう?男なら当たり前だ!」
クラリッサを抱き寄せながらバートランドがうんうんと頷いている。
「もちろんあなたに協力したのはそれだけじゃないわ。私たちの領民を強制的に連れて行っていながら酷い仕打ちをした王家や教会にも腹が立っているのよ」
「ああ、それに教会は高い寄付金をとって聖女にお祈りをさせているそうだな。そのくせ聖女であるアミーリアちゃんには極貧の生活を強要している」
「ダニエル殿下だって婚約者であるアミーリアちゃんを蔑ろにして侯爵令嬢に貢ぎそのうえ冤罪で婚約破棄したんでしょう?許せないわ!」
辺境伯と夫人の言葉にルーファスは深く頷いた。そうだ、だから俺はアミーリア様の名誉を回復しようと思ったんだ。アミーリア様が酷い仕打ちもされず贅沢とは言わないまでも人並みの生活が送れ、ちゃんと聖女として尊敬される生活を……蔑ろにしてきた奴らには相応の罰を……
「悪い奴らは成敗しなくてはいかん!!」
バートランドが言うとクラリッサが「バート、男らしくてス・テ・キ!」と抱き着いた。
「でもあなたはそうしなかったのでしょう?」
夫人の言葉にルーファスは考え込んだ。
そうだ、俺はそうしなかった。奴らの言葉に反論せず悪事も暴かずアミーリア様が偽聖女の汚名を着せられたのにそれをいいことに逃げ出した……
「つまりあなたはアミーリアちゃんと離れたくなかったのよね?」
「離れたく……?」
「アミーリアちゃんが名誉を回復してちゃんとした生活が送れるようになればあなたは身分を偽って教会にいる必要もなくなるでしょう。でもアミーリアちゃんが好きだから攫ってきちゃったんでしょ」
「母上っ!攫ってきたなど……アミーリア様は聖女じゃないと聞いて喜んでいました。故郷に、両親の元に帰れると。だから俺は……」
せわしなくあちこちを見ながらルーファスは言い訳を述べるがだんだん語尾が弱くなってきた。
「そうか……俺はアミーリア様が好きだったのか……」
ガタンと部屋の入り口で音がした。
「あらアミーリアちゃん、目が覚めたのね。よく眠れた?」
夫人が立って行ってアミーリアを迎え入れる。
アミーリアはおずおずと入ってきたがその顔は真っ赤だった。
「アミーリア様、今の話を……」
ルーファスの問いかけにアミーリアはあたふたと答える。
「ひえっ、いえ、何も!本当に何も!ルークが私のことを好きなんて聞いてません!」
「聞いていたんですね……」
ルーファスはがっくりと肩を落としたが次の瞬間開き直ってアミーリアを見つめた。
「アミーリア様、俺はアミーリア様が好きです。でも無理強いはしたくない。アミーリア様の望む生活を送らせてあげたいのです。アミーリア様はどうしたいですか?」
アミーリアは混乱していた。あのパーティ?で聖女じゃないと言われた。ルークに聖女じゃないから故郷に帰れますよと言われて喜んでついて行った。
二日間馬に揺られて確かに故郷には帰って来たけれどここはアミーリアが育った村ではなくご領主様のお屋敷だ。昨夜は疲れ切っていたので何も考えずぐっすり寝てしまったけど朝起きて部屋の豪華さにびっくり仰天した。ベッドも物凄くふかふかで、なるほどぐっすり眠っちゃうわけだと感心していたらメイドさんたちが入って来てあれよあれよという間にお風呂に入れられ身支度をさせられた。
お風呂はもんのすごーーく気持ちよくて着せてくれたドレス?はアミーリアが一度も着たことがない素敵なドレスだった。
「若奥様に貸していただいたデイドレスですよ。若奥様が『少し地味だけど着やすいから』と仰っていました」
そうメイドさんに言われたけど、地味どころかこんなに素敵なドレスをアミーリアは着たことがない。髪も綺麗に結ってもらって「朝食に参りましょう」と連れ出された。
何を言われても「ふわわわ」と「ありがとうございます」しか言葉が出てこない。混乱しながらも『朝食』の二文字はアミーリアの心を鷲掴みにした。朝食ということは昼食ももしかしたら夕食もある!二日間馬に揺られている間もルークはアミーリアにちゃんと食べさせてくれた。とにかくここが天国なのはわかった。この天国にいつまで居ることが出来るかはわからないけれどしっかり覚えていなくちゃ!そしてルークに感謝だわっ!
そんなことを思いながらダイニングに足を踏み入れようとしてルークの告白を聞いてしまったのだった。
「ど、ど、どうって?私……どうしたらいいのかな?」
ますます混乱するアミーリアをまずは椅子に座らせ落ち着かせる。夫人が背中をさすってくれた。
「すみません、混乱していますよね」
ルーファスに続いて辺境伯が言葉を挟んだ。
「まずは自己紹介だろう。アミーリアちゃん、私はウォルター・クルーズ、ここの領主だ。そして妻の……」
「シェリル・クルーズよ」
上品で優しそうな夫人がアミーリアの背をさすりながらにっこりと微笑みかける。
「長男のバートランドとその妻のクラリッサだ」
厳つい大男と栗色の髪の色っぽい美女がアミーリアに笑いかける。
あ、この人がお洋服を貸してくれた人だと思い、アミーリアは急いでお礼を言った。バートランド様と紹介された男の人の服にいっぱいついているのは何だろう?血?まさか血じゃないよね?アミーリアはそれは見なかったことにして正面の辺境伯に視線を戻した。
辺境伯はすらっとした体型であら、ルークと同じブルーグレイの髪だわ。瞳も同じあったかそうな琥珀色の……
「そして次男のルーファスだ」
ルークがすまなそうに「黙っていてすみません……」と頭を下げたところで……キャパオーバーかも……アミーリアは頭がグルグルしてきた。クラッとして「危ない!」と身を乗り出したルークに支えられアミーリアは意識を手放し……ぐー。
意識を手放したりはしなかった。お腹の音で意識を取り戻したのだ。朝食!朝食を食べなきゃ!
「まあ、お腹が空いていたのね。あなた、お話は後にしてひとまず朝食を頂きましょう」
夫人の言葉にアミーリアは真っ赤になった。朝食はしっかり食べたけれども。
カリカリのベーコンにふわふわのオムレツ。新鮮なサラダにホッとするコーンスープ、そして柔らかくバターの香りがするパン。普通だと言われた朝食はアミーリアにとって天国の食事だった。あのパーティ?からアミーリアは一度もひもじい思いをしていない。そろそろ罰が当たるんじゃないかとちょっと怖くなってきたアミーリアだった。