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「私も一言よろしいでしょうか」


 言葉を挟んできたアーノルドを見てダニエルはほくそ笑んだ。

 彼は自分の側近。ならばきっと自分を助けるために声を掛けたのであろう。頭の切れるアーノルドであれば不信を抱いて騒めいている貴族どもに納得できる理由を説明してくれるであろう。


「よい、申してみよ」


 ダニエルの了承を得てアーノルドは再び口を開いた。


「殿下、殿下の婚約者に使われる予算はここ三年きっちり使い切っておられましたがそれは何に使われたのでしょうか?」


「は?え?」


 アーノルドの質問はまさかのダニエルに向けての糾弾だった。


「先ほどのお話によりますと殿下は婚約者の聖女様とは五年ぶりに会ったご様子。であれば毎月の婚約者様とのお茶会やドレス、宝飾代などはどちらにお贈りされた物でしょう?」


 眼鏡の奥のサファイアブルーの瞳が鋭く光る。ダニエルは一気に窮地に陥った。


 どちらも何もお茶会の相手もドレスを贈ったのも全て今隣にいるフレデリーカに対してだ。お茶会は自分の息のかかった侍従やメイド、近衛騎士だけを周りに置いていたし宝飾品やドレスも聖女に贈ったように細工した。大体ダニエルは不満だったのだ、五年前無理矢理聖女とかいうみすぼらしい少女と婚約を結ばされたことが。フレデリーカの方がよほど我が妃に相応しい。立ち居振る舞いも教養も美貌も何もかも。ずっとダニエルはそう思っていた。しかしダニエルは面と向かって国王にそう言ったことは無い。そんなことを言えば王太子になれないかもしれない。父である国王は未だに王太子を定めていなかった。ダニエルと側室の子である第二王子オーランドどちらが王太子になるか未だ気が抜けないのである。

 アーノルドは側近とは言え宰相の息子、ダニエルのお目付け役を兼ねていた。だからお茶会も婚約者へのプレゼントも聖女に贈ったものだと偽装していたのだった。


 アーノルドの追及にダニエルは脂汗をたらたらと流したが不意にニヤッと笑うと堂々と言い放った。


「それは……もちろん本当の聖女フレデリーカ・ティリット侯爵令嬢に贈ったのだ」


「……今何と仰いましたか?」


 アーノルドの訝し気な視線を撥ね退けダニエルは堂々と言い放った。


「真の聖女はここに居るフレデリーカ・ティリット侯爵令嬢である。私は始めから疑問に思っていたのだ、そこにいるみすぼらしい女が本当に聖女なのかということを。

そして調査の結果真の聖女はここに居るたおやかで気高く慈悲深いフレデリーカ・ティリット侯爵令嬢であることが判明した!」


 ダニエルの宣言に観衆はまたざわざわと騒ぎ出す。しかし今度のざわめきは非難一択でなく半信半疑と言ったところだ。


 よし!手応えを感じたダニエルは後ろを振り向きある人物を手招いた。

 手招きに応じて壇上に進み出たのはボイデル司教。マクリーン大司教が病に倒れた後教会を牛耳っている男である。


「殿下の仰せの通り真の聖女様はフレデリーカ・ティリット侯爵令嬢で間違いありません!」


 豪奢な法衣に身を包んだ小太りのボイデル司教はダニエルの要請に応えてそう宣言すると更に声を高めた。


「そこにいる女は大司教を騙し聖女を騙った痴れ者です!聖女という肩書を使ってダニエル殿下の婚約者にまんまと納まり傲慢な態度をとり続けた悪辣な女なのです!」



「ねえルーク、痴れ者とか騙ったとか悪辣とかわからない言葉がいっぱいあるんだけど……」


 こそっとアミーリアは後ろのルークに囁く。


「……聖女様が偽物だとあのバカ司教は言っているのです」


 怒りが今にも噴き出しそうな声でルークが言う。


「えええええーー!!!」


 アミーリアの大声にダニエルは眉を顰めた。


「何だ!悪事がバレそうになって言い逃れする気か?お前は聖女と偽り本当の聖女である愛しいフレデリーカを虐げ―――」


「やったーーー!!!」


 飛び上がって手を叩き喜んでいるアミーリアを見てダニエルもボイデル司教も、泣きまねをし続けていたフレデリーカもポカンと口を開ける。


「ボイデル司教様っ!私聖女じゃないんですねっ!」


「あっああ……」


 喜色満面のアミーリアに気圧されボイデル司教が頷く。


「じゃあ、じゃあもう暗いうちから起きて教会中の掃除をしたり寒さに凍えながら馬の背に揺られて野営しながらお祈りに出張したりしなくてもいいんですねっ!」


 アミーリアの言葉にまたまた観衆が騒ぎ出す。


「え?ウチの領は聖女様に快適に来ていただけるように豪華な馬車と最高の宿を手配した筈だけど……」


 なんて声も聞こえる。


「それにっ!パン一つとスープ一杯で一日過ごすなんてこともしなくていいんですね!なんて素晴らしいの!!」


 これについてはアミーリアは少々後ろめたい。ルークに度々食料を差し入れてもらっていたからだ。でもそうしないとひもじくてひもじくて満足にお祈りも出来なかったのだ。

 アミーリアの言った聖女の待遇のあまりのひどさにフレデリーカの顔が引きつる。


「な、何を……そんなことは……」


 しどろもどろのボイデル司教にアミーリアは畳みかけた。


「え?だってボイデル司教様は言ったじゃないですか!私が司教様たちみたいな豪華な食事を食べてみたいって言った時に『これは聖女のお勤めである。聖女とは質素、清貧でなければならない』って。清貧って言葉がよくわからなかったけどつまり教会中の掃除や一日パン一個が聖女のお仕事ってことですよね?あーー私聖女じゃなくて良かったぁ!」


 胸を撫で下ろしているアミーリアに比べフレデリーカはどんどん顔が青ざめてくる。


「え?え?待って?わたくしは無理よ……そんな生活……」


 青ざめてくるフレデリーカに向かってアミーリアはにっこり微笑んだ。


「えーとフレ……フレディー様?大丈夫です!私でもやれたんです。本当の聖女のフレ、フレデリ様ならもっとやれちゃいます!あ!教会だけじゃなくて街中のお掃除やれちゃうかも!なんて言ったって本物の聖女様ですからっ!」


 うんうんと頷いてアミーリアは周りを見回した。


「皆さまっ!皆様も温かく聖女様を見守っていてくださいねっ!あと、困ったことがあったら聖女様を頼るといいですよー。偽物の私でもふっこう(復興)のお祈りやほうじょう(豊穣)のお祈り、かいゆ(快癒)のお祈りは出来ました。本物の聖女様ならもっともっと凄いことが出来ると思うんです!みんなバンバン聖女様を頼って下さいねーー!」


 ルークは吹き出しそうになる口元を引き締めるのに忙しかった。先ほどまでは怒りが噴き出しそうだったのだが。


 アミーリアは辺境のある村の出身だ。五年前、アミーリアが十二歳の時に聖女であることが判明し中央教会の大司教自ら迎えに来た。ルークは辺境伯の次男で本当の名前はルーファス・クルーズという。当時十六歳だったルーファスは聖女を無事王都に送り届けるという護衛任務が初仕事だった。道中アミーリアと話す機会は無かったのでアミーリアは五年前ルーファスに会っている事を覚えてはいないだろう。


 王都へ聖女を送り届け三年、ルーファスは所用で王都に出た際に聖女がどうしているかふと気になって中央教会を訪れた。そしてそこでよれよれの衣服を身に纏い鳥ガラのように痩せ、目の下の隈も酷いアミーリアを見かけたのだった。

 アミーリアは笑うことも無く虚ろな表情をしていた。王都へ送る道中、見る物全てに目を輝かせ大司教を『おじいちゃん』と慕ってあれこれと話をするキラキラした瞳の少女はどこにもいなくなっていた。


 それからすぐに父である辺境伯と連絡を取り自身は身分を偽って聖騎士として教会に潜り込んだ。辺境伯の伝手を使い聖女の専属護衛に納まるまで時間はかからなかった。あまりなり手がいなかったからである。聖騎士は高位の教会関係者を護衛するのが任務であるが、過酷な労働を強いられ蔑ろにされている聖女の護衛は旨味が少ないからだった。


 ルーファスはアミーリアの身辺警護をする傍ら情報を集めた。それから内緒でアミーリアに食料を与えたり睡眠時間を確保したり少しでも健康になるように気を配った。

 最初は無反応だったアミーリアは次第に生来の明るさを取り戻していった。生来のアミーリアは純粋で人を疑うこともあまりなく暢気な性格だった。


 情報もだんだんと集まってきた。アミーリアが聖女として中央教会にやって来た頃はアミーリアの待遇はそれほど酷いものではなかったらしい。酷くなったのはマクリーン大司教が病に倒れボイデル司教が教会を牛耳るようになってからだ。マクリーン大司教の病も作為が窺えるがそちらは証拠が掴めなかった。

 ボイデル司教は教会を牛耳ると高い寄付金をとって聖女の祈りの優先順位を決めた。その頃はまだアミーリアの待遇はそれほど悪くなかったが、第一王子ダニエルとボイデル司教が結託した頃からアミーリアはどんどん虐げられていった。

 ボイデル司教はアミーリアへの教育を止めた。アミーリアは元は農村の生まれで読み書きも出来なかったがやっと読み書きが出来て貴族の教養や言葉使い、立ち居振る舞いを学ぼうという時にそれを断ち切られたのだった。そしてアミーリアを虐げ酷使し気力を奪う一方で貴族間にはアミーリアの悪い噂を流し、最近はアミーリアが祈りを行った場所には後日フレデリーカを向かわせ大々的な祈りの儀式を行うなど小細工も行っていた。

 それらの証拠や証言をルーファスは一つずつ集めて行った。途中でアーノルド・セイヤーズ侯爵令息という協力者を得られたことも大きかった。


 本当は今日、ルーファスはアミーリアが断罪され婚約破棄をされたら彼らの悪事をこの場所で暴露するつもりだった。その為の証拠は持っている。とはいえ相手は第一王子と今現在の教会の最高権力者だ。どこまで太刀打ちできるかはわからない。それでもこれだけの貴族の前で証拠と共に訴えればアミーリアの過酷な待遇も、第一王子の心無い仕打ちも、本当の聖女がアミーリアだということも耳を傾けてくれる人間が少しはいるだろうと思っていた。




 ルーファスは反論を止めた。暴露も止めた。

 にんまり笑ってルーファスはダニエルとフレデリーカに近づいた。






 

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