表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第四話。『過去に溺れて、潰れてしまえ』

 上昇していくエレベーターの中で、悠真は一人声を押し殺して泣いていた。

 

「なんで、なんでよぉ……」

 

 この三日間、悠真の隣には鍵穴がいた。

 それこそ、ずっと。

 誰もいない、何もわからず、何も知れない。

 それがどれだけ恐ろしいことか、悠真は既に知っていた。

 最初は半信半疑だったのに、無意識に鍵穴の存在が救いになっていたのだ。


 すると、小さな音が鳴る。

 エレベーターが上昇を終えた。


 虚無のようで、虚無とは言えない空間。

 それが、四階だった。

 どこからどこまで続いているか、見当もつかないほどの黒い部屋。

 部屋の中央には、とある花が咲いていた。

 本来地面に咲くはずのない花が、咲いていた。

 ――……アルストロメリアの花が、咲いていた。


 そんな空間には、悠真ただ一人。


「……」


 しかし、悠真本人は――。

 恐怖より、興味の方が勝っていた。

 あの花に、魅了されたのだろうか。

 気になって気になってしょうがなかった。

 

 気づけば、四つん這いになって近づいていた。

 その花に手を伸ばして、そっと撫でてみる。

 風も吹かぬこの場所で、不思議とゆらめいていた。

 綺麗だと思って。美しいと思って。


 ――……ぷつん、と。

 

「あ、え……?」


 欲望に負けて、その花を摘んだ時。

 

 世界がパズルのように崩れていく。

 それが(かなめ)であったように。

 ぱらぱらと、あっけなく……。

 悠真は何もわからず、ただ落ちていった。


 △ ▼ △ ▼


 気がつけば、そこは教室。

 見たことがある。

 悠真の通っていた、小学校の教室。


 悠真の精神を壊した、全ての場所。

 


『頭を壊すような記憶に、溺れてしまえ』

 


「――!?」


 痛い、痛い、痛い。

 頭が割れるように痛くなる。

 それは頭から体へと繋いでいって、痛みが伝染していく。


『その痛みは、お前が忘れた全て』


「痛い、やめて、なんでこんなこと――!」


 思い出した。

 思い出したくなかった。


 毎朝学校に来てみれば、悠真の机には数々の暴言が書かれていて。

 周りからは小さな笑い声が聞こえてきた。

 教師はそれを無視して。

 毎日毎日、机に書かれた暴言を雑巾で拭いていた。


 話しかければ無視をされ、少しでも何か行動すればそれに陰口を言われる。

 授業中には良く消しゴムを投げつけられたり。


 放課後には人目のないところに呼び出されて、ストレスのはけ口にされる。

 例えば、殴られたり蹴られたり。

 ひどい時はカッターで切られそうになったりもした。


 みんなが敵で、何も信じられなくて。


 学校側はそれを隠蔽し、もうどこにも居場所なんてなかった。

 その先のことを想像して怖くなり、親にも言えぬまま。


 この傷は全て、そこから生まれたもの。


「痛い、痛い、痛い! 全部僕の所為なんだ、僕の所為でみんなが――」


『お前が逃げなければ、こうはならなかった。この苦しみも、感じる必要はなかったんだ』


 伝染される痛み、トラウマの笑い声。

 ずっと痛くて、ずっと怖い。

 これなら、死んだ方がずっとマシだ。


 吐き出したのは、くろい液体。

 それが何かわからず、悠真はただ怯えるだけ。

 それを吐くと不思議と意識がゆらめいて、恐怖心が煽られる。

 違う、これは……吐かないで、行かないで。

 

 僕が、僕でなくなるような気がするんだ。

 

 記憶が伝わってくる。

 なんでこの世界に来たのか、何故ここにいたのか。

 全ての記憶が、痛みと共に流れてくる。


 自分の部屋だというのに、誰かがいる。

 腕に切られた線状の赤から、誰かがのぞいてる。目が、めがいる。

 誰かがいる。誰かが嗤っている。

 

 目玉が、誰かが、やめろ、見るな。

 見ないで、お願いだから見ないで。

 

 僕をみないで、僕をころさないで、ぼくをみないで、ぼくをころして。

 

 これが、まぎれもない自分の記憶なのだと。

 

「いらな、いらない! 記憶なんてっ、も――」


 あの日、雨の日の夜。

 母の目を盗んで、一人台所へと。

「いしょ」と書かれた紙を置いて。

 やっと終わる。


 ナイフを腕に持っていく。いつものようにすればいいだけだ。

 この苦しみごと、持っていこう。

 全て僕が悪いから、全て僕が原因だから。

 

『この苦しみを断つなら、原因を断った方が効率的だろう?』


「違う、ちがうっ! 僕はそんなことしてなくて、ちが……ごめ、ごめんなさい……許して、許してくださ――」


 目の前には、紅い液体。

 それがなんなのか、悠真は分かっていた。


 ただ苦しみながら、悠真は枯れた声で許しを乞うていた。

 

「……痛い、なんで…………」


「――――……たすけて……」


 △ ▼ △ ▼


 その言葉を言えた時。

 何事もなかったかのように黒い空間に戻った。

 目の前には、あの花がある。


「あ、え? 何が――」


 辺りを見回しても、何も変わった様子はない。

 さっきのは幻覚だろうか、にしては質の悪い。

 でも。


「頭から、離れないなぁ……」


 あの時に見えた自分の姿。

 思い出せなかった記憶が、呼び覚まされたのだろう。

 あの時の記憶(いたみ)が、頭にこびりついてとれなかった。


 今回は、一部どころではない。

 全て見えてしまったのだ。精神的にも、自分がとてつもなく追い詰められていたことが分かるほどに。


「は、は……」


 何故自分がこんなにも落ち着いていられるのか、わからなかった。

 頭が混乱して、今でも痛みが忘れられないのに。


 あの記憶を見て、思ってしまった。

 

 あの苦しみを繰り返してまで、あの世界に帰る必要はあるのだろうか。


 こんな風に思ってしまう自分が、大嫌いだ。


 目の前には、古びた鍵が落ちていた。

 これできっと、あの扉を開けられるのだろう。

 悠真は震える足でなんとか立ち上がり、鍵を開ける。

 鍵を持ち、手首をひねった時……鍵はあっけなく折れ、扉が開いた。


 もう、どうでもいい。

 その扉の先は、エレベーター。

 悠真は何かに取り憑かれたように、フラフラする足取りでエレベーターの中に入った。


『最低で最高な君に、賞賛を送ろう』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ