七章 贖罪をつかさどる巫女
「……もうすぐでミニゲームが始まる、かな……」
スズエさんの呟きに、もうそんな時間かと気付く。
「そういえば、今までのミニゲームってどうなっていたんですか?よく分かっていないんですけど……」
「前とは違ったよ。一回目はダーツ、二回目はサバイバルゲームって感じだった」
ボクが言うと、「そうだったんですね……」と目を丸くしていた。
「誰も死んでなかったから、急にそんなゲームになったんだよ」
アイトもそれに答えた。確かに、一回目のゲームは死んだ人から未成年の人形を撃ち抜くものだった。
「……一応聞きますけど、ナシカミは?」
「あー……壊れてないんだよねぇ……」
「うわ絶対めんどくさいことになるじゃん」
否定できないのが悲しい……。あいつは放っておくと絶対やらかすからな……。
なんて思っていると案の定、ナシカミが目の前に現れた。
「おー、お前ら全員生きてるなー」
「…………」
「おーおー、なんか露骨に嫌そうな表情されてんなー」
スズエさんが眉をひそめている。それでもナシカミは気にせずに「ミニゲームやっからとっとと来い」と言ってその場を去った。
「スズエ?どうしたんじゃ?」
「あいつぶっ壊してきていいですか?」
「だ、ダメだよ……」
ゴウさんの言葉にスズエさんがため息をつきながら尋ねると、レントさんが止めた。
「気持ちは分かるけどねー」
「でも、あんま変なことはしない方がいいぞ」
マイカさんとマミさんが一応止める。本当はスズエと同意見なのだろうけど、下手な行動をして何かあったら困る。
まぁ逆らうわけにはいかないのでミニゲームの場所に向かう。そこには黒髪の男性と茶髪の女性が立っていた。
「お父さん……お母さん……」
「まさか生きているとはな、スズエ」
黒髪の男性――コウシロウが笑って告げた。
彼らはスズエさんの力を使って世界を滅ぼそうとしているのだ。だから……娘なんて関係なく、道具でしかなかったのだろう。
「今回のミニゲームは剣道よ。相手はこの子達がしてくれるわ」
スズエさんに似た女性――スズカがニコニコしながら目の前に日本刀を出す。
相手はいつものごとく怪物のようだ。本当はボクがやってあげたいけど、あいにく剣道の心得はない。かといって剣道部だったスズエさんに頼るわけにも行かないし……どうしたらいいだろうか……?
「スズエ先輩」
するとナナミさんがスズエさんに声をかけた。
「ここ、私に任せてくれません?」
「……大丈夫か?私がやっても構わないけど」
「はい。スズエ先輩にたっぷりしごかれていますから」
あ、ナナミさんも剣道部だったんだ……。それは初めて知った。
「……分かった。それだったら頼むよ」
スズエさんの言葉にナナミさんはニコッと笑い、日本刀を持つ。
ナナミが怪物をジッと見ている。中学生なのにかなりの威圧感だ。
(大丈夫かな……?)
日本刀はかなり重いハズ。剣道をしていたとしても、女の子にはきついのではないか。
それでもナナミは真っすぐ怪物の方を見ていた。男が指を鳴らすと同時に、怪物が襲い掛かってくる。
「……ッはぁあ!」
ナナミは足を踏み出し、斬り捨てる。キメラだからか、それとも何かしらの特殊な処置をしたのか、返り血を浴びるということはなかった。
数分もすると、ナナミが息切れしているのが分かった。まだ半分ぐらいだろうか、彼女が踏み出そうとするとその肩を掴む人がいた。
「ありがとう、ナナミ。あとは先輩に任せてくれ」
そう、スズエだ。その姿を見るや否や、怪物達は勢いよく襲い掛かってきた。
しかし、スズエは日本刀で容赦なく斬り捨てた。ナナミの時以上に簡単に倒していく。
「……で、これだけ?」
気が付けば、怪物は殲滅されていた。スズエがジトッと両親を見ると、
「チッ……」
「ここは私達に任せてくれませんか?」
髭の生えた男性と、監視カメラ越しに見た女性――モリナとルイスマだったか――とナシカミがスズエの前に出てきた。どうやら今度は彼らと戦わなければいけないらしい。
「……一応聞くけど、こっちはもう一人増やしても?」
「別に構わないが、その場合三人同時に戦ってもらう」
「チッ……めんどくせぇな……まぁいいや」
スズエはチラッとユウヤの方を見る。彼は一つ頷き、スズエの隣に立った。
「とっとと来いよ、一瞬で決着をつけてやる」
「言っておくけど、ボクも負けるつもりはないよ」
普通なら、女子高生と青年が大人に敵うわけがないと思うだろう。でも、この二人なら大丈夫だと妙な安心感があった。
ギュッと、服を握られる。見ると、ランが怯えたような目をしていた。
「……大丈夫、二人なら何とかしてくれるよ」
俺はランの頭を撫で、安心させる。エレンとシルヤも同じように安心させていた。
そこからの戦闘はかなりすごかった。モリナが何か不思議な力を使ったけどそれをユウヤが跳ね返し、ルイスマとナシカミがナイフを振り下ろすけどスズエが二つとも受け止めて蹴りを食らわせていた。
「グッ……!」
「ここまでだよ、地獄で悔い改めてきなさい」
その勢いのまま、二人は三人にとどめを刺す。その容赦のなさに恐怖もあったけど、それ以上に。
綺麗だ……。
俺はサイコパスの気質はないハズなのだけど、二人の姿が美しく見えた。
スズエ達の親はクスクスと笑いながら、それを見ていた。スズエとユウヤは二人を睨んでいる。
「さすがね、でも次のメインゲームはどうなるかしら?」
「どういうこと?」
「スズエ、お前は次のメインゲームには参加できない。……お前が小細工することは出来ないんだよ」
そういえば、そんなことを言っていた。そうなると、確かにスズエから何か細工することは出来ないだろう。
「……ふぅん。でもさ」
だけど、スズエは不敵に笑う。
「「ほかの人にやってもらえば」、細工は出来るよね?」
あぁ、この子はそんな子だった。
誰かを守るためなら、使えるものをいくらでも使う。たとえ自分の命に代えてでも。
「お前に出来るかな?」
二人は笑いながら、その場を去っていった。
「メインゲームの時間まで一時間……それまでにやれることはやりましょうか」
スズエがニコッと笑う。一体何を考えているのだろうか。
その前に、アイトからカードを引くように言われた。
「ごめんね、でもこれはルールだから……」
そのカードは役職を書いているものだった。俺は「平民」と書かれたカードを引いた。
スズエは参加するわけではないため、そのカードは引かなかったけどユキナさんとサクヤは参加するようだ。
「ユキナさん、ユウヤさん」
そんな中、スズエが二人を呼んだ。二人は彼女が何を言うか分かっているのか、小さく頷いていた。
(何をする気なんだろ……?)
それに気付いたのだろう、「何をする気ー?」とケイさんが聞いてきた。
「うん?あぁ、そうですね……」
スズエが話すか悩んでいるようだけど、どうやら話すことにしたらしい。
「次のメインゲーム、特殊なルールが追加されるんですよ。「怪盗が身代を盗んで選ばれなかったら、その怪盗だけ殺されてあとの人達は解放する」っていう……」
「前はそれで、スズエさんが身代を盗んで選ばれなかったから脱出できたんです」
ユウヤも苦々しく答えた。彼からしたら、スズエは主君であり大事な人だ。脱出できたとしても、スズエがいなければ意味がなかっただろう。
でも、その説明だと誰かは必ず死ぬってことじゃ……?
「だから、私ってわけだよね?」
ユキナさんがニコリと笑う。どういう意味だ……?
「私は事情があって、不老不死だ。それを利用しようってことだよね?」
「端的に言えば、そういうことです」
え?不死……?いや、まぁ気にしてはいけないことなんだろうけど……。
なんか突発的なことに頭が追い付かない。でも……そうなるとどうなるんだろ?予想が出来ないんだけど……。
「なるほどな。ルールの「穴」を利用するわけか」
シンヤがよく考えたな、と笑う。
「確かに、人間に「不老不死」なんざいないもんな。だからもしそんな奴が選ばれた場合、あいつらが死ぬ……そんな裏ルールにしたんだ」
そんなルールあったんだ……と言うより、スズエはそれを知っていたってことだよね?いつ知ったんだろ……?
「まぁ、気付いたのは前回だったんですけどね」
その言葉になるほどと舌を巻く。スズエの頭脳と技術なら今回動けていなくても情報は得ていそうだ。
「本当にスズちゃんがいるとみんな明るくなるよねー」
おもむろに、ケイさんがそんなことを言った。確かに、シルヤとか一階にいる時より明るくなった。フウも心なしかスズエを慕っているようだし。
「ニャ……」
フウがスズエに抱き着く。「どうしたんだ?フウ」と目線を合わせた。
「……お母さん」
その言葉にスズエは目を丸くした。スズエの年齢的に、フウぐらいの子供は絶対にいないからだ。
むろん、全員同じようにキョトンとしていた。そんな中、ユキナさんが「あー、なるほど」と笑う。
「道理でスズエによく似てると思ったよ」
ユキナさんがフウ君を抱き上げる。そして、
「うーん……目元は父親似なのかな?でも小さい頃のスズエとかシルヤ君にも見えるんだよね……」
「えっと?」
「あー……なるほどね?」
ユキナさんがニコニコしている。これはロクなことを考えていないな……。
「……多分、もうすぐで元の世界に戻れると思うよ」
「そうなのかニャ?」
「うん。……多分、過去に飛ばされた魂が具現化したのが今の君だと思うんだよね。だから元の世界ではそんなに経っていない、と思う」
なんでそんなことが言えるんだろ?
そんなことを考えていると、「そういう人がいるんだよね……」とユキナさんは小さく笑った。
「未来から来た人が彷徨っていることが時々あるの……基本、「この時代はこんな感じなんだ……」って感想が多いけどね」
まぁ、そんな話はよく聞く。未来から来たって人が予言を残して……って話。
にわかには信じられないけれど、スズエ達の力を見た後だ。信じるほかない。
ユキナさんが一瞬だけユウヤの方を見て、ニコッと笑った。
一時間後、俺達は最後のメインゲームの会場に向かう。スズエはアイトとシンヤの近くに座っていた。
俺達は指定された場所に立つ。最初からいた人達は皆、こんなに緊張していたのか……。
「では、話し合いを開始してください」
スズカが合図を送ると同時に、話し合いが始まる。とはいっても、既に決まっているのだけど。
「……とりあえず、誰にいれたらいいのかしら……?」
アリカさんが尋ねる。ユキナさんはダメだ、身代を引いているハズだから。
でも、ほかは分からない……そもそも、本当にユキナさんが引けているのかも確認できない。
「なぁ、キナ達には入れないようにしようぜ……?」
皆が悩んでいる時、シルヤがそんなことを言い出す。
「それはなんでかなー?」
「キナ達はまだ子供っす。だから……」
「でも、感情論だけで動くわけにもいかないぞ」
ミヒロさんがシルヤの意見に眉を顰める。シルヤの言いたいことも分かる。でもそれだけじゃダメだってことも、分かっている。
「で、でも、あたしはキナ達を死なせたくない……」
「私もそうです。でも……」
マミさんとハナが目を伏せる。ユミも同意見らしい。
でもそれなら自分が犠牲になれますか、という話になってしまう。……誰だって、自分から死を志願出来るわけがない。
「……ボクに入れなよ」
しかし、ユウヤは手を挙げる。
「ボクは「賢者」だ。フウ君が鍵番だよ」
「う、うん……あってるニャ……」
どうやら本当のことを言っているらしい。ほかの人から声が上がらないから。
確かに、賢者なら入れても問題ない。
「たとえ失敗したとしても……ボクともう一人だ。だから安心しなよ」
でも、本当にそれでいいのか?俺は拳を握り締める。
スズエだって、命がけで俺達を助けてくれた。
だったら、
「待って」
思わず、俺はこんな提案をしていた。
「俺に、入れてくれる?大丈夫、俺も「平民」だからさ」
もしユキナさんが失敗していたら……俺は、死ぬ。
でも、それでもユウヤが犠牲になるぐらいなら自分が犠牲になろう。だって、スズエはユウヤを一番信用していたでしょ?
俺に出来るのはこれぐらいだ。あとは……成り行きに任せよう。
「……レイさん」
「大丈夫、本当だからさ」
ユウヤが不安げに俺を見つめる。きっと、彼は自分に入れる。だって、あのスズエの守護者だから。
予想通り、俺に集まる中、ユウヤにも一票入っていた。
「……よかった」
ユキナさんが笑う。そしてカードを見せた。
そこには「怪盗」と書かれている。
「私はラン君の役職……「身代」を盗んだ。でも、あなた達は私を殺すことは出来ないわ」
あぁ、つまり作戦は大成功している、ということだ。そのことに安堵感を抱く。
スズエ達の両親は「チッ」と舌打ちをした後、ナイフを持ってスズエに襲い掛かる。
「あんただけでも道連れよ!」
「――――っ!」
突然のことに、スズエは動けなかった。危ない――!そう思った時、
「スズエさん、大丈夫?」
アイトとシンヤがスズエの前に立っていた。二人とも、手でナイフの刃を掴んでいて血が流れていた。
「グッ……!」
コウシロウとスズカは二人を睨んでいる。それに「ボク達も一応、スズエの守護者なんでね」とシンヤがあざ笑った。
「スズエさんに害なす者は、たとえ親であっても倒させてもらう、よ!」
その勢いのまま、二人を地に伏せさせた。
「兄さん、アイト、もう少し手加減してもよかったのに」
「それでスズエに怪我させたら意味ないだろ」
「そうですよ、ユウヤ。この人達に手加減は必要ありません」
「一応ご両親だよね?エレン」
ユウヤとエレンも近付き、そんな会話をしていた。
スズエが伏せている両親の前にしゃがみ込む。
「ねぇ、二人とも。今ならチャンスをあげるわ。今までの罪を悔い改め、反省するというのならばこの場で命までは奪わない。どうかしら?」
そして、そんな問いかけをした。
そういえば、スズエは贖罪の巫女の家系だと言っていたな……。だから聞いたのだろう。悔い改めるのならば助けてやる、と。
しかし、彼らは鼻で笑う。
「俺達の目的は世界を滅ぼすこと……お前の言葉に惑わされるわけがないだろ」
「私達が死んでも、ほかの人が引き継ぐわ。それこそ、成雲家のご当主様とかね」
「……それが答えね」
スズエは憐みの目を向ける。
「せめて、苦しまず逝けるようにしてあげるわ」
そしてどこから取り出したのか、拳銃を突き立てていた。
そのまま、スズエは二発引き金を引いた。そのあと、拳銃を投げ捨てる。
「……さようなら」
ただ、それだけを呟いて。
スズエ達が俺達のところに来て、「出口はこっちですよ」と導いてくれた。
少しだけ、スズエが立ち止まって振り返ろうとしていたけれど。ユウヤがそれを止める。
「……大丈夫、ボクも一緒に背負ってあげるから」
「……うん」
そして、過去を振り払うように前に進んでいった。