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六章 祈療姫と幻炎

 祈療姫は心優しい巫女だった。

 誰にでも手を差し伸べ、どんな苦しみからも救い出した。

 ユキナが祈療姫と出会ったのは、祈療姫がまだ二十に満たない時だった。


「どうしたの?」

 幼いユキナは龍神の血を引いていたがために、ほかの人とは異質な存在だった。そのせいでいじめられていた時に、祈療姫が話しかけてきたのだ。

 彼女はユキナを自身の神社に連れて行き、食事を準備してくれた。人間であった母を失っていたユキナは涙を流しながら、それを食べていた。

「ゆっくり食べな」

 困ったように笑いながら、祈療姫はそれを見ていた。

「カナ、どうしたんだ?」

 黒い長髪の男性が声をかけてきた。彼は祈療姫の実兄のハツエだ。そばには実弟のカツキと実妹のサキもいる。

「この子、身寄りがないみたいなの。」

 祈療姫が事情を説明すると、「それなら仕方ないな」とここでユキナをとどまらせることに了承した。

 それから、祈療姫はユキナを我が子のようにかわいがった。初めての経験に、ユキナは照れながらもうれしく思った。

 幻炎と出会ったのは、その一年後の雪の日。

「兄様、部屋を準備して!」

 突然、祈療姫が叫ぶ。その背には大きな銀髪の男性がぐったりしていた。ハツエが慌てて部屋を準備し、祈療姫はつきっきりで世話をしていた。

 どうやら人間達に狙われていて、それから逃げていたらしいと本人の口から聞いた。

「死を覚悟していたが……まさか拾われるとは」

 幻炎は儚く笑う。そして、祈療姫に誓ったのだ。

 必ず、彼女を守ると。

 祈療姫は優しく笑い、「お願いします」と言った。

 しかし数年後、祈療姫は我が子を残して自害してしまう。理由は人々による争いのためだった。しかもそれが、自身の力を追い求めて争っていると知ったためさらに悲しんでしまったのだ。

「ごめんね。でも、みんなが傷つくのはもう見たくないの……」

 泣きながら、そばにいた人達にはそう言っていた。

 だが、人間達はそんなこと関係ない。命を絶った後でも、祈療姫の遺体には死人を蘇らせる力が残っていた。

 これ以上争いを起こさないようにするために、幻炎や子供達は彼女の遺体を隠したらしい。不思議なことに、彼女の遺体は朽ち果てることはなく美しいままだったという。



 その話を聞いた時、ボクは驚きよりも懐かしさを感じた。

「ユウヤ君は、心当たりあるよね?」

 ユキナさんがボクの方を見る。これはごまかせないとボクは正直に頷いた。

「だろうね。……君からは、ヤナトさんの魂が感じ取れるから」

 ヤナトというのは幻炎の本名だ。そしてボクのもう一つの魂でもある。普段は表に出てこないけど、祈療姫の生まれ変わりであるスズエさんの身に何かあった時に暴走しそうになるのが難点だ。

「君とスズエは魂で共鳴している。互いに惹かれあっているんだ。……って分からないかもしれないけど」

 スズエさんのその美しい心……それは、ボクやほかのきょうだい達だけでなく、他人でさえも惹かれるものがあるだろう。そして、眩しすぎてそれを掴むことは叶わない。

 でも、魂の共鳴……これがなければ、きっとボク達は出会うことはなかった。

「サクヤ、スズエと話をしてきなさい」

「はい。……スズエ……お姉ちゃん、あっち行こ?」

 サクヤちゃんがスズエさんの手を引く。スズエさんは目を丸くしながら、そのあとをついていく。

 さて、とユキナさんがボク達に向き返った。

「……ここから脱出しないといけないんだったよね?」

「えぇ。……スズエを退室させたのは何か理由が?」

 レイさんが尋ねると、「あの子の場合、無茶をしそうだと思ってね」と苦笑いを浮かべた。どうやら昔から無茶をしてしまう性格だったらしい。

「それは……確かに」

 妙に納得してしまう。あの子は自己犠牲の塊だ、自分がやると言い出しかねない。

「カオリさんの話を聞く限り、三回目のメインゲーム以降は犠牲者を出さずに進めることは出来ないらしい」

「うん、そういうルールなんだ」

 アイトが頷く。彼は相手側のルールというのを頭に叩き込まれているのだろう。

「でも、今回に関しては予想外のことが起こっているからどうなるか分からないらしい」

「まぁ、そうだろうね……」

 ここまで予想外のことが起こっているのだ、相手は相当慌てていることだろう。だからこそアイトもこっちに味方出来ているのだろうし。

「だから、その間にどうにかしたいかな?」

 何を考えているのか分からないその笑顔に、ボク達は顔を合わせた。



 サクヤちゃんに手を引かれ、私は自室まで連れていかれる。

「……あの、サクヤちゃん。さっき、私を……」

 私が聞くと、サクヤちゃんは「うん……お姉ちゃん」と泣きそうな目で私を見てきた。

 アカリちゃん。

 祖父母に聞いた、妹になるはずだった子の名前。死んだと聞いていたのだけど……。

「よかった……」

 気付けば、私はギュッと抱きしめていた。死んだと思っていた妹が生きていたのだ、うれしいに決まっている。

 アカリちゃんも抱き返して泣き始めた。



「つまり、スズエは死んだことになっているから参加者と同列に扱われないってことだね?」

 ユキナさんがアイトに確認すると、「うん。だからメインゲームには参加出来ないよ」と頷いた。

「それから、ボクとシンヤも参加できない。一応、フロアマスターと開催者って立ち位置だから」

「そうだな」

 後ろからユウヤより低い声が聞こえてきて、俺達は振り返る。そこにはシンヤが立っていた。

「だからこそ、ルールを変える権利はある。こっちが有利なようにな」

「それだったら、任せようかな」

「あぁ、ユキナさん、だっけ?一緒にいてくれ」

 ユキナさんの頼みに、彼はニヤリと笑う。ユキナさんが一緒にいるなら安心だ。彼もそれが分かっているのか自分で頼んでいるし。

 俺達はまた探索を始める。その間に隠し通路を見つけ、ユウヤやランと一緒にそこを進んだ。

 そこはぬいぐるみがたくさん置かれた部屋だった。女の子の部屋、だろうか?

「レイさん、これ……」

 ユウヤがその部屋に置いていたパソコンをかかると、何かが出てきた。

 それは俺達の関係性だった。そこには……俺とランが兄弟であることが書かれていた。ユウヤやアイトも、スズエ達森岡家のいとこに当たることも、それはそれは事細かに描かれている。

「これ……」

 オフィスの部屋にはいわゆる個人情報しかなかった。恐らく参加者に気付かれないようにここに隠していたのだろう。

(いや、そもそも個人情報があるってだけでも異常事態なんだけど)

 まぁここに連れてこられた時点でそんなの関係なくなっている。

 問題はそこではなく、俺とランが兄弟であるというのが本当なのかということだ。確かに、俺達に共通点はないと思っていたけれど。

 まさか、生き別れ状態の兄弟や親せきを集めたというのか。

 だとしたらかなり前から計画を立てていたということになる。

「……ねぇ、二人とも」

 おもむろに、ユウヤが口を開く。

「これが、かなり前から計画されていたって言ったら……信じる?」



 祈療姫は、自分が死んでも争いは収まらないと分かっていた。

 それどころか、自分の力を求めてさらに激化するだろう。

「ヤナト……」

 祈療姫は自害する数日前に、己の守護者に告げていた。

「きっと私は、もう一度この世に足をつける。また争いの毒牙にさらされるの。……その時、あなたは一緒にいてくれる?」

 幻炎は一瞬、何を言っているのか分からなかった。しかしすぐに気付く。

「……あぁ、もちろんだ。私はいつまでも、あなたの守護者でいましょう」

 その言葉に、祈療姫は満足そうに微笑みかけた。

 ――祈療姫が生まれ変わるとき、幻炎もまたともに生まれ変わる。



「……一時期は、争いは収まりました。でも、ある日祈療姫の遺体を納めている棺を覗くとそこには何もなかったんです。丁度、スズエが生まれた時でした」

 ユウヤはまるで遠い昔話をするように、俺達に話してくれた。

「ボクと兄さんが生まれた時も、幻炎の遺体がなくなっていたそうです。だからボク達の両親はボク達がその守護者の、スズエが祈療姫の生まれ変わりだって分かったんです。でも、スズエの母方の祖父母はそれを認めなかった。だから、兄さんは殺されたんです」

 寂しげな様子のユウヤに、俺は頭を撫でていた。

「……つらかったね」

 その言葉に、ユウヤは声を押し殺して泣き出す。

 彼は必死になってスズエを守ろうとしていた。それはアイトから聞いている。だからこそ、スズエが生きていたことを誰よりも喜んでいた。

「……ごめん、なさい……ここで泣いてる暇はないのに……」

「たまにはいいんじゃない?つらいことがあったら泣いていいんだよ」

 ずっと一人で抱えていたのだ、かなりつらかっただろう。俺じゃこれぐらいしか出来ないけど、それでも彼よりは年上だ。頼りにしてほしい。

 本当に、こういうところは主君に似ているんだから。

 スズエも、一人で抱え込んでいるところがある。周りに頼ることも覚えた方がいいだろう。



 ロビーに戻り、そのことを報告する。

「あー、なるほど……」

 スズエはようやく納得したようだ。

「共通点がまったく見当たらなかったからおかしいって思っていたんですよね……それだったら調べないと分からないや」

 スズエも共通点が見当たらないことを疑問に思っていたらしい。

 そのスズエだが、後ろからエレンに抱きしめられていた。

「それ、突っ込むべきですか?」

 ハナさんが尋ねると、「多分、突っ込んでも意味ないですよ……」とスズエは苦笑いを浮かべた。

「エレンさん、本当にスズエさんが好きですね……」

 カナクニ先生も困ったように笑いかけていた。

 この光景を、ここから脱出した後も見ていたい。

 そう思ったのは秘密だ。

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