五章 龍神の姫
私が寝ようとしていると、メールが来ていることに気付く。
「誰かな……?」
急患だったら大変だと思いながら見ると、そこには「香里」という人から助けてほしいというものだった。
どうやらアトーンメントから私の連絡先を教えられたらしい。
「……スズエ……」
そう言えば、最近彼女から連絡が来ていなかったことを思い出す。もしかしたら、それを関係しているかもしれない。
「サクヤ」
「どうしました?ユキナさん」
「これから出かけるけど、一緒に行く?」
私が声をかけると、彼女はコクッと頷いた。
ご丁寧に地図まで添付してくれている。そこに向かえば何か分かるかもしれない。
今日は休もうということになり、部屋に向かう。でもなかなか眠れなかったため、俺がロビーに向かうとスズエがソファに座ってパソコンを触っていた。
「スズエ、寝た方がいいよ」
俺が声をかけると、スズエは顔を上げずに「すみません、ここまで……」と呟く。そして首からカチッと小さな音が聞こえてきた。
「よしっ」
「え、もしかして」
「首輪の解除が出来ました」
ほら、と首輪を外す。本当に何でもできるんだな……と思っていると、
「あー……えっと……」
「どうしたの?」
「場違いって言うのは分かるんですけど……」
モジモジし出したスズエに首を傾げていると、空腹を告げる音が聞こえてきた。
「……おなかすいた……」
「…………あー」
そう言えば、食べているところを見てなかった。
「……何か作ってあげようか?」
「え、いいんですか?」
「うん。おかゆでいいかな?」
まだ起きたばかりで急にたくさん食べてしまうと胃に悪いだろう。俺は厨房に入り、米を炊いて卵がゆを作った。
持っていくと、スズエは相変わらずパソコンをかかっていた。
「出来たよ」
「あ、ありがとうございます」
俺が目の前に置くと、スズエはパソコンを避けて手を合わせた。
「ねぇ、これ見ていい?」
「はい、いいですよ」
モグモグとおかゆを食べているスズエに許可を得て、俺はパソコンを覗く。
そこにはハッキングしている画面が映っていた。
「そういえば、スズエってなんでハッキング出来るの?」
気になっていたことを尋ねると、「まぁ、独学ですよ」となおも食べながら答えた。
「でも、普通はハッキングなんてしないでしょ?」
「あー……まぁ、そうですね……うん……」
言いどよむスズエに首を傾げる。どうしたんだろ?
「……私の家系、情報屋でもあるんですよね。だからその関係で出来るようになって……」
「……情報屋?」
そんな、本の中でしか聞いたことのないような単語が少女の口から出てくるとは思っていなかった。さすがに嘘だと思っていたのに。
「一応、国にも認められているんですよ?その分規約が厳しいですけど」
「そうなの?」
「えぇ、もともと国のエージェントでしたからね」
「あ、もしかして……あの都市伝説の「アトーンメント」?」
「そうです。やっぱりレイさんは分かるんですね」
分かるも何も、アトーンメントは都市伝説としてかなり有名な義賊だ。
アトーンメントは弱き者の味方で、連絡を取れたら救い出してくれるという。もちろん連絡を取る手段など表立って書かれていないため、噂でしかなった。
「最近で印象に残っているのは、病弱の母親のために裏バイトをしようとしていた女性ですね。……アトーンメントは罪のない人を裏社会に踏み込ませないようにするための、最後のセーフネットの役割も持っているんです」
「なるほど……」
「今は特に、世界的にも治安が悪くなっていますからね。裏社会に踏み込んでしまう堅気の人もいるんですよ」
それを止めるために、スズエは一人でずっと動いていたのか……。
「警察もろくでもない奴らばかりになってるから、せめて私だけでも正しくいないといけませんからね……」
「……そっか」
まぁ、こんなデスゲームを見過ごしているぐらいだ。相当ろくでもないだろう。
「ミヒロさんの事件だって、あいつらが裏金を受け取って冤罪を仕立て上げたんですよ。ったく、それを晴らすこっちの身にもなれって税金泥棒どもが」
「スズエ、口悪くなってるよ」
「あら、ごめんなさい」
かなりイライラしているらしい。毎回尻拭いしていたらそりゃこうなるのは分かるけど。
「……本当においしいです、これ」
その呟きに俺がスズエの方を見ると、頬に涙が流れていた。
「ごめんなさい、料理なんて一部の人しか作ってもらったことなかったから……」
……そういえば、彼女は家に一人でいることが多かったらしい。しかも両親は帰ってこないから、自分で作らないといけない。
「……たまになら、作ってもいいよ」
思わず口をついて出た言葉に、スズエはキョトンとしていた。そして、
「ありがと」
優しく、微笑んだ。
「シンヤ」
ボクが監視カメラを見ていると、後ろから少女の声が聞こえてきた。振り返ると、スズエが立っていた。
「お前、いつまでこんなことをしている気だ?」
「お前には関係ないだろ?」
「こんなことしていても、お前が救われることはないって分かっているだろ?」
同じ人形に言われ、イライラする。こいつに言われたくない。
「……壊したければ、壊せばいい。私はサポート役から外されているし、お前が私を壊そうが誰も文句は言えないだろ」
確かに、ボクにはそれが出来る。でも、なぜか指示を出すことが出来なかった。
……スズエに、死んでほしくない。
死ね、死ね、殺してやる。違う、死んでほしくない。生きていてほしい。
――一緒に、生きたい……。
ソファで寝ているスズエを見ていると、ユウヤが起きてきた。
「あ、レイさん。おはようございます」
「おはよう、ユウヤ」
俺達が挨拶すると、足音が聞こえてきた。ユウヤが振り返ると、目を丸くした。
「……兄さん」
そこには、ユウヤによく似た男が立っていた。彼は神妙な面持ちをしている。
「……ユウヤ」
「どうしたの?」
睨みつけているユウヤに、彼は抱き着いた。まさかの行動にユウヤは戸惑っているらしい。
「し、シンヤ?」
「……悪かった……すまない……」
その謝罪に、ユウヤはギュッと抱きしめ返した。
「ん……誰……?」
スズエが目をこすりながら起きてくる。そして二人を見て、キョトンとした後優しく微笑む。
「……シンヤ」
「…………っ、スズエ」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、シンヤは目を丸くしてスズエを呼んだ。
スズエは優しく抱きしめ、「大丈夫だよ」とその頭を撫でた。シンヤの方から、鼻のすする音が聞こえてくる。
「ユウヤさん、彼を別室に……」
「うん。兄さん」
ユウヤがシンヤと呼ばれた彼を支え、自室に連れて行く。
俺はスズエに近付き、「さっきの人は……」と尋ねると、
「シンヤ……ユウヤさんの双子のお兄さんですよ。モロツゥに操られていたんです」
そう答えた。なぜそんなことが言えるのだろうと思っていると、「ガルル……っ!」と声が聞こえてきた。
「……レイさん、下がってて。皆がここに来ないように」
目の前には、おおよそこの世のものとは思えない生物がたたずんでいた。まさか、あれを一人で退治しようとしているのか。
キメラはスズエに向かって襲い掛かってきた。スズエは動じることもなく、それを見つめている。
「すず――!」
「舞い踊れ」
俺が肩を掴もうとした瞬間、スズエからそんな声がこぼれた。それと同時に周囲が肌寒くなってくる。
怪物に至っては、頭にも肩にも雪がかぶっていた。唖然としていると、
「スズエさん、援護するよ!」
シンヤを部屋に送ったらしいユウヤが戻ってきて、隣に立った。そして、
「燃え盛れ!」
今度は炎が飛び交う。何事かと呆然としていると、
「さすが、幻炎の生まれ変わりですね!」
「君こそ、さすが祈療姫の生まれ変わりだ!」
どうやら二人しか分からない何かがあるらしい。少なくとも、人ならざる者の血を引いているということは理解した。
さらにそこに、風が舞い起こる。
「ごめんね、スズエ。遅くなっちゃって」
下駄の音が聞こえてきたかと思うと、着物を着た桜色の女性がスズエによく似た女の子とともに現れた。
もちろん、大きな騒ぎにほかの人達はやってくる。俺が「下がってて」と言ってその様子を見ているしか出来なかった。
「スズエさん、ボクも加勢するよ」
アイトがスズエの隣に立つ。そして「吹雪」と呟くとさらに周囲の気温が下がった気がした。
そうして怪物を倒した四人に、俺達は近付く。
「あの、あなたは……」
俺が桜色の髪の女性に聞くと、「私は神龍 雪那。スズエの担当医だよ」と答えてくれた。
「スズエがカオリさんって人に教えたんでしょ?」
彼女が尋ねると、スズエは「えぇ」と小さく笑った。
カオリさん……?って俺達が首を傾げていると、「シナムキのことですよ」とそれに気付いたスズエが答えた。
「七守 香里……アイトの実母、らしい」
意外な事実に、アイトは目を丸くした。
「そう、なの……?」
「そうみたいだ。私も初めて知ったけどね」
「ここで話すより、あっちに行こうか」
ユキナさんの言葉にうなずき、全員でロビーの方に向かう。
スズエが座ると、ユキナさんはまず怪我の様子を見た。
「酷いね……まったく、あんまり無理したらダメだよ」
「あはは……すみません……」
俺達が思っている以上に酷かったらしい、苦言を呈してくるユキナさんにスズエは苦笑いを浮かべて謝った。
「脱出したら治療を受けるんだよ?」
「はーい……」
けだるく返事するスズエに「まったく……」とあきれながらも優しく撫でた。
「えっと……失礼ながらおいくつで……?」
女性に年齢を聞くのは失礼だと思うけど、見た感じスズエと年が変わらないように見えてどうしても聞いてしまう。
「女性に年齢を聞くのはよくないよ」
「ユキナさん、こう見えてかなりの御年ですよ」
「スズエ?何か言ったかしら?」
「いーえ、何も」
ユキナさんがニコッとスズエに威圧的な笑顔を浮かべているけど、当の本人は特に気にした様子がなかった。
うーん……どうしても信じられない……。かなりの年上なの?
「……まぁ、信じられないだろうけど、私こう見えて龍神様の血を引いているんだよね」
ユキナさんに言われ、キョトンとする。
龍神というのは伝説上のものだ。現実にいるとは思えないけど……。
(……今更か)
ユウヤやスズエ、アイトが人ならざる能力を使っていたのだ。信じるしかないだろう。
「スズエは祈療姫様の生まれ変わりなんだよね」
「その「祈療姫」ってなんなんですか?」
ユウヤもその名前を言っていたが、俺達には何がなんやら分からない。
「祈療姫はいわば「贖罪の巫女」……彼女は不思議な力を持っていたんだよ。私も幼い頃はお世話になったわ」
チラッとスズエの方を見ると、懐かしげな瞳をした。
「スズエを見た時、まさか彼女が……カナ様がこの地に降り立ったのかと思ったよ。それぐらいに似ていた」
そうして、ユキナさんは少しだけ昔話をしてくれた。