二章 絶望のメインゲーム
ボクとエレンさんは二人で少し話をする。
「……スズエさん、本当に死んだと思いますか?」
「分かりません……にわかには信じられませんが……」
アイトがいるのに、対応しないとは思えない。でも、間に合わなかったという可能性もある。
「……私は、信じたいです。スズエがまだ生きているって……」
エレンさんの瞳は強かった。まだ妹は生きているのだと、希望を持っていた。
「……そうですね」
ボクも、それを信じようと頷いた。
「これ……」
俺はさらなる事実を知って、驚きを隠せなかった。
(アイトは……生きてる……?)
本人から、自分は死んでいて人形なのだと聞いていたのに。
(嘘……?いや、あれは嘘ついてる雰囲気じゃなかった……)
だとしたら……彼はその嘘を信じているのだろう。しかもそのせいで冤罪を着せられた人もいるらしい。
「どうしたの?」
ユミが覗き込んで来る。思わず画面を隠してしまった。
「あ……えっと……」
俺は隠すのが下手だ、悟られているだろう。
「なんかあったら共有してほしいな」
「……そう、だね」
「あの、レイさん。これ……」
そこにレントさんも紙を持ってやってきた。それを見ると、勝率と書かれていた。
それには、スズエのところが「0%」と書かれていた。
……つまり、本当にスズエは生きてここから出られないことを示唆していた。
「……あの、これってつまり……」
二人も分かっているのだろう、顔を青くしていた。
「……確実に、殺される」
だからアイトは、スズエを助け出そうとしていたのか。
AIちゃんも、不安げな表情を浮かべている。
「あの、レイ君……大丈夫?」
「大丈夫だよ、AIちゃん。心配しないで」
俺が優しく声をかけると、ユミがニヤニヤと笑っていた。
「……どうしたの?」
「いや?レイさん、スズエに対しては優しいなぁって思って」
そうだろうか?よくわからないけど……。
「確かになー!」
「口縫い合わせますよ、タカシさん」
「ひでぇ!」
タカシさんがケラケラ笑いながら出てきたため、ポケットから針と糸を取り出す。いつも自分でほつれたところを縫っているから持ち歩いているのだ。
「あんまりからかったらダメだよー!彼も若いんだからさー!」
「マイカさんもからかったらダメだよ……」
マイカさんとナコもいつの間にか近付いていた。
ボクはメインゲームに向けて、準備をしていた。
ボクの目の前に落ちているカードは二枚……スズエさんが、取るはずだったものだ。
(これを取らなければ、無効試合になる……)
それを無視して、ボクは探索を続けていた。
あのカードはおそらく、鍵番と怪盗だろう。……どっちを取るかによって、そのあとが変わっていた。
それから、モニター室……電源のついたパソコンにメール機能があった。本当はこれで外に救助を求められただろうけど……残念ながら、助けてくれそうな人に心当たりはない。もしかしたらスズエさんならあったのかもしれないけど、これはボクの訳に立たなそうだ。
「ユウヤー」
後ろから声を掛けられ、ボクはビクッと震える。振り返ると、ケイさんが立っていた。
「どうしたんですか、ケイさん」
「ちょっと聞きたいことがあってねー」
……彼は元とはいえ警官だ、その観察眼は侮れない。
「君、何か知っていることがあるよね?」
だから、気を付けないといけなかったのに。
「何のことですか?」
「とぼけるな。……「スズエ」って名前を聞いた時、君は明らかに動揺していたハズだ」
どうやらバレていたらしい。言い訳をしようにもその瞳は逃がすまいという意志を漂わせていた。
「……別に、知り合いの名前と一緒だっただけですよ」
何とか絞り出した答えに「ふぅん……」と彼は見ていたけど、
「ま、今はそういうことにしておくよー」
特に怪しい動きもしていないしー、とここは見逃されたようだ。
正直危なかった。心臓がドキドキ言っている。
「……でも、怪しい動きをしたら……分かってるね?」
「肝に免じておきます」
……ケイさんとアリカさんには特に気を付けた方がいいな……。
二人は動きに敏感だ、変な動きをしたら……本当に、死ぬかもしれない。
ケイさんがモニター室から出た後、ボクはさらにパソコンをいじった。
「そう言えば……」
不意に思い出す。そういえば被害者ビデオを拾っていない。まぁ、ラン君は当然だとしてマイカさんのものはあるハズなのに。
「ユウヤ、兄ちゃん……」
探していると、今度はフウ君がやってきた。
「どうしたの?フウ君」
「怖いニャ……」
……いつもはスズエさんがいるから、フウ君も精神的に安定しているのに。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんがついてるからね」
代わりに抱きしめると、フウ君は「……うん」と泣きそうな声で頷いた。
俺はAIちゃんを抱えて、シナムキのところに向かう。
「シナムキ、スズエは大丈夫?」
「いえ……まだ……」
「そう……」
「それで、どうしたんですか?」
「あ、そうそう。確認したいことがあって」
俺の言葉にシナムキは首を傾げていた。
「……あのさ、アイトはシナムキの子供、なの?」
それを確認すると、彼女は目を見開いた。そして、
「……えぇ、そうです。あの男に無理やり……」
「……ごめんね、嫌なことを思い出せたね」
暗い顔をするシナムキに俺は謝る。強姦されて出来たなんて、女性にとってはトラウマだろう。
「……えぇ、でもあの子は……アイトは、本当に愛しているんです。だから本当は、ここに戻ってきてほしくなかった」
「……そう……」
相当つらかっただろう、俺はそれ以上聞かなかった。
「そう言えば、AIちゃんはもともとスズエの姿じゃなかったんだね」
「そうですね。アイトのために人工知能を改造して作ったものなんです。スズエさんの情報を読み込ませて、姿もスズエさんに似せたんです」
「なるほど……」
そういうのには詳しくないけれど、すごいことをしているというのは分かる。
「まぁ、幼い頃の情報なので今とかなり変わっていますが」
「あー……」
……昔、ニュースで見たことがある。
森岡家の家が放火されて、祖父が焼死、孫娘が重傷で生きているのが奇跡だったらしい。……そして、その孫娘というのが、スズエだった。
おじが家を修繕し、そこに住み続けているらしいけれどそのおじも亡くしている。そこから、スズエは変わった、らしい。
「もともと、スズエさんとシルヤさんの性格は反対だったんですよ。でも、スズエさんにそんなことがあってからシルヤさんは守るためにあの性格になったんです」
「……うん?親友なのに?」
それだと姉弟みたいじゃないか。
「スズエさんとシルヤ君は双子だよ」
後ろから声をかけられて、俺はビクゥと肩を跳ねる。振り返ると、アイトが立っていた。なんで彼はいつも俺の後ろに立っているのだろうか?
「あ、アイト、いつの間に?」
「ちょっと報告したかったから来たら、スズエさんとシルヤ君の話をしてたから」
「そ、そう……」
……まぁ、なんでそこにいたかは分かったけど。
「双子ってどういうこと?名字が違うけど……」
「そのままだよ。二人は血が繋がってる。……二人もそれは知っているし、あえて隠しているだけだよ」
「え、なんで……?」
「シルヤ君の方が憶知家に引き取られたんだよ。実際に教えたのは憶知のおばさんで、二人は変な目で見られないようにって、親友ってことにしたんだ」
結構複雑だ……。
「それに、エレンとも生き別れてしまったからね……」
「待って待って状況が読み込めないから少し整理させて」
エレンって、七守 恵漣のことだよね?俺と同い年で黒髪の……。
スズエとシルヤはともかく、エレンとは似ていない気がするんだけど……。
「まぁ、エレンは髪色と瞳の色だけは父親に似たらしいからね」
あー……なるほど……。
それで納得してしまった自分がいる。
「正直、あのきょうだいはなんであんな親から生まれたのって言いたくなるぐらいお人よしだからね」
……俺達は、スズエのそのお人よしに助けられた。
「……ボクの方でも、出来ることはしてるよ。でも、ごめんね。やっぱり、出口と首輪の設定はどうしようも出来なかった」
「ううん、大丈夫だよ。仕方ないし」
もともと逃がすつもりもないだろう。機械関係に強ければよかったのに、と思うけれどそんなこと関係なくここにあるものは俺達には扱えないものばかりだ。
「……スズエさんが目覚めてくれたら、どうにかなるかもしれないけど……」
「いまだに生死をさまよっています。ワタシも一生懸命対応していますが……」
「こればっかりはどうしようも出来ないよ。……ったく、本当にあの人達は娘を道具としか見ていないんだね……」
娘……?確かに父親に暴行を受けていたって聞いてるけど……。
「あ、知らないんだっけ。……スズエさんをここまでボロボロにしたの、この子のお父さんなんだよ。お母さんも、ただ見てるだけだった。あの場にいたの、その二人だけだったよ」
「え……」
……つまり……。
「あの人達、自分達の子供を道具にしているんだよ。……しかも、スズエさんは絶対に生かして帰さないルールにしてね」
「……酷い」
「……スズエさん達きょうだいは全員、特殊な力を使えてね。特にこの子はそれが強力なんだ。だから、それを狙っているんだよ。ボクの友人すら利用してね」
「友人……」
「参加者にユウヤ、いるでしょ?彼の双子のお兄さんだよ。……言ったと思うけど、ボク達はもともとスズエさんを守る「守護者」ってやつなんだ。でも……」
……どうやら、こちらも訳ありらしい。
「おい、アイト」
「あぁ、スズエ。そっちは終わった?」
「終わったぞ」
その時、女の子の声が聞こえてきたかと思うと、アイトが名前を呼んだ。振り返ると、スズエが立っていた。
「え、ど、どういう……」
「アイト、お前説明していなかったのか?」
「ごめんごめん」
「まったく……一応お前、フロアマスターだろ。私はただお前のサポート役なんだからな」
そのスズエがため息をつき、俺の方を向く。
「この馬鹿がすみません。私はフロアマスターの補佐役のスズエ。本人とは違い、私は人形です」
人形……?とよく見ると確かに本人とは少し違った。ネクタイはリボンになっているし、胸にある花のブローチもない。
「レイさん、ですよね。私もあなた達に協力します、何かあればAIちゃんか私に指示してください」
「あ、うん。ありがとう……」
顔が熱い。絶対に真っ赤だと自覚がある。
「大丈夫ですか?」
「だ、だだだ、大丈夫!」
近付いてくる人形ちゃんに思わず後ずさる。明らかに言動がおかしい俺を見て人形ちゃんは首を傾げている。
「スズエ、レイさんは君を可愛いって思っているんだよ」
「ちょっと黙ろうかアイト」
ケラケラとからかわれ、俺はジトっとアイトの方を見る。「私はそこまで可愛くないだろ……」と人形ちゃんはあきれたようにため息をつく。
(あぁ、この子鈍いんだなぁ……)
……惚れてしまったら苦労しそうだ……。
なんてのんきに考えてしまう。……まぁ、その惚れてしまった奴が俺なんだけど。
「スズエ、こっちは任せたよ」
「はいはい、仰せのままに」
ここから、俺と人形ちゃんは行動を共にすることになった。
メインゲーム直前、ボクは考える。
(カードは取ってない……本当にこれで全員が死なないですむのか分からないけど……)
正直、かなり緊張している。何せ役職カードを取らないなんて初めてだ、もしかしたら殺されるかもしれない……。
――でも、スズエさんのもとに行けるなら……。
縁起でもないことを考えて、すぐに振り払う。ダメだ、スズエさんは絶対生きているんだ。だから頑張らないと。
頬を強くたたき、意気込みを入れる。そして会場に踏み込んだ。
そこにはすでにみんな集まっていた。カナクニ先生とラン君がいることに少しの違和感を覚えつつ、「では、誰に投票するかきめてください!」とルイスマの合図を聞く。
「……それで、何から話しますか?」
ボクが尋ねると、「やっぱり、鍵番と身代が誰なのかってことかなー?」とケイさんはぼやいた。
……正直、ボクでも予想がつかない。
何せ今までここのメインゲームにいなかった人が四人もいるのだ。身代がシルヤ君じゃない可能性もある。
まぁ、死なせはしないけれど。
死ぬとしても、ボク一人だ。……絶対に、奴らに負けない。負けてたまるか。
「……では、鍵番に出てきてもらいますか」
そう呼びかけるが、もちろん出てくるわけがない。なぜならボクが持っている可能性があった役職だったから。
エレンさんがボクの方を見つめる。……きっと、ボクが何をしようとしているのか気付いているのだろう。彼はスズエさんと同じく勘が鋭いから。
「……ユウヤ、あなたは何か知っているのではないですか?」
だからあえて、ボクと敵対しようとしている。
「まさか。ボクは何も知りませんよ」
「そうでしょうか?私はあなたが何かしようとしているように見えたのですが」
「どういうことですか?」
カナクニ先生が尋ねてくる。彼は人を見る目にたけているから気付かれないといいのだけど。
「ユウヤさんは味方っすよね?」
ラン君が不安そうに尋ねてくる。……一緒に行動する中で、裏切られたくないと思う気持ちが強くなったのだろう。彼は信用したいという思いが誰よりも強い気がする。
「…………」
(……シルヤ君)
シルヤ君は黙ったまま。……当然だろう、彼が身代を持っているわけだし……お姉さんも、この場にいないのだから。
「…………」
エレンさんはそんなシルヤ君を見て、
「……あの、私に入れてくれませんか?」
そう、みんなに告げた。
「お、おい。お前身代じゃないだろうな?」
もちろん、全員はその可能性を示唆する。
「……いえ、私は「賢者」です。この場に鍵番はいません」
しかし、エレンさんははっきりとそう言い切った。それに全員が目を見開く。
「これで分かりましたか?」
「……嘘ついているわけでもなさそうだな……」
ミヒロさんが呟く。実際、鍵番はいないから当然だろう。
「どうしたらいいの?」
アリカさんが頭を抱えた。警官として、ここで見捨てていいのかと悩んでいるのかもしれない。
「……本当に、いいんですか?」
ボクの作戦も、うまくいくか分からない。それに、エレンさんはゆだねるのだろうか?
「えぇ、大丈夫ですよ」
エレンさんはフライパンをギュッと握り締めて頷いた。
そうして、投票は……エレンさんに、集まった。
「ウフフッ。では……あれ?」
ルイスマは笑っていたが、突然目を丸くした。
「無効試合……?さてはユウヤ、貴様……!」
「さぁ?ルールではいいんでしょ?」
恨めしげに睨まれ、ボクはあっけらかんと答える。それに舌打ちされた。
「だから嫌だったんだ、役職を持っていない人間が一人でもいた場合、無効試合になるなんて……!」
性格悪いと言われても仕方ないが、こうしてみると実に愉快だ。ルイスマが悔しそうにしているその姿が滑稽で、思わず口角が上がってしまう。
「ボクはルールに則っただけなんだから、文句を言われる筋合いはないよ」
「チッ……」
そう言い切ってやると、ルイスマは「……無効試合だ、とっとと出ていけ」とボク達を外に出した。
「……なるほどー。さすがだね、ユウヤー」
ケイさんがボクに声をかけてくる。ボクは「別に、偶然見つけただけですよ」とため息をついた。
「エレンさんの機転がなければ、どうしたらいいかボクも分からなかったですし」
実際、もしボクに票が集まっていたらどうなっていたのか分からなかった。……もしかしたら、ボクだけ殺されていたかもしれない。
エレンさんはシルヤ君の近くにいる。
「大丈夫ですか?シルヤ君」
「……大丈夫っす、エレンさん」
やはり、立ち直れないのだろう。シルヤ君、スズエさんのことをかなり慕っていたもんな……。
「……たまには、泣いてもいいんですよ」
エレンさんは兄としての余裕を見せる。それにシルヤ君は唇をかんで頷いていた。
メインゲームを乗り越えたようだと分かったのは、監視カメラを見ていた時だった。
「よかった……まだ、誰も死んでない……」
俺の呟きに「それならよかった……」とマイカさんが安心したように笑う。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう、人形ちゃん」
「いえ、私はアイトの指示に従っているだけなので。……これ、情報です」
人形ちゃんが封筒を渡してくれた。それには俺が言っていた情報――このデスゲームのルールが書かれた紙が入っていた。
「ありがとう」
「大丈夫です。コピーするのに一苦労しましたが……」
おそらく、これを渡すのはルール違反になるのだろう。でも、人形ちゃんは参加者でもフロアマスターでもない。そのルールのギリギリを狙ってやってくれている。
「まぁ、私は壊されても問題はないですからね」
そう言い切ってしまう人形ちゃんに、むなしさを覚える。
この子だって、生きているのに。
彼女はあくまで俺達を「生かす」ことを優先している。だから自分がどうなろうと関係ないのだ。
「……酷い顔してますよ、レイさん」
人形ちゃんが俺の頬に触れる。……人間の体温がない。やはり彼女は人形なのだと思い知らされる。
「私のことは気にしないで。そういう「運命」にあるだけなんですから」
悲しげに微笑みかける少女に、俺はギュッと拳を握った。