内面的な現象は悩みの種
この部屋には僕と君しかいない。暗闇に包まれている。
音がした。
「誰かいるのかい...?」
僕は問う。暗闇の向こうから聞こえた音に。
「あぁ、いるよ...。」
僕は君に問う。
「君は誰なんだ...?」
君は少し寂しそうに答える。
「私は誰なんだろうね...」
答えにならない回答が部屋に響く。
困った僕は深呼吸をして君に問う。
「ここはどこなんだ?暗くて何も見えやしない。」
君はふてぶてしくつぶやく。
「君に見えないなら私にも見えるわけがないだろう。」
予想していた通りの言葉が返ってきた。
多分君が僕に同じことを問うてきても全く一緒のことを言っていただろう。
少しの間があり、今度は君が話しかけてきた。
「時計の音がするだろう?ほら耳を澄まして聞いてみて。」
確かに、この部屋にはかすかに時計の音がする。チッチッチッチ。一秒一秒リズムを刻み時間が流れる。
もしこの音がなければこの部屋には時間が流れているなんて表現はできなかったかもしれない。
「この音を頼りに集まろうじゃないか」
僕はこの案に賛成だった。ただ、僕は怖かった。
僕らは本当に会わなくてはいけないのだろうか?
今は離れているから話せるが、近づいても同じように話せるだろか?
近づいたら暴力を振られるかもしれない。
ましてや近くに行っても、{相手の行動が見えない}={暴力よりひどいこと}をされるかもしれない。
考えても考えても出てくるのはデメリットばかり。僕は問う。
「もう少し君のことを知ってからでもいいかい?」
その言葉に君は答える。
「なぜだい?この暗闇の中で一人でいるのは得策ではないと思うが...
まぁ、君がそれでいいのなら構わないが。」
僕は少しほっとした。得体のしれない君の情報を集める時間ができたからだ。
「君は何を覚えているんだい?」
僕は問う。君は怪訝な声で答える。
「私が覚えていること?」
「そう、君が覚えていることだ。」
「私は...」
「君は?」
「私は痛みを覚えている。」
「痛み?どんな痛みなんだい?」
「とても痛くて切なくて忘れることのできない痛みだ。」
「どうして痛いんだい?」
「分からない。どうして痛いのか分からない。」
「痛い原因を覚えていないのかい?」
「あぁ、覚えていない。痛みだけだ。痛みだけは覚えている。」
「そうか。実際に痛いわけではないんだね?」
「あぁ。君はどうなんだい。何か覚えているのかい?」
「僕は覚えてるよ。自分の名前もどんな人生を過ごしてきたのかも。」
「記憶があるのかい?」
「あぁ、あるよ。だけどここにいる理由は思い出せないんだ...。」
「それなら、君の記憶について聞かせておくれよ。」
「君のことをもっと知っておきたいところだけど。僕のことも話さないと平等じゃないよね...。」
「いい暇つぶしになりそうだよ。」
「僕は、一人っ子だった。物心ついた時には母親は居なかったよ。父が育ててくれたんだ。その父が厳しい人でね。我が家のルールってのがあるんだけど、破ったら家から出されて野宿なんだよ。酷い時には殴られたり蹴られたり終いにはそのまま外に投げ出されるんだ。痛くて痛くて動くこともできなかった。」
「うん、それで?」
「...こんなの聞いてて楽しいかい?」
「そんなのは関係ない。私も君に興味がわいてきたところだ続けてくれ。」
「そうかい...じゃあ続けるよ。ある日、父の様子がおかしくなったんだよ。ルールをいくら破っても怒らなくなったんだ。それどころか会社にも行かずにソファーでずっと寝たきり。僕は嬉しくなってね。ルールを破り続けたんだ。半分くらい破った時に飽きちゃってね。父に言ったんだ。{今日はどうして怒らないの?}って。あとは分かるだろ?」
「死んでたのかい。」
「その通り。僕は怖くなってね。家を逃げ出したんだよ。それと同時にスッキリしてた。やっと自由になれた!!って。でもね。僕の記憶はそこで止まってるんだ。これ以上先は思い出せない。それこそ気づいたらこの部屋に居たんだ。」
「そうだったのかい。なんだか君を抱きしめたくなったよ。」
「よせ、男に抱きしめられる趣味はない。」
「私は君のことを知れた。君は私のことを知れたかい?」
「まぁ、悪い奴ではなさそうだ。変わったやつだとは思うけど。」
「それはいい。じゃあ、そろそろ集まろうか。」
「そうだね。」
僕は安心していた。君と話して安心した。君は痛みを知っていたから。
原因は分からずとも痛みを知っていたから。
僕は問う。
「時計の音が鳴るところに集合すればいいんだね?」
君は答える。
「そうだよ。早く会おう。なんだか怖くなってきたからね。」
チッチッチッチ。時計が刻む時間はなんだか気持ちを焦らせた。
スッスッスッス。足音がかすかに聞こえてきた。
「そろそろだね。」
僕が問う。君は答える。
「そろそろだよ。」
音を頼りに僕は近づく。途端、何かに触れる感触があった。
布のような水のような淡い感触。
「これは、君なのかい?君は人なのかい?」
僕は問う。君は答える。
「それはこちらのセリフだよ。君には体がないような。そんな違和感を感じるよ。」
僕は君が何を言っているのかさっぱりり理解できなかった。
だって僕は現にこうして喋っているのだから。でも否定はしきれなかった。
僕は移動するとき足を使う感覚がなかった。移動しようと思ったら音が近づいてきたのだ。
「僕は一体何なんだ?」
僕は僕に問う。答えは出ている。僕は僕だ。だけど、自信がない。そう断言できる確証がない。
自問自答を繰り返す。
君は問う
「君は私を知っているかい?」
僕は答える。
「もう一度触れてくれないかい?今度はもっと強く。君を感じるところまで。」
僕は君に強く触れた。なぜだか懐かしいような感じがした。
「君は私を知っているかい?」
君はもう一度問う。僕は答える。
「僕は君を知っている。君は僕だ。」
正確に言うと僕の肉体だ。僕は君に触れ、思い出した。
ここに来た理由。
僕は話す。
「君は僕なんだ。僕は、僕らは事故にあったんだ。君はその体で走り出し、僕は現実から逃げていた。そして君は車に轢かれた。」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、私は君の肉体で勝手に走り出して轢かれたのかい?それなら君は一体何なんだ?」
「僕は...君の魂。だよ。」
「魂?」
「そう。君は肉体として痛みを。僕は魂として記憶を受け持った。」
「でも、じゃあこの部屋は何なんだ。」
「この部屋は応急処置かな。僕もそこまでは分からない。けど、僕と君が一つになることで生き返るか、このまま二人で消えていくか。ってところじゃないのかな?」
「ありきたりな話だな。」
「君はどうする?僕と一緒になって生き返るかい?」
「本当に生き返るとしても君の辛い記憶は思い出したくないな。」
「それを言ったら僕だって君の痛みを思い出したくないさ。」
二人はしばらくの間、暗闇に紛れ言葉を探した。
今後の二人。いや、一人をどう選択すべきかを。
君が問う
「私たちは一つになるべきなのかい?」
僕が答える
「本来ならそうだね。」
この物語は読者の感性で完成とする。
今後の展開は読者の想像に任せよう。
一人になり、事故のけがから回復し自由に暮らすも良し。
二人のまま、つらい現実から逃げるのも良し。
君たちの選択に間違いはない。
自分を信じて想像して創り出すんだ自分だけの世界を。