たくさんの初めてをくれた人
■カレン=ロサード=イスタニア視点
――ウチはただ、愛されたかっただけなんだ。
イスタニア魔導王国の第一王女として双子の兄、セルヒオと一緒に生まれたウチは、その時から空気のように扱われ続けていた。
……ううん、空気のほうがよかったかもしれない。
だって、少なくとも生きていくためには必要だから。
でも、ウチは無用の存在なのだから。
セルヒオはイスタニア魔導王国のたった独りの後継者として、両親に、家臣に、全ての国民に愛された。
そんな彼には、“太陽王子”なんて二つ名までつけられて。
ウチなんて、誰も覚えてもくれないのに。
実の両親ですら、ウチは名前も顔も知らないくらいなのに。
それなのにウチときたら、構ってほしくて、褒めてほしくて、笑いかけてほしくて、優しくしてほしくて、意味もなく頑張ってみせて。
でも、誰もウチなんて見てくれなくて、ただ空回りしているだけで。
十歳を迎える頃には、使用人達に着せ替え人形のように世話をされて、ただベッドに寝ながら息を吸うだけの存在でしかなかった。
でも、それも仕方ないのかもしれない。
だってウチ、身体が欠けているんだもの。
食事をするのもままならず、身じろぎ一つできず、天井を見つめるだけの日々。
幼い頃は、それでも頑張って努力しようとしたけど、もう諦めた。
家族からの愛さえも。
ある日、ウチは車椅子に乗せられて外に出る機会があった。
新米の使用人の一人が、わざわざ気を利かせてくれたみたい。
……一か月もすれば、すぐにウチのことなんて無関心になるけど。
既に何一つ期待していないウチは、ただされるがまま車椅子で運ばれる。
後ろで使用人が何か話しかけているみたいだけど、ウチにはそよ風ほどにも感じなかった。
その時だ。
ウチは、聞いてしまった。
扉の隙間から漏れた、複数の男達の声を。
「『魔導兵器』の次の試験体は手に入ったのか?」
「それが……やはり、必要となる魔力の量が多い者となると、平民の中からはなかなか見つかりません……」
「うむう……では、魔術師達の中から選抜するか?」
「っ! 陛下、それはいけません!」
「イスタニアは魔導の国。彼等の反感を得てしまっては、我が国は立ち行かなくなってしまいます」
「むう…………………………む?」
「誰だ!」
勢いよく扉が開き、男達がウチと使用人に詰め寄る。
どうやら、今の話は聞かれてはいけないものだったみたい。
でも。
「……なんだ、出来損ないか」
「っ!?」
一番立派な服を着た偉そうな男が放った、何気ない一言。
これが、ウチが初めて家族からかけられた言葉。
これが、ウチが初めて見た、父親の姿。
「あ……そ、その……ウチを、使ってください……」
「む……?」
ウチは一体、何を言っているんだろう。
……ううん。そんなの、分かっている。
ウチはただ、初めてできた家族との繋がりを手放したくなくて、縋ったんだ。
先程の会話の意味を考えたら、何をされるのか、ある程度の想像はついているのに。
でも……試験体になれば、家族がウチを見てくれる。
死ぬかもしれなくても、ただそれだけを望んで。
「ふむ……どうだ?」
「……調べてみなければ分かりませんが、王族であれば魔力量も充分かと。欠損部位があることも、兵器を搭載するには向いておりますので」
「そうか。なら、それで進めよ」
「「「「「はっ!」」」」」
ウチを一瞥してこの場から立ち去る父親。
私は……その背中を、目でずっと追い続けていた。
◇
その後、父親……いや、元父親が進めていた研究は成功し、ウチはイスタニア魔導王国における『魔導兵器』第一号として生まれ変わった。
様々な実験などを行い、この小さな身体も改良を重ね続けた。
その結果、ウチの人間としての部分は、もう半分も残っていない。
結局、求めていた繋がりであるはずの元父親とは、実験の時にしか顔を合わせたことがないんだから、結局はウチの覚悟も想いも、無駄にしかならなかった。
双子の兄のセルヒオも、『魔導兵器』であるウチをただのモノ扱いしかしたことがないし。
そんな折、ウチはセルヒオと共に、バルドベルク帝国へ留学するように命令された。
セルヒオはもちろん、イスタニア魔導王国の“太陽王子”として……未来の国王として、研鑽を積むために。
ウチは……“商品”のサンプルとして、各国に自分を売り込むために。
だから、今回の期末試験ではウチの性能を見せる絶好の機会ととらえ、セルヒオをウチのマスターとして登録し、その披露に挑んだ。
だけど……双子なのに家族としてではなく、主と道具としての関係なんて、皮肉としか言いようがない。
そんな期末試験の場で、ウチは……“醜いオーク”と呼ばれるバルドベルク帝国の皇太子、ルートヴィヒ=フォン=バルドベルクと……ううん、ウチの真のマスターと肩を並べることになった。
だけど。
「……えへへ。マスター、今日も優しかった」
寄宿舎の窓から星が輝く夜空を眺めながら、私はマスターのことを思い浮かべる。
あの日……とうとう家族にはっきりと棄てられ、居場所がなくなって生きる意味をなくしたウチに、たくさんの初めてをくれた人。
マスターの従者になってから今まで、毎日が新鮮で、毎日が幸せで……。
それに、マスターはあのイスタニアの連中のように……家族だと勘違いしていた連中のように、『魔導兵器』のウチを実験台にしたり、物扱いしたりすることなんて絶対にない。
ただウチを、大切な仲間として、言葉どおり大切に扱ってくれる。
そんなマスターを想うだけで、ウチのこの小さな胸がぽかぽかと温かくなる。
思わず、また暴走してしまったのかと、勘違いしてしまうほどに。
だけど。
「……あのイルゼは邪魔」
マスターはウチにたくさんのものをくれたけど、まだもらえていないものがある。
オフィーリアにも、ナタリアにも、クラリスにも、ジルベルトにも見せない……イルゼだけに向けられた、あのまなざし、あの笑顔。
ウチも、このまま従者を続けていたら、それがもらえるのかな。
「……胸に損傷。これは修理が必要かも」
ウチは煌々と輝く月を見上げ、ちくり、と痛む胸をそっと撫でた。
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