それぞれの矜持、本当の想い
第二試合を終え、訓練場の端に移動した僕とイルゼ……なんだけど。
「…………………………」
はい、彼女はメッチャ不機嫌です。どうしよう。
などと考えていると。
「ルートヴィヒ! 先程の試合は何なのだ!」
オフィーリアが怒りの形相で現れました。
まあ、彼女の性格からしたら、僕のやったことは相手を侮辱する行為だととらえるだろうからね。こうなることも予想できた。
「まあまあ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! ナタリア、そうだろう!」
「うふふ、私ですか」
オフィーリアが大声で同意を求めるけど、聖女は微笑むばかりでどこ吹く風だ。
多分、彼女としても先程の試合の内容や結果なんて、どうでもいいんだろう。
それどころかカレンの問題を考えた場合、試合すらしなかったことは、むしろ望むところだと思うし。
「このような真似をして、イルゼの気持ちを考えたのか!」
「ハア……じゃあ聞くけど、イルゼは僕と戦い、剣を交えて僕を全力で倒したい、そう考えていると思う?」
「当然だろう! それが武人の矜持というものだ!」
あー……やっぱり自分の基準で考えているだけじゃん。
脳筋ヒロインにそのあたりの機微を考えろ、なんてことは、さすがに無理かあ……。
「いいかい? 仮に普通に試合をしていた場合、イルゼはわざと僕に負けたと思うよ。ねえ、そうだよね?」
「…………………………」
僕の問いかけに、イルゼは顔を背けて答えようとしなかった。
この反応も当然だよね。
「イルゼは従者なんだから、主人に刃を向けるなんてことは絶対にしないし、むしろ主人である僕の名誉を守ろうとするのは目に見えているんだよ」
「む、むむ……な、なら、もし対戦相手が私だったらどうするのだ!」
「そりゃ当然、全力で戦うに決まってるよ」
「う、うむう……」
オフィーリアは腕組みをしながら、ますます唸る。
ただ、なかなか複雑な表情を浮かべているところを見るに、イルゼと正反対の対応だからそれはそれで納得がいかないってところかな。
「あと、クラリスさんが相手でも全力で戦うよ。ナタリアさんは……やっぱり戦わないかな」
「そ、その基準もよく分からん……」
「簡単だよ。クラリスさんは普段冷静で空気を読むことにすごく長けているけど、それでもオフィーリアの従者だけあって武人としての矜持も持っている。なら、戦うことこそが礼儀だと思う」
「う、うむ! そのとおりだ!」
嬉しそうにするオフィーリアの一歩後ろで、うんうん、と頷くクラリスさん。
「次にナタリアさんだけど、彼女は聖女であって戦うことが矜持じゃない。むしろ、人々を救い、導くことこそが矜持だよ」
「うふふ、はい」
「なら、そんな女性と戦わないことが、本当に無礼だと思うかい? 僕はそう思わない」
「むむむむむ……」
とうとうオフィーリアは二の句を告げることができず、ただただ唸るばかりで、僕はクスリ、と笑ってしまった。
だって、そんな彼女を見てポンコツ可愛いと思ってしまうのは、仕方がないよね。
「そういうことだからさ。もし万が一、僕がオフィーリアと対戦する時は全力で戦うから、覚悟してよね」
「! も、もちろんだ! 私も負けないとも!」
あはは、オフィーリアったらすぐに機嫌が直ったよ。
単純で素直で、愛すべきヒロインだな。
もしイルゼがいなかったら……なんて考えてしまうけど、さすがにそれはないかー。
それに、イルゼなしのこの世界なんて、僕にはどうしても考えられないよ。
すると。
「次の試合! オフィーリア・フィリップ組、アンネ・ゲオルグ組、前へ!」
「ほら、呼ばれたみたいだよ!」
僕はオフィーリアの背中をバシン、と叩き、気合いを注入する。
「うむ! では、行ってくる!」
「うん! オフィーリア、頑張れ!」
「ああ!」
右拳を掲げ、オフィーリアは威風堂々と訓練場の中央へと向かった。
聖女とクラリスさんも、彼女を応援するためにその後に続く。
もちろん、僕達も……って。
「……ルイ様」
「……なんだい?」
「先程オフィーリア様におっしゃったように、すぐに棄権されたのは、私がわざと負けることをよしとしないから、ですか……?」
「違うよ」
おずおずと僕の顔を覗き込むイルゼに、即座に否定した。
オフィーリアにした説明なんて、ただの言い訳でしかないからね。
「君に言ったとおり、僕は君と戦いたくなかったんだ……いや、本当は刃を向けることさえしたくなかった」
「それは……どうして……?」
どうして、か……。
そんなの、答えは一つしかないよね。
「イルゼ……僕は、君のことが世界中の誰よりも大切だから」
「あ……」
「そ、そういうことだから!」
言ってから僕は急に恥ずかしくなり、ぷい、と顔を逸らした。
だけど、すぐにこれがいわゆるツンデレヒロインと同じ行動だと気づき、僕は両手で顔を覆い隠した。穴があったら入りたい。
でも。
「え……?」
「こ、このような無礼を、どうかお許しください……ですが……ですがこのイルゼ、幸せでたまりません……っ」
僕の胸に飛び込み、涙を零しながら愛おしそうに頬ずりをするイルゼ。
緊張のあまり硬直してしまうけど、僕は……。
彼女に応えるように、そっと抱きしめた。
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