ビッチな腹黒聖女が現れた
「ルイ様、とても素晴らしいスピーチでした」
これだけ大勢の生徒がいる中、たった一人だけ拍手をしながら美しい藍色の瞳に興奮を宿したイルゼが、僕を迎えてくれた。
「あ、あはは……全然反応はないけどね……」
「……それに関しては、ここにいる者達の耳が腐っているせいでしょう」
おおう……いつになくイルゼの毒舌がすごい。
そういえばゲームの中の彼女は、無口でクールだけど、たまに辛辣な言葉を吐くキャラ設定だったのを思い出した。
それでも、ゲームでは行為中以外は一切ルートヴィヒと会話をしない彼女が、こうして僕と会話をしてくれるんだから、ほんの少しであってもストーリーを改変できてよかったと思うし、それがバッドエンド回避の未来に繋がっているのなら希望が持てる。
「まあまあ。スピーチで言ったとおり、これからだよ。まずは僕を知ってもらうところから始めることにするよ」
そんなことを言ってみたものの、男相手ならまだしも、女子だったら知ってもらう前に僕自身が逃げ出してしまいそうだけど。
「おっと、これから教室に向かうみたいだし、僕達も急ごう」
「はい」
生徒達の後に続き、僕達も教室へと向かう。
その時。
――ドン。
「っ!?」
突然肩を押され、僕はそちらへと視線を向けると。
「邪魔だ」
僕が皇太子であることを意に介していないような、そんな視線を向ける屈強な身体をした男子生徒。
その隣には……あー、まさか彼女も留学生として来ていたなんてなあ……。
「うふふ……私の騎士が、大変失礼しました。ルートヴィヒ殿下」
「……いえ」
口元を押さえながらにこやかに微笑むのは、攻略対象のヒロインの一人で“ラティア神聖王国”に本部がある“ミネルヴァ聖教会”の聖女、“ナタリア=シルベストリ”だ。
ゲーム中の彼女は、ベルガ王国を滅ぼした後に世界の危機を訴えて西方諸国を団結させ、バルトベルク帝国を世界の敵と認定した張本人だったりする。
なのでいつまでも攻略せずに放っておくと、西方諸国の連合軍が組織され、総攻撃を仕掛けられてしまう。
こうなると、いくら優秀なヒロインやユニットがいようとも、圧倒的な物量の前に絶対に敗北するエンドが待ち受けているのだ。
うん……数こそ正義、だよね……。
「申し遅れました。私はミネルヴァ聖教会で聖女を務めております、ナタリアと申します。そしてこちらは、聖騎士の“バティスタ”です」
「こ、これはご丁寧に……僕はこの国の皇太子の、ルートヴィヒです……って、入学式でスピーチをしたんだしご存知ですよね」
ペコリ、とお辞儀をする聖女に、僕はそう答えて苦笑した。
なお、イルゼについては彼女達に紹介するつもりはない。
「それにしても……うふふ、ルートヴィヒ殿下があのような夢想家だとは思いませんでした」
「あ、あはは、そうですか……」
クスクスと笑う聖女に、僕は愛想笑いを浮かべた。
もちろん、これが彼女の皮肉だということを充分に理解した上で。
「ですが、噂に聞いていたようなお姿ではありませんね」
「っ!?」
ずい、と顔を近づけ、まじまじと見つめる聖女。
さ、さすがはヒロイン最強の一角を担うだけあって、その……可愛い。
白銀の髪にサファイアの瞳、少し幼さの残る顔立ちに白い素肌に映える淡い朱色の唇。
スタイルだってイルゼには若干劣るものの、それでも僕と同じ十五歳ということを考えれば、かなりのものだ。
……前世では、しっかりお世話になったんだよなあ。
「ルイ様、早く教室にまいりましょう」
「聖女様、お戯れはそれまでに……」
イルゼと騎士の男が、僕と聖女の間に割って入る。
表情に変化はないものの、ひょっとしてイルゼ……怒ってる?
「うふふ、残念ながらバティスタに叱られてしまいましたので、これで失礼しますね」
「は、はあ……」
聖女は、バティスタという騎士の男を連れて先に行ってしまった。
「……ルイ様。まさかとは思いますが、あの聖女様に一目惚れされたわけではありませんよね?」
「え? ま、まさかあ、それはあり得ないよ」
鋭い視線で僕の顔を覗き込むイルゼに、僕は首を左右に振った。
確かに前世ではお世話になったし、聖女が美少女だということは間違いないと思うけど、いざ現実となると絶対に彼女に惹かれたりするなんてことはない。
だって聖女は、『醜いオークの逆襲』屈指の腹黒キャラだし。
帝国を世界の敵に認定して以降は、連合軍の結成だけでなく、帝国内の反乱の扇動だったり物資の流通を差し止めたりと、とにかく暗躍するんだよなあ。
オマケに、攻略して以降も従順度が一定以下になってしまうと、平気で裏切ったりするし。
でもそれ以上に、僕が彼女を敬遠する最大の理由がある。
それに何と言っても彼女、聖女のくせにビッチだから。
聖女から性女に改めてほしいと思ったのは、決して僕だけじゃないはずだ。
喪男はイエス清楚、ノービッチなのだ。
「僕が聖女様に懸想するなんてことだけは絶対にないから、本当に安心してくれていいよ」
「そ、そうですか……」
イルゼの両肩をつかみながら真剣にそう告げると、何故か彼女は顔を赤くしながらプイ、と顔を背けてしまった。
ひょっとして、まだ疑っているのだろうか。
「ほ、本当だよ! 僕が心を許した女性なんて、君しかいないんだからね!」
「わ、分かりました! 分かりましたから!」
結局そう答えるものの、イルゼは最後までこちらを向いてはくれなかった……。
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