腹黒ビッチがますます腹黒ビッチになった
「ナタリアさん、あちらです」
池に到着し、僕は今もなお地面に亀甲縛りのまま転がっているバティスタを指差した。
聖女のいた建物までの往復の時間や彼女達とのやり取りの時間を入れると、一時間強は経っている。
それを考えれば、あのモブ聖騎士は相応の罰を受けたともいえる。
だって、あんな状態で放置されていたら、僕なら恥ずかしさと屈辱で間違いなくメンタルやられているよ。
……まあ、逆に目覚める可能性も否定できないけど。
「ルートヴィヒさん、このまま彼の前まで連れていってくれますか……?」
「は、はあ……」
僕はいいけど、モブ聖騎士からしたら罰ゲームもいいとこだろうなあ。
元々聖女を裏切ったのだって、僕に穢されたからっていうのがアイツの言い分だったし。
だから。
「あ……ああああああああ……っ」
ほら。バティスタの奴、目の前に来た瞬間メッチャ号泣したし。
「バティスタ、何を泣くことがあるのですか?」
「何って……あなた様が……聖女様が、身も心も“醜いオーク”などに穢されたから……っ!」
聖女にしては抑揚のない声で言い放つと、とうとうバティスタが血の涙を流し出した。
ただお姫様抱っこしているだけなのに、僕ってそこまで汚物扱い?
「あらあ……そのような格好で恥ずかしげもなく寝そべっているあなたのほうが、穢れていると思いますが?」
「な、何を言われますか! あなた様は……あなた様は、俺を裏切ったくせにッッッ!」
なんて言い草だろう。
ただビッチな聖女が喪男だと思って僕を揶揄ったりしただけで、勝手に誤解して裏切って、あまつさえ殺そうとしたくせに。
「裏切ったと言われても、そもそも私にとってあなたは従者以上の価値はありませんでしたよ?」
「ふ……ふざけないでくださいッッッ! あなたは私に言ったではないですか! 『誰よりも頼りにしている』と! 『傍にいてほしいのはバティスタだけ』だと!」
モブ聖騎士が吐き捨てた台詞に、聖女は僕の腕の中で肩を震わせる。
「う……うふふふふふふふ! そんなの社交辞令に決まっているじゃないですか! まさかあなた、それを真に受けていたのですか?」
あ、ただ可笑しかっただけか。
だけどこの腹黒聖女、酷いことするなあ。
おかげでホラ、バティスタの奴、絶望した表情を浮かべているし。
縛られてなかったら、池に飛び込んでいたんじゃないかな。
「うふふふふ……ハア。面白かったですよ、バティスタ」
「オマエ……オマエエエエエエエエエエッッッ!
想いを全否定され、さらには裏切られた悔しさで、バティスタは鬼の形相を浮かべた。
血の涙と相まって、某ダークファンタジ漫画の主人公さながらだ。
でもこれって、推しのアイドルが実は裏で彼氏いたり浮気したり、タバコを吸っていた事実を知って幻滅した時の粘着系ドルオタと反応が同じなんだよなあ。
幻滅したという部分に関しては、前世で喪男だった僕には少なからず共感できるものの、それでも、コイツはやっちゃいけないことをした。
前世の世界でSNSや掲示板で粘着するよりも質が悪い。
あ、もちろん粘着する奴も質が悪いからね。そういうの、僕は嫌いだから。
「そもそも、今のあなたの台詞もおかしいとは思わないのですか? 私に聖女としての潔癖さを求めているのに、自分だけ聖女の特別になろうとしているなんて」
「っ!?」
聖女のズバリの指摘に、モブ聖騎士は息を呑んだ。
でも、確かに彼女の言うとおりなんだよなあ。こういうところも、まさにドルオタと思考が同じなんだけど。
……前世で知り合っていたら、ひょっとしたら僕とバティスタは親友になれたかもしれない。
と思ったけど、コイツ無駄にプライド高いし、外見はハイスペックだからそれは絶対にないな。
「それに」
「……そ、それに……?」
「うふふ。私は別に、聖女という肩書に執着しておりませんから」
「「っ!?」」
これにはバティスタだけでなく、僕も思わず目を見開いてしまった。
だって、聖女は……ナタリアは、自分が聖女であることこそが唯一の存在意義だと思っていて、だからこそ『醜いオークの逆襲』ではその肩書にしがみつき、求められる期待に押し潰されて悪魔ディアボロと快楽に身を委ねてしまったのだから。
彼女に、どんな心境の変化があったんだろうか……。
「なのであなたも、私に変な幻想を抱くのはおやめなさい。といっても、もうあなたは私の従者でも何でもないですし、永遠に会うこともないでしょうけど」
「あ……ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
あーあ……モブ聖騎士、壊れちゃったよ。
というか、この腹黒聖女も今まで付き従ってくれた従者に対して、容赦ないなあ。
まあ、勝手に勘違いして、幻滅して、自分を殺そうとしたんだから、それも当然か。
「ルートヴィヒさん、ではまいりましょう」
「へ? そ、その、バティスタはこのままでいいんですか?」
「はい。私にとって彼は、道端の石ころよりも無価値ですから。それより……うふふ、この男と会話をするために、『吸魔石』を口から出していたんです」
聖女が、手のひらに乗る小さな『吸魔石』を僕に見せる。
「ですのでルートヴィヒさん、『吸魔石』を私の口に入れてはくださいませんか?」
「ええ!? い、いや、自分でできますよね?」
「それが……まだ石化が回復しておらず、上手く口に運べないんです……」
憂いを帯びた表情で僕の顔を窺う聖女。
何というか、あざとい。
だけど……まあ、それくらいならいいか。
というわけで。
「はい、どうぞ……って!?」
「はむ……ちゅ、ちゅぷ……」
なんとこの聖女、勢い余って僕の指をしゃぶっているんだけど!?
「ちょ、ちょっとナタリアさん!?」
「ちゅぽ……うふふ、ルートヴィヒさんの味がしました」
桜色の唇を舌なめずりし、妖艶な微笑みを浮かべる。
え? なにこれ? ひょっとして発情している?
「……ナタリア様。帰りは私がお運びします」
「謹んでお断りします」
今まで聞いたことがないほどの低い声で告げながら、僕から聖女を奪おうとするイルゼ。
一方の聖女は、僕の首に腕を回してイヤイヤの姿勢を示す。
そんな状況に困り果てている僕の足元で、モブ聖騎士はショックのあまり泡を吹いて気絶していた。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!




