どっちに進んでも地獄(バッドエンド)ということか
「む……ルートヴィヒ、何故大通りへ向かっているのだ?」
隣を歩くオフィーリアが、怪訝な表情を浮かべる。
「何言ってるの。ナタリアさんの様子を見にいくために決まってるじゃないか」
「ああ、そういえばそうだったな」
「まったく……オフィーリアは冷たいなあ」
「っ!? そ、そんなことはないぞ! 私も彼女のことは心配していたとも!」
「どうだろ?」
「本当だ! 信じてくれ!」
うぷぷ、オフィーリアは揶揄い甲斐があるなあ。
こういう真っ直ぐなところ、『醜いオークの逆襲』のオフィーリアそのままだ。
ゲームだと捕らえてあんなことやこんなことなど、とても口で言うのは憚られるような酷いことをする“醜いオーク”の僕が、“狂乱の姫騎士”とこうして冗談を言えるような仲間になるなんて、想像もできなかったよ。
何より、喪男なのにイルゼやオフィーリア、腹黒聖女、クラリスさんと、とんでもない美少女と会話したりしているなんて、これどんな奇跡?
僕はそんなことを考えていたら嬉しくなって、つい口元を緩めていると、すぐに聖女がいる建物に到着した。
「ナタリアさん、お身体の様子はいかがですか?」
「はい……まだ少し石化が治ってはおりませんが、かなり改善いたしました」
ベッドから身体を起こし、聖女がニコリ、と微笑む。
実は、イルゼを通じて聖女に渡した『吸魔石』は、通常より小さなものだった。
これは、聖女がメインヒロインの中でも一、二を争う魔力の持ち主であることを踏まえてのものだ。
ゲームの中では魔力影響を受けた状態異常回復を解除するためのアイテムだけど、この世界では魔法使いや神官といった魔力の強い者から魔力……つまり、生命力を奪う石というのが常識となっている。
だから、僕は聖女の安全を考慮してそのように対応したわけだけど、そのせいで回復が遅れてしまっていることについては、申し訳なく思う。
それなのに。
「……あのバティスタですが、ミネルヴァ聖教会の教皇猊下に対立する連中の一味であることが分かりました」
この話をしていいかどうか悩むものの、腹黒い彼女のことだ。イルゼがバティスタに知られないようにと告げたことで、色々と察してはいるだろう。
「そうですか……では、バティスタは今どうしているのですか?」
「えーと、そのー……街外れにある池の畔に、縄に縛られたまま捨て置いています……」
聖女におずおずと尋ねられ、気まずくなった僕は顔を逸らした。
いやあ、連れてくるのもどうかと思ったのでそうしたんだけど、今から考えたら何をやっているんだ僕。完全に放置プレイじゃないか。
「あ、あの……ルートヴィヒさん。でしたら私を、バティスタのところまで連れていってはくださいませんでしょうか……?」
「え……ですが、ナタリアさんはまだ回復してませんし……」
「私のことでしたら心配いりません。イルゼさんがくださった『吸魔石』のおかげで、残る石化も僅かですから」
ずい、と身を乗り出し、聖女が懇願する。
僕としては無理をさせてはいけないと思いつつ、彼女の願いも叶えてあげたい。
「いいんじゃないか? 別に、ただ会って話をするだけだしな。そうだろう?」
僕の肩をポン、と叩き、オフィーリアが問いかけると、聖女も強く頷いた。
ウーン……まあ、いいか。
「分かりました。ですが、決して無理はしないでくださいね?」
「! ありがとうございます!」
聖女がパアア、と笑顔を浮かべ、深々とお辞儀をする。
「ではルートヴィヒさん、お願いできますか?」
「へ? お願いって……?」
「私は石化の影響で満足に動くことができませんので、あなたに運んでいただかないと……」
少し熱を帯びた瞳で見つめながら、両手を広げる聖女。
確かに彼女の言うことにも一理あるか。
「分かりました、では……」
「お待ちください。ナタリア様は、このイルゼがお運びいたします」
「あらあ……私はルートヴィヒさんにお願いしたのですが?」
僕を庇うように聖女の間に割り込むように立ったイルゼを見て、笑顔の聖女のサファイアの瞳からハイライトが消えた。
聖女のこんな姿、僕はゲームでも見たこと……いや、あるぞ。
確か従順度を百にした後に七ターン以上調教を行わなかった場合、聖女が脱走して西方諸国をまとめ上げ、一斉に攻めてくるイベントが。
あの時の聖女のスチルも、こんなハイライトのない瞳だった気が……。
「ルートヴィヒさん」
「っ!? は、はい!」
「ルートヴィヒさんは、私を運んでくださいますよね……?」
ニタア、と口の端を吊り上げ、闇を湛えた瞳で見つめる聖女。
断った瞬間、僕はバッドエンドへ突き進むことになってしまうんだろうか。それだけは嫌だ。
「……僕が、ナタリアさんを運びます」
「っ!? ル、ルイ様!?」
「うふふ! ありがとうございます!」
愕然とするイルゼとは対照的に、咲き誇るような笑みを浮かべる聖女。
べ、別に聖女が怖くてこんな選択をしたわけじゃないぞ? ほ、本当だぞ?
「ではルートヴィヒさん、よろしくお願い……」
「ちょ、ちょっと待って! イルゼと話があるから!」
「あっ」
僕はイルゼの手を引き、部屋の隅っこに移動する。
「イルゼ、よく聞いて? 僕は最初から、ナタリアさんを抱えるつもりでいたんだ」
「……そ、それは、どうしてでしょうか……」
「だ、だって僕は男なんだ。イルゼみたいな可愛い女の子にそんなことさせたくないし、そ、それに……僕は、君の前では格好つけたいんだよ」
「っ!?」
悲しそうにしていたイルゼが、その答えを聞いて目を見開く。
苦しい言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、イルゼにそんなことをさせたくなかったのは事実だから。
「だから、今回だけは受け入れてくれるかな……?」
「…………………………(コクリ)」
しばらく沈黙が続いたものの、イルゼは頷いてくれた。
彼女からすれば主人である僕がそんなことをしたら、従者として誇りを傷つけられると思ったのかもしれないけど、受け入れてくれてよかった。
ということで、ベッドに戻って聖女を抱える……んだけど。
「うふふ♪」
「ええー……」
どういうわけか、お姫様抱っこをさせられる羽目になりました。
あの『暗殺エンド』と同じ瞳の色になったイルゼの視線を背中に受けながら、僕達はモブ聖騎士が転がっている池へと向かった。
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