モブ聖騎士を辱めてみる
「この……っ! フザケルナアアアアアアアアアアアアッッッ!」
渾身の力でバティスタを吹き飛ばし、僕は大声で叫んだ。
「オマエは……オマエは、そんな下らない理由で、ただの勘違いと嫉妬で、ナタリアさんを死の危険に晒したのかッッッ!」
「な……そ、それは全て貴様が……」
「うるさい! 女神ミネルヴァの教えを、教会を、信者達を、世界中の人々を、何より……主である聖女を守る立場の聖騎士が、何してるんだよ!」
そうだ。僕はこの目の前の男が悪事に加担して聖女を苦しめたことが、どうしようもなく許せなかったんだ。
こんなの、はっきり言って『醜いオークの逆襲』のルートヴィヒとやっていることが同レベルじゃないか!
「き、貴様に何が……ぐはあっ!?」
バティスタが立ち上がろうとしたところへ、僕は全体重(二百キロ)を乗せ、その顔面を思いきり殴った。
“醜いオーク”の僕なんかと違い、イケメンで女子にモテそうな顔だから、それはもう二割増しで。
だけど、殴られることはあっても誰かを殴るなんて、前世を含めて生まれて初めてだよ。
殴った後の拳って、こんなに痛いんだな。
「フフ……もう充分だろう。この勝負、ルートヴィヒの勝ちだ」
僕に殴られ、もんどり打って地面に横たわるモブ聖騎士を見下ろしながら、オフィーリアが僕の勝利を宣言した……って。
「イルゼ……?」
「…………………………」
イルゼが、どこか悲しげな表情で僕を見つめていた。
「え、ええと……どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません」
イルゼは顔を伏せる。
何でもないだなんて、絶対に嘘じゃないか……。
「ねえ……多分、君がそんな悲しそうな表情をするのは、僕のせいだよね? だったら、僕は女の子の気持ちも理解できない喪……いや、馬鹿だから、はっきり教えてほしいんだよ」
イルゼの手を取り、うつむく顔を覗き込む。
やっぱり彼女の表情は、すごく悲しそうで……。
「い、いえ、本当に、ルイ様は何一つ悪くありません。ただ、この私が未熟なだけです……」
そんなことを言ってるけど、彼女が未熟だなんて絶対にあり得ない。
綺麗で。
強くて。
あんなに肥え太っていた僕を見違えらせて。
冷たい素振りを見せながらも、本当はすごく優しくて。
主人がこんな“醜いオーク”であるにもかかわらず、とても尽くしてくれて、支えてくれて。
だから。
「絶対に嘘だよ。だって、イルゼが未熟だなんてことは絶対にない。もし君がそう感じているんだとしたら、それは僕が未熟で残念な“醜いオーク”だからだ。その証拠に、僕はまた君を悲しませたから」
「そんな……そんなことは……」
「ね……イルゼ。僕は、君には僕のせいで悲しんだり、無理をしたりしてほしくないんだ。僕には君が、誰よりも大切だから」
僕は、イルゼに精一杯の笑顔を見せた。
というか、前世の記憶を持つ僕にとって、イルゼはたった一人の理解者で、味方で、かけがえのない女性なんだ。だからお願い、見捨てないで。
「や、やっぱりルイ様は、その……ずるい、です……」
「ず、ずるい?」
どうしよう、やっぱり僕が原因なんじゃないか。
「わ、分かった。そんなずるい性格は、絶対に治すから。ちゃんと素直になるし、君の言いつけは守るし、たまにトレーニングで手抜きしてたけど、今度からちゃんと頑張るから」
「……最後のは聞き捨てなりませんね」
「ヒイイ!?」
しまった、最後はやぶへびだった。
「ふう……分かりました。明日から手抜きされてもいいように、メニューを増やすことにします」
「ヒイイイイ!?」
僕は思わず悲鳴を上げ、その場で立ち尽くす。
だけど。
「ふふ! いいえ、これは決定事項です!」
ようやくイルゼに笑顔が戻ったのを見て、絶望を味わうと同時に安堵もしつつ、やっぱり彼女はヒロインで最高に可愛いんだと、再確認した。
「ハア……イルゼさん、生殺しだなあ。可哀想」
……クラリスさん。それ、どういう意味?
◇
「うう……っ」
「やあ、起きたかい?」
僕に殴られて気を失っていたバティスタが、ようやく目を覚ました。
というか、僕に殴られた程度で気絶なんかするなよ。聖騎士のくせに貧弱だなあ。
「ぬっ!? み、身動きがとれん!?」
「変な真似をされても困るんだから、当たり前だろ」
ロープで拘束され身体をよじるモブ聖騎士に、僕は呆れながら言い放った。
なお、拘束はイルゼがしてくれたんだけど、何故か亀甲縛りになっております。
そういえば彼女、『醜いオークの逆襲』でも他のヒロインを調教する時、助手として登場したりもするもんなあ。
じゃあヒロインが縛られているシーンは、全部イルゼがしていたってことだな。納得した。
「それで、僕とお前の一対一の勝負は、この僕が勝利した。その場合の条件、覚えてるよな」
「…………………………」
悔しそうにギリ、と歯噛みしながら、僕を睨みつける。
といっても、その行為自体は別の意味があるんだろうけど。
「っ!?」
あはは、何回歯噛みしたところで一緒だよ。
お前が気を失っている間にイルゼが調べて、奥歯に仕込んであった毒薬は抜き取ってある。
というか。
「なあ、バティスタ。お前にそんな覚悟をさせるほどの連中は、一体何者なんだ?」
このモブ聖騎士は、逃げるために僕と一対一になるように仕掛けるという姑息な真似をしたにもかかわらず、万が一のことを考えて命を捨てるだけの覚悟をもってここに来たんだ。
……まあ答えなくても、ある程度は目星がついているけどね。
「答えなさい」
「あぐっ!?」
イルゼが容赦なくバティスタの腹を蹴り込んだ。
うんうん、イルゼって本当は怖いんだよ? だから、死にたくなかったらさっさと吐こうな。
その後もイルゼに蹴られたり、クラリスさんに言葉責めされたり、しびれを切らしたオフィーリアにぶん殴られたり散々な目に遭っているけど、それでもバティスタは口を割らない。
ハア……仕方ない。
一つ、かまをかけるかー。
「なあ、バティスタ……僕は、お前の背後にいる人間を知ってるんだよ」
「……フン、見え透いた嘘を」
「そうかい? じゃあ、当ててやろうか?」
鼻を鳴らして顔を背けるバティスタに、僕は口の端を持ち上げると。
「ミネルヴァ聖教会枢機卿、“ロレンツォ=ルドルフォ=マルティーニ”」
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