二人分のトラウマ
「ルイ様、本日の新入生代表のスピーチについては、いかがですか?」
帝立学院へと向かう馬車の中、イルゼがおずおずと尋ねる。
「もちろん、バッチリだよ……と、言いたいところなんだけどねー……」
そう……挨拶文そのものはこれで完璧だと思うんだけど、肝心の僕自身が駄目だ。
何せ、前世を含めてこんな人前で目立つようなことなんてしたことないから、緊張しかない。
おかげで昨夜は一睡もできなかったよ……。
「大丈夫ですよ、ルイ様。むしろルイ様をおいて、挨拶をするに相応しい者など一人もおりません」
「そ、そう?」
「はい」
全力で持ち上げてくれるイルゼに気を良くするも、自信だけは一向に湧き出てこない。
だけど……うん、彼女がこんなにも僕のことを信じてくれるんだから、精一杯やるしかないよね。
それに……僕がバッドエンドを回避するためには、少しでも好感度を上げる必要もあるし、入学式でのスピーチが重要になってくるから。
「イルゼ……僕、頑張るよ」
「その意気です、ルイ様」
小さく握りこぶしを作って励ますイルゼ。
この一年ずっと支えてくれた彼女に、僕は心から感謝を……って。
「うあー……すごい渋滞なんだけど……」
窓の外を除くと、帝立学院の校門から新入生を乗せた馬車が長蛇の列を作っていた。
そんな馬車を尻目に、僕とイルゼを乗せた馬車はその横を進んで行く。いわゆる皇太子特権というやつだ。
長時間待たされている他の新入生達には悪いと思いつつも、逆に渋滞の後ろに並んだらそれこそ気を遣わせることになるし、何より皇太子として舐められるわけにはいかない。
……まあ、現在進行形で散々馬鹿にされているんだけど。
「ルイ様、到着いたしました」
「うん」
馬車は学院の校門で停車し、僕はイルゼを制止して先に降りる。
もちろん、彼女をエスコートするためだ。
「どうぞ、イルゼ」
「……ルイ様、これでは他の者に示しがつかないと思うのですが」
「いいんだよ。どうせ僕は“醜いオーク”なんだ。馬鹿にされるのは慣れてるよ」
右手を差し出しておどけてみせると、イルゼは眉根を寄せながら溜息を吐きながら手を取り、ゆっくりと降りた。
そ、その……彼女の顔が少し赤いのは、怒っているから……じゃないよね?
すると。
「「「「「…………………………」」」」」
おおう……メッチャ見られていた。
ま、まあ、皇太子で醜いオークの僕がイルゼみたいな綺麗な女子をエスコートなんてしたら、それこそ『オークのくせに何を勘違いしているんだ?』と思われているに違いないよなあ……って!?
「…………………………」
「イ、イルゼ、早く入学式の会場に行こう!」
そんな他の生徒達に殺気を飛ばしているイルゼの手を引き、僕達は慌ててその場から足早に立ち去った。
お願いだから、敵を作るようなことはしないでください。
だけど、不幸には不幸が重なるもので。
――ドン。
「わっ!?」
「キャッ!?」
あろうことか、僕は女子生徒にぶつかり、思いきり倒してしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
地面に倒れ込む女子生徒に、慌てて声をかける……っ!?
「え、ええ……大丈夫ですわ……っ!?」
お互いに顔を見合わせた瞬間、息が止まる。
この僕が、彼女を見間違うはずがない。
ツインテールにまとめた栗色の髪、大きなガーネットの瞳、ぷっくりとした柔らかそうな唇……。
間違いない。
目の前の女の子は、あのベルガ王国の第一王女、ソフィアだ。
というか、どうしてソフィアがここに!?
普通に考えて、うちの帝立学院に留学してくるなんてあり得ないだろ!?
い、いや、それ以上に、どうして帝国も皇太子にトラウマ植え付けたような者の留学をすんなり受け入れているんだよ!
皇帝がこのことを知ったら、間違いなく戦争不可避だぞ!
「そ、その……手を、お借りしても……?」
「え……? あ、ああ……はい……」
僕の顔を覗き込みながらおずおずと尋ねる彼女に、我に返った僕は右手を差し出した。
「ありがとうございます……」
「い、いえ……」
熱を帯びた瞳で見つめたかと思うと、恥ずかしそうにしながらうつむいてしまった。
二年前の面会の時と比べ、反応が雲泥の差なんだけど……って!?
「ご、ごめん! 僕達急いでるから、これで失礼します!」
「え!? あ、あの……!」
呼び止めようとしたソフィアを振り切り、僕はイルゼの手を引いて逃げ出した。
というより。
「イ、イルゼ、落ち着いて!」
「ですが!」
とっさに建物の陰に隠れたものの、それでも殺気をみなぎらせて飛び出そうとするイルゼ。
どうやら彼女も、あの女子生徒がソフィアだということに気づいたみたいだ。
「あ、あはは……大丈夫だよ。ソフィア王女は、僕がルートヴィヒだって気づいてないみたいだし。それって、僕が変われた証拠なんだ……ぼ、僕が、もう“醜いオーク”なんかじゃ、ない……って……っ!」
どういうわけか、僕が直接あの言葉を言われたわけじゃないのに、それでも、前世の僕の人格じゃない、その前のルートヴィヒの記憶が……悲しみと苦しみの感情が、伝わって……きて……っ。
ぽろぽろと溢れ出す涙をどれだけ拭っても、全然止まらなくて、それどころか、せっかく今日のために用意した制服が、涙でびしょびしょになって……っ!?
「イ、イルゼ……?」
「ルイ様……どうか、我慢なさらないでください……全てを吐き出して、このイルゼにぶつけてください。私は……私は、あなた様になら……っ」
「イルゼ……イルゼ……うあああああ……っ」
僕はイルゼの胸に顔を埋め、思いきり泣いた。
前世の人格と記憶を取り戻す前のルートヴィヒと、今の僕。
そんな二人分の僕を、イルゼは優しく抱きしめてくれた。
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