従者はさばを読むみたい
「「「「「…………………………」」」」」
皇宮主催の晩餐会の場で、多くの貴族や子息令嬢達が遠巻きに僕を眺めてる……。
元々、僕はソフィアが流した誹謗中傷のせいで嫌われ者な上に、あの醜いオークの姿から父であるオットー皇帝譲りの細身ながらも引き締まった体格に加え、痩せてすっきりした顔は、亡き母の面影を残す端正な顔立ちに変貌したから、信じられないんだろうなあ。
母親の顔、知らんけど。
まあ、僕は真性(そういう意味じゃない)の喪男だし、こういった席では主役よりも壁役のほうが相応しいので、できる限り貴族達の視界に入らないよう、目立たない場所へと退避する。
「ルイ様……今日はあなた様のための壮行会なのに、その……よろしいのですか?」
「も、もちろんだよ」
不服そうな表情で尋ねるのは、僕のダイエットの師匠であるイルゼ。
彼女はいつものメイド服ではなく、晩餐会のためにしつらえた赤を基調としたドレスに身を包んでいる。
もちろん、師匠である彼女に恥をかかせるわけにはいかないので、身に着けている装飾品も含め全部僕がプレゼントしたものだ。
呼び方だって、ルートヴィヒなんかじゃなくて愛称の“ルイ”と呼んでもらっている。
……いや、本当は愛称ではなく、僕の前世の名前……“二階堂塁”が由来なんだけど。
まあ、それくらい僕はイルゼのことを尊敬し、信頼しているという証だ。
だけど、お願いだから遠巻きに見ている貴族達に、誰彼構わず殺気を放つのはやめてください。
せっかく嫌われないようにしようと思っているのに、これじゃ逆効果になってしまいます。
「ハハハ、本当に見違えたなルートヴィヒよ」
「父上……ありがとうございます」
両手に女性を侍らせながら、嬉しそうに笑う皇帝。
僕のことを気遣ってくれるのはありがたいけど、いい加減女癖の悪さは直したほうがいいと思う。正直だらしないです。
「これから三年間、寂しくなるが……お前が入学する帝立学院には、この国の子息令嬢だけでなく、他国からも王族や貴族が留学しにやってくる」
「はい」
「よいか。学院では皇太子ルートヴィヒ=ファン=バルドベルクの名を知らしめろ。そして、全てをひれ伏せるのだ」
「あ、あはは……」
皇帝の言葉に、僕は乾いた笑みをこぼす。
そんな敵を作るような真似、僕がするわけないじゃないか。
僕は帝立学院の三年間、ひたすら壁になるつもりなんだから。
あ、そうそう、気づいたかもしれないけど、僕の笑い声は『デュフフ』から普通に『あはは』に矯正された。
イルゼ曰く、『そのような笑い方、ルイ様には相応しくありません』とのことで、死ぬような思いをしたのは記憶に新しい。
いやあ……癖や習性って、なかなか直らないんだよなあ。
「イルゼ=ヒルデブラント。貴様も、ルートヴィヒをしっかりと支えるのだぞ? 昼夜問わず、な」
「……かしこまりました」
イルゼは無表情のまま、恭しく一礼した。
だけど、額に僅かに青筋が浮かんでいるところを見ると、皇帝の言葉に怒りを覚えているみたいだ。そりゃそうか。
いくら見た目がオークじゃなくなったからって、皇帝の言っている意味は『肉奴隷として尽くせ』だからなあ……。
「では、頑張るのだぞ」
オットー皇帝は僕の肩をポン、と叩くと、女性達とともに会場を後にした。
「ハア……イルゼ、ごめんね。うちの皇帝が……」
「全くです。そもそも、私がルイ様に尽くすことなど、当たり前のことですのに」
フン、と鼻を鳴らして眉根を寄せるイルゼ。
いや、皇帝はそういう意味で言ったんじゃないから。
「それより……来週から、帝立学院でもよろしくね」
「はい。ルイ様の同級生として、メイドとして、しっかりお仕えいたします」
「あ、あははー……」
メイドとして仕えるのはともかく、同級生というのは無理があるよなー……。
大体、僕は十五歳でイルゼは十八歳なんだし。
少し不安を覚えつつも、僕は意気込むイルゼを見てクスリ、と笑った。
◇
「んー……こんなもんかな」
鏡に映る自分の制服姿を見て、満足げに頷く。
いや、一年前の僕からは考えられないよなあ。
あの頃は、みんなが言うように完全にオークだったし。
ウエストに関しては、今のサイズの二倍……いや、三倍はあったし。
「あはは……そりゃ、ソフィアもオークみたいな醜いバケモノとなんて婚約したくないよなあ……」
酷いことを言われたとはいえ、危うく婚約させられる羽目になった彼女の立場からしたら、そう言いたくなる気持ちも分からないわけじゃない。
まあ、だからといって許せる話でもないし、何より、帝国の皇太子と王国の王女の婚約というのは、国同士の契約と同じ。
なのに、容姿だけをつかまえてあんな言葉と態度を見せた挙句、他国にまで誹謗中傷を吹聴したんだから、二国間の友好関係を台無しにしてしまったことは間違いない。
おかげでうちの皇帝、ベルガ王国に対してメッチャ圧力をかけて痛い目に遭わせている上、いずれ滅ぼすって息巻いてるし……って。
「そういえば、帝立学院には各国の王侯貴族も留学に来るって話だけど……まさか、ソフィアは来たりしないよね……?」
さすがにあんな真似をしておいて、シレっと留学しに来るなんて厚顔無恥なことするわけないか。
あーあ、せめてもう少し上手く断れば、西方諸国で最も権威のある帝立学院に留学できたのにね。可哀想……とは思わないな。
そんなことを考えていると。
――コン、コン。
「ルイ様、支度が整いました」
「ああ、うん……っ」
イルゼの制服姿に、僕は思わず息を止める。
いやいや、やっぱりヒロインの一人だけあって、その……メチャクチャ綺麗だ。
それに、さばを読んでいるからか、窮屈そうな胸といい、まるで制服コスプレしているみたいなんだけど……最高か? 最高だな。
「? ルイ様?」
「はえ!? あ、ああいや、何でもないよ」
「そうですか……てっきり私に見惚れておられたのかと思ったのですが……」
そう言って、イルゼがシュン、と落ち込んでしまった……。
「あ、ああああ、も、もちろん、その……すごく似合ってます……」
うう……この一年で打ち解けて、敬語も使わずに話せるようになったからって、そう簡単に気の利いた言葉を言えるわけじゃないんだよ。こっちは筋金入りの喪男だぞ、喪男。
「ふふ……今はそれでもいいです」
クスクスと微笑みながらそう言うと、イルゼが急に詰め寄ってきた。
そ、そのー……近いんですけど……。
「はい、これで大丈夫です」
「あ、ありがとう……」
ネクタイを直し、離れるイルゼ。
僕はホッとしつつも、彼女の残り香に名残惜しさを感じた。
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