女神よりも、悪魔よりも、捧げたい人
■ナタリア=シルベストリ視点
――全てに害をなす、真っ先に排除すべき男。それが、私の評価でした。
教皇猊下が主ミネルヴァのお告げを受け、貧しい農家の娘として生を受けた私は、五歳の時にミネルヴァ聖教会の本部があるラティア神聖王国の“クインクアトリア大聖堂”で聖女として洗礼を受けました。
それから、聖女としての主ミネルヴァの教えを受けるとともに、私自身も聖女に相応しい能力を開花させ、十歳を迎える頃には、光属性魔法において私の右に出る者はおりませんでした。
そんな特別な存在である自分を誇らしくありつつも、周囲からは貧しい農家の娘ということで、やはり少なからず誹謗中傷を受けたりもしました。
まだ年齢的にも成熟しておらず、そのようなこともあってか、両親への恋しさを募らせ、私は教皇猊下にお願いしたのです。
『両親に、会わせてください』
と。
最初は困った表情を浮かべた教皇猊下でしたが、すぐに了承してくださり、私は晴れて故郷に帰宅……いえ、凱旋することになりました。
でも……待っていたのは、悲しい現実。
私は両親に、ミネルヴァ聖教会に大金で身売りされたことを知ったのです。
今となっては真実が何なのかは分かりませんが、両親が教会に対して高額な金銭を要求したとのこと。
教会としても、聖女を保護しなければならないため、両親の要求を全て受け入れたそうです。
それからの私は、ただ主ミネルヴァに傾倒しました。
もう、両親に捨てられた私の唯一の価値は、聖女だということしかありませんから。
だから私は、聖女として何でもしました。
教会の顔としての外交、貧民街の救済、魔物の討伐……枚挙にいとまがありません。
そうすると、聖女であることしか価値のない私の心にぽっかりと穴が空き、それを埋めることもできず、むしろ広がっていくばかり。
気づけば私は、そのつらさから逃れるために、主ミネルヴァに仇なす存在……“ディアボロ”に、不浄を捧げてしまったのです。
といっても、不浄を男に捧げたのではなく、あくまでもディアボロの偶像にですし、大切な純潔は残されたままです。
とはいえ、聖女であるにもかかわらず主を裏切り、悪魔に身を任せてしまったのです。
主ミネルヴァに対する罪の重さと、ディアボロに身を委ね与えられる快楽……その両方に押し潰されそうになっていた、十三歳の頃。
教皇猊下の元に、聖女である私に縁談の申し出がありました。
聞いたところによると、お相手は“醜いオーク”と呼ばれるバルドベルク帝国の皇太子なのだとか。
身分……ということに関しては、私も農家の娘という出自ではあるものの、今は聖女として確固たる地位におりますので、たとえ皇太子でも見劣りするようなことはないでしょう。
とはいえ、噂で聞いた限りでは、その皇太子という身分以外は、まさに人間ではないと言えます。
オークと見紛うような醜い容姿、それに相応しい卑劣で、下衆で、冷酷な、まさに魔物と呼ぶに相応しい男。
当然、教皇猊下はバルドベルク帝国のオットー皇帝からの親書を、使者の目の前で破り捨て、拒否しました。
ですが……うふふ、その時の私は、まさしく自分に相応しい御方だと、逆にそう思ってしまいました。
主ミネルヴァを裏切り、悪魔ディアブロに不浄を捧げる、聖女とは名ばかりのこの私にこそお似合いだと思いませんか?
ただ、いずれにせよ“醜いオーク”は排除すべき存在。
そう……彼は、破滅へと続く轍を作る者……だったはず、なんですが……。
「……うふふ、あのような根も葉もない噂、一体誰が流したのでしょうね……」
などと呟いてみますが、そんな真似をするのはルートヴィヒさんと婚約予定だった、ベルガ王国のソフィア王女以外いらっしゃらないのですが。
それにしても、帝立学院に来てからルートヴィヒさんの印象は、裏切りの連続でした。
見た目は“醜いオーク”などとは程遠く、同年代の男性よりも少し幼く見える彼は、とても可愛らしいと思いました。
彼の性格も、皇太子に相応しい……いえ、あの御方の高潔さは、そんなもので表せるようなものではありません。
それに、身分の低い従者でしかないイルゼさんへの優しさや、オフィーリアさんとの彼女の誇りを守るための戦い、貧民街でのあの行動。何より、その内に秘める想い。
それら全て、今まで“醜いオーク”として蔑まれ、疎まれ続けてきたからこそ培われ、身分や立場などに囚われず、受け入れることができるだけの心の広さをお持ちなのでしょうね……。
「本当なら、壊れていてもおかしくないですのに……」
そう……普通なら、そのようなつらい境遇に置かれれば心は壊れ、それこそ自ら死を選ぶか、誰かを壊すようなことになっていても不思議ではありません。
なのにルートヴィヒさんは、それを溢れんばかりの優しさと揺るぎない心の強さを手に入れる原動力に変えてしまった。
「……彼になら、託せるかもしれません」
そんな希望を抱かせるほど、ルートヴィヒさんは輝いていた。
そして……彼になら、ディアボロにも捧げず、主ミネルヴァのためだけに守ってきた純潔を、捧げてもよいとさえ思ってしまうほどに。
「ああ……ルートヴィヒ、さん……!」
彼を思い浮かべ、私は人差し指を舐めながら甘い吐息を漏らす。
窓には、恍惚の表情を浮かべる私の姿が映っていた。
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