妹想いのお兄ちゃん
「ブルーノ……君は、バルドベルク帝国の最大貴族であるシュヴァルツェンベルク公爵家の令嬢、エレオノーラ=トゥ=シュヴァルツェンベルクと面識があるね?」
「…………………………ああ」
ブルーノは、観念したかのように力ない声で答えた。
「やっぱり……」
これではっきりした。
エレオノーラは、既に革命に向かって手を打っていたんだ。
「ルートヴィヒ。こうなっては、革命の芽は早めに刈り取っておいたほうが良いと思うぞ」
「残念ですが、私もそう思います」
オフィーリアと腹黒聖女が、神妙な面持ちでそう助言してくれた。
ふむ……たちまち芽を潰すという意味では、それが手っ取り早いね。
だけど、そんなことをしたってエレオノーラは第二、第三のブルーノを生み出すだけだと思う。
背後にベルガ王国がいる限り……そして、彼女の心の中に革命の炎が燃え続けている限り、その程度で止まったりするなんてことはあり得ないんだ。
それよりも。
「ブルーノ……君、妹いるよね?」
「っ!?」
そう告げた瞬間、ブルーノは憎悪に満ちた瞳で僕を睨んだ。
このことは、情報ギルドの調査結果にはっきりと記されていた。
彼には、病に臥せっている“カーヤ”という妹がいることを。
それを読んだ時、思わず胸を撫で下ろしたとも。
だってブルーノは、貧民街出身ということだけで病気の妹を医者に見てもらうこともできず、薬も売ってもらうことができず、ただ苦しむ妹を目の前で死なせてしまったことに、自分自身と帝国への怒りと憎悪によって革命へと走らせたんだから。
このことは、『反乱エンド』でエレオノーラの隣に並ぶブルーノが、涙を流し怒りに満ちた表情のスチルで語ったから、しっかり覚えておりますとも。
「まさか……テ、テメエ! 妹に手を出したらただじゃおかねえ! その時は……その時は、絶対にぶっ殺してやるッッッ!」
「……ルイ様。この男を殺す許可を、どうか私にお与えください」
ブルーノが僕を『殺す』って言ったことが許せないんだろう。
イルゼは、鬼のように険しい表情で懇願した。もちろん、そんなのは認めないけど。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。僕が言いたいのは、君がこちらに協力してくれるのなら、その妹さんが治療を受けられるようにしてあげるってことだよ」
「ハア!?」
ブルーノは、思いきり目を見開く。
ただし、その瞳はこちらを一切信用していないと、そう物語っている。
「フザケルナ! テメエ等みてえな貴族のガキ共の言葉なんざ信じられるか! そんなうまいことを言って、俺を騙そうってのは分かりきってんだよ!」
まあ、そうだよね。
エレオノーラと面識があるのなら、僕達の着ている制服が帝立学院のものだってことくらいすぐ分かるだろうし、貧民街の人間にとって貴族は敵みたいなものだし。
……いや、彼等からすれば、貧民街以外の人間は全員が敵、か。
「僕だって、言葉だけで君が信じてくれるなんて思っちゃいないよ。だから、これはお近づきの印だよ」
僕はポケットから、小さな袋の包みを取り出し、イルゼに押し付けられて地面に擦りつけている彼の顔の前に置いた。
「こ、これは……」
「もちろん、薬だよ。それも、君の妹が罹っている“エキドナ病”の」
「っ!?」
このエキドナ病というのは、『醜いオークの逆襲』に登場する架空の病気で、適切な治療と必要な薬を服用すれば、命に別状があるものじゃない。
だけど、貧民街出身というだけで医者に診てもらえず、薬だって買えない彼等からすれば、罹患イコール死のようなもの。
たった一人の大切な家族である妹がそのエキドナ病に罹ってしまったのなら、ブルーノとしては絶望しかない。
とはいえ、この反応……。
「ねえ……ちょっと聞くけど、エレオノーラからは薬をもらったりはしてないの?」
「…………………………」
ブルーノは苦虫を噛み潰したような表情で、顔を背けた。
あ、これ、もらってないんだな。
「どうしてもらわないの? 協力者なら、それくらい要求してもよさそうなものだけど」
「……あの女には、妹のことは言ってない」
「そ、そう……」
どうやら彼としては、弱みを握られるとまずいと思い、秘密にしたんだろうな。
まあ、情報ギルドの調査結果でも妹がいることまでは記されてあったけど、病気についての情報はなかったからね。
これは、妹が医者の診察を受けたり薬を買うことができないから、それで妹の状況が把握できないからだろうな。
そのことが、結果的に妹の死につながるっていうのに。
「ハア……ブルーノ、それじゃ本末転倒だよ。君のしてることは、妹さんを守ることじゃなくて見殺しにしているようなものだよ」
「っ! う、うるせえ! テメエに何が分かる! 貧しいってだけで……貧民街出身ってだけで馬鹿にされ、汚物扱いされて、周りには敵しかいねえ! んなもん……信じられるわけがねえだろう……」
「君の気持も分かるけど……とにかく、それならなおさら、早くこの薬を妹さんに飲ませてあげないと」
「信用できるか! 薬と見せかけて、最悪毒でも仕込んでるんだろうが!」
「ええー……」
ウーン……今までが今までだから、全然信用してくれないや。
とはいえ。
「まあ、別に君が信用してなくても構わないんだけどね。無理やり君の家に押し入って、この薬を妹さんに飲ませるだけなんだし」
「っ! や、やめろ! やめてくれ!」
「嫌だよ。オフィーリア、彼の家の扉、壊してくれる?」
「あ、ああ……」
叫ぶブルーノをよそに、オフィーリアは戸惑いながらもその大剣であっさりと扉を破壊した。
まあ、ボロっちいからね。
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