巨大なお胸のお姉さん
「ここで、合ってるのかな……」
繁華街のある大通りから細い路地を抜け、やって来たのは古びた木の看板のある、小さな食堂。
だけど、情報ギルドにしては壁に花の絵が描かれたりしていて、ファンシー過ぎる気がする。
「ね、ねえ、イルゼ……?」
意を決し、うつむいたままの彼女に声をかけてみる。
まだ機嫌、悪いかな……。
「はい。こちらが情報ギルドに間違いありません」
顔を上げ、まるで何事もなかったかのように淡々と話すイルゼ。
よかった……機嫌、戻ったみたいだ。
「そっか。じゃあ入ろう」
「はい」
安心した僕は、彼女に微笑みかけながら扉を開ける。
「いらっしゃいませー!」
笑顔で迎えてくれたのは、カウンターにいる栗色の髪を三つ編みにした一人の女性。
見た感じ、年齢は二十代後半といったところ、なんだけど……。
「…………………………」
……本当に、ここ情報ギルドなの?
だって、どう見てもそんな殺伐としたイメージに不釣り合いな、おっとりとした優しそうで美人なお姉さんなんだよ?
おまけに、イルゼすらも圧倒するような、エプロンをおかしなシルエットに変化させてしまうほどの巨大なお胸様。
おかげで、僕の視線はその二つの巨大なそれに釘付けです。挟まれたい。
「……ルイ様」
「っ!? は、はい!」
後ろからとてつもなく低い声でささやかれ、思わず直立不動になる。
や、やっぱりイルゼ、まだメッチャ機嫌悪い!?
「窓側の奥の席へどうぞー」
「は、はい……」
「…………………………」
促されるまま、カウンターの見える側の椅子に座ろうとしたら、イルゼに睨まれたので慌ててその反対側……つまり、カウンターを背にする格好になって着席した。
「ご注文はどうされますか?」
「っ!?」
いやいやいや、この店やっぱり心臓に悪いよ。
だってお姉さんがテーブルに水を置くために手を伸ばした瞬間、胸の谷間が思いっきり視界に入ってくるんだ……あいてっ!?
いきなり額に何かが当たり、僕は顔を押さえた。
心当たり? そんなの一つしかないよ。
「あ……じゃ、じゃあ、『季節のフルーツのフラペチーノ』をトールで」
「……かしこまりましたー」
前世では絶対に注文できないような名前のもの……というか、イルゼに教えてもらった情報ギルドに依頼をする際の暗号を告げた瞬間、お姉さんの表情がまるで仮面を貼り付けたような、感情のない笑顔に変わった。
や、やっぱりここは、情報ギルドで間違いないみたいだね……。
そして、待つこと数分。
「こちらへどうぞー」
「あっ、はい」
お姉さんに通されて店の奥へと入ると、そこには地下へと通じる階段があった。
「イルゼ」
「……(コクリ)」
無言で頷くイルゼとともにゆっくりと階段を下り、一番下にある扉を開ける。
「? 誰もいない?」
「そのようですね……」
そこは、古ぼけたソファーと小さなテーブル、それに上の食堂で使われていたと思われる道具や家具のある部屋だった。
どうやらここは、物置として使われているみたいだ。
「ルイ様、とりあえずはソファーに座って待つことにしましょう」
「そうだね」
僕とイルゼはソファーに座り……っ!?
――バタン。
「くっ!」
すぐに立ち上がったイルゼは、扉のドアノブを回し、押したり引いたりするけど……。
「……外から鍵をかけられたようです」
「じゃ、じゃあ、閉じ込められたってことか……」
イルゼは開錠を試みるけど、内側からだと鍵穴もなく無理っぽい。
「扉……壊してみる?」
「やってみまよう」
制服の下からダガーナイフを抜き、イルゼが隙間に差し込んだり、扉を斬りつけてみたりする。
「駄目です。この扉……外側に薄い木の板を貼ってあるだけで、中身は鋼鉄製です」
「じゃあ無理っぽいね……」
天井や壁、床もくまなく調べてみるけど、どこにも出られそうな場所はない。
僕達は、この地下の密室に完全に閉じ込められた。
「いかがなさいますか?」
「ウーン……とりあえず、ここに閉じ込めたままってことはないと思うから、誰かがやって来るまで気長に待つしかないかなあ」
などと呑気なことを言ってみるけど、心の中ではメッチャ焦っております。
もしこのまま、丸一日誰も来なかったらどうしよう……。
そんなことになってしまったら、僕はイルゼの前でトイレをしなきゃいけなくなるし、その逆も……。
これは、本当に由々しき問題だ。
「……ルイ様、ご心配いりません。あなた様は、この私が命に代えてもお守りいたします」
「っ! 駄目だよそんなこと!」
覚悟を決めた表情のイルゼの言葉に、思わず声を荒らげてしまった。
「大体、そんなことをしてもらっても、僕は嬉しくなんかないよ。それとも、イルゼは僕を悲しませたいの? 苦しめたいの?」
「いえ! 決してそのようなことは!」
「だったら! もうそんなこと、二度と言わないでよ! 僕は、君だけなんだからね……?」
前世を含めて、僕のためにこんなに優しくしてくれる人なんて、誰一人いなかった。
この世界に転生してきてからは、なおさらだよ。
僕がどれだけ君のことを大切に想っているか、分かってないんだ。
「……申し訳、ありません」
「……僕も、強く言い過ぎたよ。ごめん」
顔を見合わせた後、僕達は謝罪の言葉とともにうつむいてしまう。
でも……イルゼの殺伐とした空気が和らいだのは、気のせいじゃないよね?
不謹慎だとは思いながらも、そのことに安堵してつい頬を緩めてしまった。
すると。
「……ルイ、様」
「なんだい?」
「その……もし、あなた様が誰かとご一緒になられても、このイルゼを必要としてくださいますでしょうか……?」
胸に手を当てながら、泣きそうな表情で尋ねるイルゼ。
その誰かというのが女子を指しているんだとしたら、絶対にあり得ないんじゃないかなあ。というか、そういうことでいいんだよね?
だったら。
「……さっきも言ったように、僕にはイルゼしかいないから。これまでも、今も……そして、これから先もずっと」
「あ……」
まあ、どこの世界に僕みたいな“醜いオーク”の喪男と、好き好んで一緒になろうなんて心の広い女子がいるかって話だよ。
だからお願いイルゼ。皇帝に言ってお給料も福利厚生もメッチャ優遇するので、ずっと僕に仕えてください。このとおりです。
「は、はい! 私も……私も、ルイ様しかおりません……! ルイ様……あなた様だけが……っ」
熱を帯びた藍色の瞳で、イルゼは僕を見つめる。
え? え? これってどういうことなの?
彼女の瞳や、表情や、声や、その他色々なものが意味するものが何なのか理解できず、僕は絶賛混乱中なんだけど。
その時。
――ガチャ。
「ハア……いくら学生さんだからって、時と場所は弁えたほうがいいと思いますよー……」
「「っ!?」」
鍵がかけられていた扉が開き、呆れた表情の食堂のお姉さんが立っていた。
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