私は、目撃者となろう
■オフィーリア=オブ=ブリント視点
――最初は、口先だけの取るに足らない男だと思っていた。
ルートヴィヒ=ファン=バルドベルクの噂については、二年前より聞き及んでいる。
醜いオークのように肥え太っており、自分一人で動くことすらままならない巨体。
性格も外見同様醜く、卑劣で、卑怯で、冷酷。
婚約を結ぶ予定だった他国の姫君に対し、面会のその場で己の欲望に任せて押し倒そうとしたという話もある。
後に聞いた話だが、バルドベルク帝国は第四王女であるこの私にも、縁談を申し込んできたらしく、父上や王太子をはじめとした三人の兄上は激怒して帝国の使者を門前払いし、既に嫁いでいる二人の姉と結婚間近の姉からも心配される始末。
ルートヴィヒ殿下の噂が聞くに堪えないものしかないので、家族のそのような反応も頷ける。
……まあ、私が兄弟姉妹の末子ということもあって、相手がルートヴィヒ殿下でなかったとしても同じ反応だとは思うが。
そのせいで、私は未だに婚約者もいないのだから。
おっと、話が逸れてしまった。
とにかく、帝国に来るまでのルートヴィヒ殿下の評価はそんなもので、留学中に関わるようなことはないだろう。そう思っていた。
だが……入学式で見たルートヴィヒ殿下の容姿は、噂に聞いていたものとはかけ離れていた。
身長は百七十にも満たず、肥え太っているどころかむしろ一般的な同年代の男性よりも痩せているように見えた。
何より、あどけなさと愛くるしさを残したその顔は、あのような噂がなければ令嬢達から引く手数多だったであろうことは容易に想像できた。
とはいえ、いくら見た目が変わろうが、中身が噂どおり“醜いオーク”なら同じこと。
新入生、在校生にかかわらず、ルートヴィヒ殿下に向けられる視線は、まさに“醜いオーク”に対するものだった。
なのに。
『皆さんには、この学院で本当の僕を知っていただきたいと思います。その上で、本当に僕が見た目だけでなく心も“醜いオーク”なのか、これからの三年間でどうかご自身の目で、耳で判断してください』
意外だった。
少なくとも私には、ルートヴィヒ殿下の人柄が噂のようなものとは思えなかった。
『フン……口では何とでも言えるよな』
『見た目が変わったからって、信じられないわ』
『ひょっとして、“醜いオーク”の影武者だったりして』
……何とも言いたい放題だな。
自国の皇太子に対し、そのような言葉を吐くとは。
周囲の新入生達の言葉に呆れつつも、私とてルートヴィヒ殿下の容姿や言葉を鵜呑みにしているわけではない。
いずれにせよ、彼は『本当の自分』を見てほしいといったのだ。
なら、これからの三年間で見極めるとしよう。
なあに、私とルートヴィヒ殿下は図らずも同じクラスになったのだ。
そのための時間はたくさんあるのだから。
「そう考えた矢先、だったのだがな……」
「ぬおおおおおおお……死ぬ……死んでしまう……っ」
「ルイ様、あと少しです。頑張ってください」
今日もいつものように寄宿舎の壁をよじ登っているルートヴィヒ殿下と、壁を高速で走って先に上へとたどり着き声援を送るイルゼを見て、苦笑する。
一か月前の彼との一騎討ちで、私は『本当の彼』をまざまざと見せつけられた。
ブリント連合王国では誰一人として受け止めることのできなかった私の攻撃を、彼は全て受け切ってみせた。
あの、【ストームブレイカー】さえも。
しかも、それを二本の刀で受け止めたのだから、なお驚きだ。
なのに彼ときたら、防御だけは誰よりもすごい能力を持ち合わせているのに、攻撃に関しては平凡。
彼に合った防御中心のスタイルを何度提案しても、妙にこだわりを持つルートヴィヒ殿下は聞く耳も持たず、イルゼとともにどうしたものかと首を捻るばかりだ。
そして、もう一つ分かったことがある。
あの【ストームブレイカー】を彼が受け止めた時に感じた、異様な重さと感触。
まるで、巨大な岩の……いや、巨大な鋼鉄の塊に剣撃を加えたかのような、そんな感覚。
後でルートヴィヒ殿下とイルゼに聞いた時には、さらに驚いたものだ。
何故なら、彼の体重は痩せる前と変わらず、あの痩身でありながら二百キロもあるのだから。
フフ……そういえばイルゼが言っていたな。
『ルイ様は、その身にまとっていた肉体の全てに圧縮を重ね、誰も持ちえない高密度の身体に生まれ変わりました』
と。
どうすればそのような身体へと作り変えることができるのかと疑問に思ったが、イルゼ曰く、ルートヴィヒ殿下の身体が特別なのだそうだ。
何でも、バルドベルク帝国の長い歴史において、ルートヴィヒ殿下と同じ体質の皇帝が一人だけいたらしく、おそらくはその血を色濃く受け継いだのだろうというのが、イルゼの見解だ。
目の前で行われているトレーニングについても、その過去の皇帝が行っていた訓練方法だったらしい。
ん? そのような重要なことを、どうしてイルゼから教えてもらえたのか、だと?
理由は簡単、私は彼女と取引をしたのだ。
彼女の想いが少しでも叶うように、ブリント連合王国第四王女として力を貸す、と。
というより、結ばれることはあり得ないことは承知しているものの、それでも健気な彼女に報われてほしいという、私の我儘みたいなものだな。
「うふふ……オフィーリア殿下、楽しそうですね」
「フフ、そう見えるか?」
「はい」
隣に来た聖女殿の言葉に、私も微笑みで返す。
ああ、そのとおりだ。
私は今、この上なく楽しい。
ルートヴィヒ殿下のその身体に隠された能力に加え、従者を慮る優しさと高潔な精神。
世間の“醜いオーク”という評価とは正反対の彼の姿に、心が躍るのは仕方ないというもの。
これから帝立学院で、彼がどのような姿を見せるのか。
私は、その目撃者となろうではないか。
そして……願わくば、成長した彼と再び剣を交えたいものだ。
もちろん、次は負けるつもりはないがな。
愛剣“カレトヴルッフ”の柄を握りしめながら、私は頬を緩めた。
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