怖くて逃げだしたいんですけど
一日の授業が終わり、僕はイルゼとともに寄宿舎へと一旦帰る。
もちろん、オフィーリアとの一騎討ちに必要となる、僕だけの武器を取りに行くために。
「フフフ……とうとうこの刀を抜く時が来たか」
クローゼットの奥にしまってある二振りの刀を取り出し、僕は口の端を持ち上げた。
そう……これこそが、僕の専用武器である“双刃桜花”。皇太子の特権を最大限活用して、特注で作らせたものだ。
名前の由来は……うん、前世でプレイしていた狩りゲーで使用する武器の名前だったりする。
僕はあのゲームでは双剣使いだったからね。この世界だと鬼人化できないのが残念だ。
「以前から言っておりますが、ルイ様は盾での守りを主体とした戦闘スタイルのほうが向いていると思うのですが……」
「えー、やだよ。片手剣やランスは趣味じゃない」
「はあ……」
こういうのは趣味に極振りするから楽しいし、双剣スタイルって僕の中の厨二病をくすぐるんだよ。
「それより、早く訓練場へ急ごう。僕達が逃げたなんて思われるのは癪だからね」
今すぐ逃げたい気持ちを必死に抑え、僕はイルゼに微笑みかけた。
「はい……ルイ様は、私がこの命に代えてもお守りいたします」
「いやいや、命に代えたら駄目だって」
それに、守る役割は僕の務めだし。
といっても、オフィーリアの攻撃を受け止めるだけ、なんだけどね。
うう……あの脳筋ヒロイン、絶対に手加減したりしないだろうなあ……。
「ルイ様……」
「な、何でもない! 早く行こう!」
心配そうに見つめるイルゼの手を取り、僕達はオフィーリアの待つ訓練場へと急いだ。
◇
「フフ……逃げずによく来たな」
訓練場の中央で、杖代わりにした大剣の柄頭に両手に沿え、オフィーリアは不敵に笑う。
というか、このギャラリーの多さはなんなんだ?
どう考えても昼休みの食堂にいた生徒の数の数倍……いや、ひょっとしたら全校生徒いるんじゃない?
「……それだけ、ルイ様があの女に叩きのめされる姿を見たい、ということでしょう」
「お願い、切なくなるから言わないで」
そっと耳打ちをするイルゼに、僕は表情を変えずに懇願した。
味方なんて誰一人いないことは分かっていたけど、いざ目の当たりにすると心が折れそうです。
「ほう? その腰にある二本の刀……なかなかのものだな」
「分かるんですか?」
「もちろんだ。武に生きる私が、業物を見逃すはずがない」
ゲームの中では、ルートヴィヒに調教されて快楽に生きるけどね。
だけど……うん、分かってはいたけど、オフィーリアはやっぱり強そうだ。逃げたい。
「では、始めようか」
オフィーリアが鞘から剣を抜き、上段に構えた。
その黄金の瞳を、爛爛と輝かせながら。
「イルゼ……下がっていて」
「ルイ様、どうかご無理なさいませぬよう……」
そう言い残し、イルゼは音もなく僕から離れて観客の中に紛れていった。
あははー……無理するなって言われても、無理するしかないよね。
そうじゃないと……僕は、目の前の“狂乱の姫騎士”に勝てないから。
「ふう……」
大きく息を吐くと、僕も双刃桜花を抜く。
「さあ……かかってこい!」
「よくぞ言った!」
僕の言葉を合図に、オフィーリアは大きく足を踏み出した。
「はああああああああああッッッ!」
雄叫びとともに、全速力で突進してくるオフィーリア。
あまりの気迫に膝は笑うし、何なら僕の顔も引きつって笑っていますが何か?
「フンッッッ!」
――ガギギギギギギギギギギギッッッ!
オフィーリアが横薙ぎにした大剣を、僕は十字に構えた二本の刀で受け止める。
とんでもない威力に吹き飛ばされそうになるけど、何とか踏みとどまることができた。
痩せるために行ってきたイルゼとの特訓の成果が、ちゃんと活かされている証拠だ。
というか、ダイエット目的のトレーニングが、どうして戦闘スキルを上げることに繋がるのかは甚だ疑問だけど。
「フ、フフ……まさか私の全力の攻撃を受け止めるとは思わなかったぞ」
「あは、あはは……僕もびっくりです」
嬉しそうに口の端を持ち上げるオフィーリアとは対照的に、僕は恐怖で背筋が凍りそうです。
刀を握る両手だって、今の一撃でしびれまくって今にも落としてしまいそうだし。
それにしても、ゲームの戦闘パートではただの置物でしかない“醜いオーク”の僕が、なんで積極的に戦っているんだって話だよ。
ゲームなら、ちゃんとヒロインとモブユニット達が守ってくれるのになあ……って!?
「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
考える余裕を与えてすらくれず、オフィーリアが息もつかせない連撃を放つ。
うわあ……あんな重そうな大剣を、よくもまあ小枝でも振り回すみたいにできるなあ……。
――ギャリッ! ギインッ!
大剣と刀のぶつかり合う金属音が、訓練場に響き渡る。
普通、僕のほうが攻撃速度は速いはずなのに、全然反撃できない。
とはいえ、僕はこの攻撃からひたすら耐え抜くだけ。
それこそが、彼女に勝つ唯一の方法だから、
開始から五分くらいは経っただろうか。
ずっと重い大剣を振り回していたこともあり、オフィーリアに疲れの色が見え始める。
僕? 僕はさっきから疲労困憊ですがなにか?
「すう……はあ……」
「……?」
連撃を止めて距離を取ると、オフィーリアは深呼吸した。
「フフ……私の攻撃をここまで受け切ったのは、貴様が初めてだ」
「そうですか」
クスリ、と微笑む彼女に、僕は短く答えた。
本音を言えば、『ここでやめにしませんか?』と全力で言いたいところだけど、それじゃイルゼが侮辱された事実だけが残り、うやむやになってしまう。
だから僕は……僕達は、彼女に勝つしかないんだ。
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