いつまでも、あなたのお傍に①
■イルゼ=ヒルデブラント視点
――私は、幼い頃から暗殺者として生きることを求められてきました。
建国当時からバルトベルク帝国の影として、代々仕えてきたヒルデブラント子爵家でしたが、現皇帝……オットー=ファン=バルドベルクが帝位に就いてから、全てが狂いました。
それまで皇室が重宝してきた我が家を、突然切り捨てたのです。
理由は簡単。要は、名君と呼ばれた前皇帝陛下に心からの忠誠を誓ってきたヒルデブラント家が、今の皇帝は気に入らなかったからです。
帝国の影としての地位を失ったヒルデブラント家に、この帝国で生き抜く術は持ち合わせていませんでした。
領地と言っても、影としてあまり目立たないようにするため、僅かしか与えられておらず、収入も乏しい。
何か事業を始めようにも、諜報や暗殺しか能のないヒルデブラント家では、そんなノウハウもありません。
結局、先祖代々の品々を売りさばいて、そのお金で食いつなぐだけ。
それでも、いずれまた帝国に必要とされるかもしれない。
そんな希望を抱いて、お爺様とお父様は、私と二人の妹に暗殺術の全てを叩き込んでくださいました。
元々の才能もあったのでしょう。
真綿が水を吸うように教えを吸収し、三姉妹の中でも特に優秀だった私は、成人となる十五歳を迎える頃にはお父様……いえ、現役時代のお爺様をも凌ぐ暗殺者に成長いたしました。
ですが、いつまで経っても、オットー皇帝からはヒルデブラント家にお声がかかることはありません。
お爺様が無念のうちに他界し、お父様の指導の下、それでもなお私は研鑽を続け、二年が過ぎた頃。
とうとう売り捌けるものも底をつき、借金によって領地や屋敷も差し押さえられ、いよいよ由緒あるヒルデブラント家が滅びる……そんな時でした。
オットー皇帝から、ヒルデブラント家への支援の申し出と、その条件が提示されたのです。
それは……私を含めた三姉妹のうちの一人が、皇帝の一人息子で皇太子のルートヴィヒ殿下に仕え、慰み者となること。
そのことを告げに来たオットー皇帝の部下の醜悪な顔は、今でも忘れることができません。
だって、ヒルデブラント家の救済を餌に、私を……ヒルデブラント家を侮辱しているのですから。
ですが、もはや風前の灯火だった私達に、他の選択肢などありません。
二人の妹をそんな酷い目に遭わせたくなかった私は、自らルートヴィヒ殿下にお仕えすることを申し出ました。
もちろん、ルートヴィヒ殿下の噂は私も聞き及んでいました。
まるでオークのように醜悪な見目をしており、性格も冷酷で、残忍で、卑劣で、まさに魔物だとのこと。
でも……それでも、私は受け入れるしか選択肢がないのです。
家族と今生の別れを済ませ、私は皇宮へとやって来ます。
私が殿下の慰み者になるのだと、既に伝えられていたのでしょう。
執事長やメイド長だけでなく、皇宮で働く全ての人が、私を汚物でも見るような目で見ていました。
ルートヴィヒ殿下の部屋の前まで案内され、私は深呼吸をして覚悟を決めると。
――コン、コン。
「……失礼します。本日付でルートヴィヒ殿下にお仕えすることになりました、“イルゼ”と申します」
扉を開け、恭しく一礼した後に私の瞳に飛び込んできたのは……まさしく、噂どおりオークのように肥え太った醜い姿の、ルートヴィヒ殿下でした。
ああ……私は、今日からこの人に汚されるんですね。
噂と違っていてほしいという私の微かな希望は打ち砕かれ、目の前に絶望が広がっていました。
ですが……少し様子が変です。
ルートヴィヒ殿下は一介のメイドで、しかも慰み者でしかないこの私に敬語を使い、お会いしたことがあるかとか、今日の日付を尋ねたりなさったのです。
私も予想外のことに戸惑いつつも、ご質問にお答えすると。
「あ、うん……と、とりあえずは特に用事もないので、その……お疲れ様でした」
そう告げられ、何もせずに私を解放なさったのです。
「あ、あの! 私は……ルートヴィヒ殿下のお世話をするためにおります! で、ですので、どのようなことでもご命令ください!」
もう訳が分からず、思わず自分から必死に申し出てしまいます。
そんなことしたくないのに……慰み者なんてなりたくないのに。
でも、ルートヴィヒ殿下を受け入れなければ……私を気に入っていただかなければ、ヒルデブラント家が……家族が……っ。
それでも。
「お、落ち度なんてないですから! むしろ、イルゼ……さんみたいに綺麗な女性が、僕みたいな醜い男に仕えてくれるだけでもありがたいんですから」
ほ、本当に、どういうことなんでしょうか。
お褒めの言葉からも、決して私のことが気に入らないわけではないのに、手を出そうとしないなんて……。
結局、私の慰み者としての初日は何もなく終了してしまいました。
これで本当によいのか分かりませんが、ルートヴィヒ殿下がそうおっしゃる以上、私は従うほかありません。
そして……そのことに、ホッとしている私がいます。
初めてを奪われなくて、心からよかったと。
ですが、所詮は先延ばしになっただけ。
それにこのままでは、いずれここを追い出され、実家への支援が途絶えてしまうことは明白です。
もう一度ルートヴィヒ殿下のところへ行こう。
そう覚悟を決めた私は、夜にもう一度お部屋を訪ねます。
すると、部屋の中からうめき声が聞こえ、私は慌てて扉を開けます。
「ルートヴィヒ殿下!?」
頭を押さえ、苦しそうにのたうち回す殿下。
急いで駆け寄ると、殿下は意識を失ってしまわれました。
「誰か! 誰か来てください!」
通路に出て、私は必死に叫びます。
何事かと顔を見せたメイドの一人に状況を伝え、すぐに医者を呼んでもらいました。
診察の結果、特に異常はないとのことでひとまず安心しましたが、また同じようなことが起こるかもしれません。
私はルートヴィヒ殿下が目を覚まされるまで、お部屋で見守ることにしました。
そして。
「っ!? ルートヴィヒ殿下!?」
ようやく意識を取り戻された殿下に、胸を撫で下ろします。
相変わらず私に敬語をお使いになる姿にやはり戸惑いつつも、それでも見た目はともかく心根は噂とは違う……そう思い始めました。
「では、失礼いたします」
これ以上いてはゆっくりお休みいただけないと思い、私は恭しく一礼し、退室しました。
これが、私がルートヴィヒ殿下と初めて出逢った日の出来事でした。
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