イスタニアの目的
「ええと……これは?」
イスタニア海軍を殲滅し、ガレー船から旗艦ヴィト=リベンジ号に乗り移った僕は、フランチェスコ国王におずおずと尋ねる。
いや、だってさあ……。
「「「…………………………」」」
アントニオ王子とアリーナ、それにルアーナがつま先立ちしなければならないほど首を吊るされ、今まさに風前の灯火なんだもん。
「ルートヴィヒ殿下、これは当然だ。既に処刑が決まっているとはいえ、殿下達が戻るまでの時間すらも、楽にさせてやる必要はない」
「そ、そうですか……」
有無を言わせないとばかりのフランチェスコ国王に、僕もこれ以上は言えない。
だけど。
「それで……一応、僕はこの書類だけでなく、貴様がイルゼに得意げに語った話も聞いているから陰謀の全容は把握しているけど、せっかくだからフランチェスコ陛下をはじめ、みなさんに聞いてもらったらどうだ?」
「…………………………」
ギリ、と歯ぎしりしながら、今にもつかみ掛かりそうなほど憎悪を向けるアントニオ王子。
でも、それ以上の殺気をみなぎらせているアリーナとルアーナの視線が痛いです……って。
「あぐっ!?」
「げ……は……っ」
「……ガベロット式だか知りませんが、私が先に息の根を止めてあげましょうか? それこそ、もっと苦しみを与えて」
「よしイルゼ、ちょっと落ち着こうか」
イルゼに足を蹴り飛ばされ、アリーナとルアーナが今にも窒息死しそうになる。
僕も一応たしなめたものの、これも僕のために怒ってくれたんだと思うと、嬉しくてにやけそうになっちゃうよ。不謹慎だけど。
「ところでフランチェスコ陛下。実際に僕はアントニオ王子の指示でルアーナの手によって殺されかけたんです。なら、アントニオ王子の生殺与奪の権利を、僕に譲っていただくことはできませんか?」
「「「「「っ!?」」」」」
フランチェスコ国王だけでなく、ジル先輩、マッシモ王子、それにアントニオ王子やアリーナなど、イルゼ達を除き、ここにいる全員が息を呑んだ。
他国の皇太子が、自国の王子を生かすか殺すかを決めるんだ。戸惑うに決まっている。
僕はフランチェスコ国王を見つめ、回答を待つ。
「……今回、最も被害を受けたのはルートヴィヒ殿下。なら、此度の事件の結末を決める権利は、ルートヴィヒ殿下にある」
「っ!? と、父様!?」
「親父っ!」
ジル先輩とマッシモ王子が、フランチェスコ国王に詰め寄る。
せめて最後くらい、家族の手で送ってやりたいと考えたんだろうね。
でも、フランチェスコ国王はかぶりを振るばかりで、二人の言葉を聞き入れない。
……これ以上長引いて、余計にこじれても困るから、さっさと終わらせよう。
「ということだけど……アントニオ王子、僕に全てを話してくれたら、アリーナとルアーナはともかく、貴様の命だけは助けてあげるよ」
「…………………………本当か?」
おずおずと僕の顔を窺うアントニオ。
本当にコイツ、最低だな。
「っ! アントニオ殿下! アリーナ様は……アリーナ様はどうなさるのですか!」
「……この俺の命が救われるのだ。アリーナも本望だろう」
「…………………………」
アリーナを想って声を荒げるルアーナに、アントニオは冷たく言い放つ。
当のアリーナはといえば、無言で視線を落としていた。多分、もう覚悟を決めているんだろう。
こんなクズのアントニオに、殉じるために。
「なら、さっさと話せ。『ガベロットの掟』に従い、真実の全てを」
「あ、ああ……」
アントニオは、包み隠さずペラペラと話し始めた。
それはもう卑屈とも思えるほど、媚びた視線を僕に向けながら。
話の内容は、イルゼから聞いたものと全く同じだった。
イスタニア魔導王国は『魔導兵器』をはじめとした戦争のための魔道具を、ガベロット海洋王国を通じて売り捌くことを画策していたみたいだ。
それも、三年も前から。
アントニオはイスタニアによる全面支援の元、ガベロットを牛耳るために様々な手を打ち始めた。
病死に見せかけるための、致死性の低い毒を薬と称して継続的に飲ませてきたこと。
邪魔になるマッシモ王子を失脚させるため、若い貴族達を中心に買収工作を行ってきたこと。
そして……バルドベルク帝国との取引量を増やしたこと。
これは、帝国の軍備増強に一役買うことで、帝国をより軍事国家へと後押しするとともに、折を見て装備品や兵器に不良品を混ぜ、いざ戦となった時に敵対国……つまり、帝国を除いた西方諸国に有利に働くようにするためだ。
「……つまりイスタニアは、水面下で帝国と争うための工作をしていた。そういうことだな?」
「ああ……いずれ、西方諸国全土で戦争をし、帝国を亡ぼすために」
アントニオは、ためらうことなくそう言い放った。
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