愛しい御方のために①
■イルゼ=ヒルデブラント視点
闇に紛れ、私はガベロット海洋王国の王宮内を駆け巡る。
もちろん、私の愛しい御方を殺害しようなどと不届きな真似をした、この国の第一王子であるアントニオ=パオロ=ガベロットの部屋を探し、陰謀の全てを晒すための決定的な証拠を手に入れるために。
ですが。
「ふふ……」
……いけません。
愛しい御方から与えられた任務の最中だというのに、どうしても口元が緩んでしまいます。
ですが、どうしてこれを抑えることができましょうか。
だって、この私が……慰み者で卑しいこの私が、愛しい御方……ルイ様から、愛の告白を受けたのですから……。
ああ……ルイ様……。
イルゼめは、天にも昇る心地でございます……。
こう申し上げては何ですが、ルイ様の周りには私などより高貴さも、その美貌も、遥かに素晴らしい女性がいらっしゃいます。
オフィーリア様、ナタリア様、ジルベルタ様。
カレンは……後輩ですので、申し訳ありませんが私を優先させていただきます。
ですが、ルイ様はただ、私だけを求めてくださったのです。愛してくださったのです。
もちろん、ルイ様と想いが通じ合ったとて、名実共に結ばれるなどと甘い夢は抱いておりません。
あの御方はバルドベルク帝国の皇太子、私は……没落貴族の卑しい娘。明らかに不釣り合いです。
でも、それでいいのです。
あの貧民街を生まれ変わらせた手腕。陰口を叩くしかない有象無象の輩などは意に介さず、あえてその資質に疑いの余地のないオフィーリア様達を魅了するその人望。
私は、あの御方こそ真の英雄であると確信しております。
ルイ様には、ご自身に相応しいオフィーリア様達三人の中のいずれかと結ばれていただき、世継ぎをお作りになられて、帝国のさらなる繁栄を築いていただくのです。
それでも私は、ずっとあの御方の傍にいて、私だけに向けてくださるあの愛くるしい笑顔を、独り占めにできる。
それだけで……私は、全て満たされる。
「ここ……でしょうか」
フランチェスコ国王の部屋とは違う、高貴な装飾が施された部屋の扉。
中に人の気配を感じることからも、ここがアントニオ王子の部屋で間違いなさそうです。
私は素早く扉の鍵を開け、ゆっくりと扉を開きます。
「……奥の寝室に、アントニオ王子がいるようですね」
二人分の息遣いを感じながら、私は手前の部屋を調べます。
しばらく探すものの、今回の陰謀に関する証拠となりそうなものは見つかりませんでした。
となると、隣の執務室あるいは奥の寝室のどちらかに、何かしらの証拠があるのでしょうか。
ひょっとしたら、ここではないどこか別の場所に……。
……いいえ。隠すなら許可なく立ち入ることのできない、この自室に証拠を置いておくのが最も安全でしょう。
なら、誰もいない執務室の調査をいたしましょう。
私は、執務室へと通じる扉のノブを回……そうとして、一旦止めます。
「……姑息ですね」
ドアノブを回そうとした時の、僅かな違和感。
おそらく、侵入者への罠が仕掛けられているようです。
さて……なら、外から侵入することを考えてみますが、この王宮の構造上、執務室には窓がないものと思われます。
なら、この扉を破って中に入るより他はないようです。
……つまり、この執務室に何かある可能性が高いということ。
「では、早く済ませてしまいましょう」
私はダガーナイフを取り出して扉の隙間に刃を差し込むと、上から下へ一気に滑らせるように下ろします。
――キン。
金属が断ち切れる音とともに、扉がゆっくりと開きます。
ドアノブを注視すると、やはり侵入者がドアノブを回した瞬間に作動する罠が設置されておりました。
ひょっとしたら、このほかにも罠が仕掛けられている可能性が高いでしょう。
私は四つん這いになり、床を注意深く確認しながら、ゆっくりと執務室の中へと侵入します。
「(……床には、罠はないようですね)」
周囲の壁も目視しますが、特に変わったところはないようです。
それでも、私は慎重に部屋の中を進み、奥にある黒壇で作られた重厚な机に触れようとした、その時。
――ガシャン!
「っ!?」
突然、執務室の入口が鉄格子によって塞がれました。
少なくとも、私は罠を作動させたりはしていないはず。
なら、一体……。
「フン……確か、あの“醜いオーク”の従者だったか?」
「はい。イルゼという女です」
鉄格子の向こうから現れたのは、全裸姿のアントニオ王子と、ジルベルタ様の従者、アリーナでした。
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