絶対に、失いたくない②
■イルゼ=ヒルデブラント視点
「お話は伺っております。どうぞこちらへ」
ボルゴニア王国を経由してラティア神聖王国に転移するなり、待ち構えていた二人の神官が深々とお辞儀をした。
「どうぞよろしくお願いいたします」
本当は挨拶なんてしている余裕はないのですが、心証を悪くしてナタリア様に会えずじまいになってしまっては本末転倒。ここは、礼儀を示す必要があります。
「それで……ナタ……いえ、聖女様は……?」
「幸いなことに、本日は礼拝堂にて祈りを捧げておられるだけですので、すぐにお会いいただけるかと」
「そうですか……」
とりあえず、無事お会いすることができそうなので、私は胸を撫で下ろします。
ただ……もしルートヴィヒ様の毒が、ナタリア様の解毒魔法をもってしても取り除くことができなかった場合は……。
……いいえ、今そのようなことを考えても仕方ありません。
まずは、あの御方をお救いすることだけを考えませんと。
そして、馬車で移動すること二十分。
「こちらでございます」
到着したのは、ミネルヴァ聖教会の総本山、クインクアトリア大聖堂。
ここに、ナタリア様が……。
馬車を降りて中へと案内されると、来賓用の部屋へ通され、ここで待つように指示されました。
お茶を用意してくださいましたが、私は一切口につけることはありません。
それよりも、あの御方が今も苦しんでいらっしゃるかと思うと……っ!?
――ガチャ。
「うふふ、お待たせいたしました」
「ナタリア、様……」
微笑みながら部屋へと入ってきたナタリア様を見て、私は胸の中から何かがこみあげてきます。
これは……彼女に会えた安心感からでしょうか、それとも……。
「ところで、ルートヴィヒさんはどうしたんですか? イルゼさんがお一人なんて珍しい……っ!?」
「ナタリア様……どうか……どうか、ルイ様をお救いください!」
私は跪き、額を床に擦りつけて懇願します。
ただ……ルイ様を救いたい一心で。
「……どういうことか、お話しいただけますか?」
私は経緯と目的について、詳細に説明しました。
本当は説明している暇などありませんが、何かを察した彼女の瞳は、明らかに怒りを湛えておりましたから。
「……それで、ルートヴィヒさんの傍にはどなたが?」
「カレンに、必ず守るように託しております」
ふう、と一息ついたナタリア様はゆっくりと立ち上がり、今も顔を伏せたままの私の身体を起こしました。
一瞬、ニコリ、と微笑んだかと思うと。
――パシン。
「あ……」
「……あなたがついていながら、何をやっていたのですか」
私の頬を叩き、険しい表情で私を睨むナタリア様。
ですが。
「お任せください。私が……必ず、ルートヴィヒさんをお救いしてみせます」
「あ……ああ……っ」
ナタリアさんに強く抱きしめられ、これまで堪えていたものが、瞳から溢れ出します。
ルイ様……ルイ様……っ。
「さあ、行きましょう! ぐずぐずしている暇はありません!」
「っ! は、はい!」
ぐい、と涙を拭い、私はナタリア様と共に再びラティア神聖王国のゲート、ボルゴニア王国のゲートを通じて、ガベロット海洋王国へと戻ってきた。
「っ! イルゼちゃん! ナタリアちゃん!」
「シルベルタ様! ルイ様は?」
「そ、それが……カレンちゃんが、ボクを一歩も近寄らせてくれなくて……」
カレン……私との約束、守ってくださったのですね……。
「話は後です! 早くルートヴィヒさんのところへ!」
「あ、は、はい!」
再びジルベルタ様を置き去りにし、私達はルイ様の部屋へと飛び込んだ。
「カレン!」
「……ん、待ってた」
一瞬両手をかざして攻撃を仕掛けようとしたカレンでしたが、私ということに気づき、すぐに手を下ろした。
「ふっ……ふっ……」
ルイ様の息が、途切れ途切れになっている……。
「ルイ様……大丈夫ですよ? ナタリア様が、すぐに助けてくださいますから……」
「イルゼさん、どいてください」
有無を言わせぬ声で告げられ、名残惜しくも私はすぐに離れ、部屋の隅でルイ様を見守ります。
女神ミネルヴァ様……どうか……どうかルイ様を、お救いください……。
愛しい御方をこの世界に戻してくださるなら、何も望みません。
私の命なら、いくらでも捧げます……だから……っ。
「【アンチドーテ】」
ナタリア様が、解毒魔法を唱えます。
この魔法自体は、光属性魔法を使うことができる方であれば、ほぼ全ての方が使えますが、毒の強さ……ましてや致死性が高い場合、術者の高度な魔力が要求されます。
だから……ナタリア様でも無理だった場合は……。
……いいえ、そのようなことを考えて……ルイ様とナタリア様を信じなくて、どうするのですか!
ルイ様は必ず助かります!
そして……そして、私にその愛くるしい笑顔を見せてくださるのです!
たとえもう、私に愛想を尽かしてしまっていたとしても。
たとえもう、私に振り向いてくれることがなくなるとしても。
それでも……それでも、あなた様が笑顔でさえいてくださるのなら、私はそれ以上を望みません。
だから……お願い、帰ってきて……っ!
「ふう……」
「っ!?」
ナタリア様が息を吐いたかと思うと、急に力なくへたり込んでしまいました。
で、ですが、ここでナタリア様に折れていただくわけにはいきません。
「ナタリア様! お願いします! 諦めないでください! まだ……まだ……っ」
「うふふ……あれを」
珠のような汗を額に浮かべるナタリアさんが指を差す。
その先には。
「すう……すう……」
「あ……あああああ……っ」
土色だった顔色が元に戻り、安らかな表情で寝息を立てているルイ様が、そこにいらっしゃいました。
「もう、大丈夫ですよ。イルゼさん」
「はい……はい……っ」
ルイ様が助かった嬉しさと安堵から、泣き崩れてしまう私。
そんな私の背中を、ナタリアさんが優しく撫でてくださいました。
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