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連作短編『1981年、紙とペンの闘い』

坑内火災

作者: 赤間末広

1981年10月16日に北炭夕張炭鉱夕張新炭鉱の坑内で不帰の人になった炭鉱マンの冥福を祈りながら

 通信局の黒電話がけたたましいベル音を鳴らし、それに目を覚まされ半覚醒状態の田川は恨めしく思いながら受話器を上げると耳に当てた。

「もしもし?大変なことが起きた?大変なことが起きたから、俺と赤池、あともう二人記者がここに来たんだろう……」

 受話器の向こうからは、興奮した通信局長の声が聞こえてきて、大変なことが起きたと言うのだが、大変なことは既に起きている。

 時計をふと見ると、まだ朝の五時半だった。寝たのは、赤池の現場雑感の原稿をファックスで本社に送信し終わり日付が変わった頃だったから、五時間一寸寝ただけだ。本社から飛んでくるのに二時間以上車を運転してきて、取材と原稿の執筆、赤池が書いた現場雑感の原稿確認をやったのだから、肉体的疲労のみならず精神的疲労も重なり疲労困憊していた。そこを叩き起こされたのだから堪らない。

 受話器から、通信局長がこの世の終わりでも来たかのように捲し立てる声が響く。

「火事が起きて、黒煙が濛々と立ち上がってます。早く着てください!」

「火事?どこで?」

 火事が起きてるから、早く着てくれと言うが、どこで何が燃えているのか要領を得ないこと言うので詳しいことを尋ねると、とんでもない答えが返って来た。

「坑内火災。日付が変わって一時間くらい経った頃に排気斜坑の一酸化炭素検知器の一酸化炭素濃度が上昇して、救護隊が入気斜坑から探査しに行くと白煙が上がっているかと思ったら、どんどん色も濃くなるし量も増えて……」

 通信局長の返答を聞いて、天を仰ぎたい気持ちになった。恐れていた事態になった。三笠の時も最初はガス爆発だったが、坑内火災が起きていることが分かり直接消火を試みるも、坑道の崩落が酷く火災発生場所に近づけないばかりか、煙や熱気も凄まじく直接消火は困難と判断せざるを得ず、坑内注水で坑道をほぼ全て水没させて鎮火させた。その苦い思い出を否応なく思い出させる。

「分かりました。直ぐ行きます」

 田川は、隣で座布団を枕に眠ていた赤池を叩き起こしにかかった。

「赤池、起きろ!坑内火災が起きた!現場に行くぞ!」 

 田川に叩き起こされた赤池はバネ仕掛けの人形みたな動きで飛び起き、取材に行く準備を整えると、下駄車に飛び乗った。

 通信局長の奥さんが出発しようとする田川と赤池を追いかけ、用意していたお握りと魔法瓶を車に投げ込む様に手渡してきた。

 

 坑口事務所に入ると、通信局長と応援の記者が田川と赤池を見つけると駆けよって来て、赤池に耳打ちしてきた。

「救護隊詰所が殺気立ってる。三笠の時に見たいに、救護隊に何かあったかもしれない。異邦人の上に部外者の聞屋には取り付く島もない。赤池、お前は聞屋の端くれだが、完全な部外者とも言い切れない特別な存在だから、そう邪険には扱われないだろう。何があったかだけでも良いから、それとなく聞いて来てくれ」

 赤池が通信局長に頼まれ救護隊詰所に向かうと、詰所周辺にたむろしている普段着や作業服姿の炭鉱マン、白い帆布製の救護隊の出動服姿の救護隊員が一斉を舐め回す様に見てきた。腕の腕章を見て、何だ新聞記者かと言う表情をしたと思ったが、顔を見るなりひょっとしてと言う表情になり数人が近づいてきた。

「ひょっとして、測量に居る赤池の倅の赤坊か?」

 一人がそう言うと、もう一人が間違いないと言う頷き、血相を変えて駆けよって来た。

「赤坊、従兄弟の敏彦が、よりにもよって……」 

 作業服姿の炭鉱マンは、言葉を詰まらせていると、赤池が何があったのかと尋ねる。

「従兄弟の敏彦に何があったんですか?」

 赤池に尋ねられた、作業服姿の炭鉱マンが言う。

「赤坊、達彦と敏江ちゃんから何も聞いてないのか?」

 駆けよって来た炭鉱マンたちは、伝えて良いものかと一瞬考えたが、覚悟も無しで最悪の事態を目の当たりしたら、余りにも可哀そうだと考え包み隠さず話すことした。

「赤坊、気をしっかり持てよ。従兄弟の敏彦は、北第五上段ロングゲート下盤坑道でバッテリーロコの運転手をやってたんだが、今週は一番方で、ガス突出が起きた時に丁度おかわりの空車を下盤坑道の後向き側に運んでたんだ……」

 それを聞かされた赤池は、急に目の前が暗くなった。赤池が倒れる音は、離れて様子を見ていた田川と通信局長にも聞こえており、直ぐに飛んできた。

 飛んできた田川は、心配そうに赤池に声をかける。

「赤池、どうした?」

 周りにいた炭鉱マンも、倒れた赤池に声をかける。

「赤坊、しっかりしろ」

 救護隊詰所に居る救護隊員に、事情を説明しに一人の炭鉱マンが詰所に向かおうとしたのだが、人が倒れる音を聞いて救護隊員が飛び出してきた。事態を呑み込むと、担架と毛布を持ってきて、その足で坑口事務所に設けた臨時診療室に詰めている炭鉱病院の医師を呼びに向かった。

 炭鉱病院の医師が到着した頃には、赤池は意識を取り戻していたが、血圧測定と聴診、瞳孔に左右差が無いかを確認すると、濁音を言わせたり、早口を言葉を言わせて、脳卒中じゃないかを確かめ終えると、倒れる直前に胸が痛くなかったか、前日から胃や肩のあたりが痛くなかったかと聞いてきた。赤池がそう言うことは無かったかと答えると、脳貧血だと思うが調子が悪くなったら、直ぐに炭鉱病院に行くように言うと、看護婦と共に臨時診療室に引き揚げていった。


 赤池に問題はないだろうと言う診察結果を聞き一同は一安心し、炭鉱マンたちは飛んできた田川や通信局長に、赤池とどう言う関係かと尋ねた。

「あんたら、赤坊とどういう関係なの?」

 まず田川が答えた。

「わたくし赤池の先輩で、北海道新報社会部の田川と申します。隣に居りますは、北海道新報清水沢通信局の局長です」

 田川の返答を聞き、何だ新聞記者かと言う表情をして、救護隊詰所の方に戻ろうとしたのを、田川が引き止め単刀直入に質問した。

「通信局長から、坑内火災が起きてから救護隊が殺気立ってると聞いたのですが、救護隊に何かありましたか?」

 困ったなと言う表情をして、炭鉱の一人に救護隊に話して良いか聞いてこいと救護隊詰所の方を向き顎をしゃくった。道警の記者クラブ詰を経験している通信局長は、炭鉱マンの表情や仕草からして、ひょっとするとひょっとするかもなと思った。顔色や些細な仕草から、質問に対してイエスかノーかを判断していた警察官相手からすれば、容易に察しが付く。

 数分後、救護隊詰所から数本の線が入ったヘルメットにを被った救護隊員が現れた。隊長か班長と思われる人物は、新聞記者かと言う表情をしつつ、何を聞きたいのかと聞いてきた。

「坑内火災のことか、二次災害のことか、行方不明者の救助状況のことか、それとも赤坊の従兄弟のことか?」

 田川と通信局長は最後の一言に驚いたが仕事で来ている以上、坑内火災と殺気立っている原因であろう二次災害、誰もが知りたい行方不明者の救助状況をまず聞くことにした。

「一番最後のは、新聞記者が聞く話じゃない。親類縁者が聞くべき話だから、赤池に話してくれ」

 救護隊員は、事務的に話し始めた。

「今日の午前四時半過ぎに、北部入気斜坑のマイナス八一〇メートル巻立の一酸化炭素検知器がスケールアウトして、救護隊が状況確認と検知管式ガス測定器で実際の一酸化炭素濃度を測定しに排気斜坑を降りていくと、北第五上段ロングゲート下盤坑道に通じるマイナス八一〇メートル巻立から流入したと思われる黒煙を発見。その場でガス測定を行った結果、五〇〇ピーピーエムの一酸化炭素濃度を実測。北第五上段ロングゲート下盤坑道方面にて火災発生と、集中監視室と対策本部に報告。報告後に、巻立からゲート下盤坑道の偵察を実施を試みるも黒煙による視界不良のため二次災害の可能性があり撤退」

 田川と通信局長が三笠の再来だと顔を突き合わせていると、救護隊員はそれに構わず話しを続けた。

「火災発生時に、救護隊五人一個作業班、担送要員の臨時救助隊の五人が北第五上段ロングゲート下盤坑道後向きで救助を待っている罹災者の救助活動を行っていたが、火災発生の第一報を集中監視室と対策本部に報告した十分後に、救護隊及び臨時救助隊が集中監視室の無線指令と誘導無線で交信したが、それ以降交信が途絶」

 救護隊と臨時救助隊の二次遭難と言う現実に直面し、茫然とした。天を仰ぎたい気分だったが、救護隊員は行方不明者の救助状況を話し始めたので、一字一句聞き逃すまいと耳を澄ませた。

「火災発生の一時間前に、北第五上段ロングゲート下盤坑道後向きで救助を待っている罹災者から交信があった。無線機のバッテリーが干上がってるはずの時間なのに交信があったので俄かに信じ難かったが、無線機を持ってるのが六人居ると言うから、本当はアレなんだが無線機の電源を切って温存していたんだろう。その後は交信が途絶しているが、誘導無線のケーブルが焼け切れたか、温存していたバッテリーが干上がったか……火災一時間前には生存が確認されていたが、火災の所為で下盤坑道に入れないから、手が出せない。現状は、観測部隊を除いて坑外に退避し、救助活動は停止中」

 全てを聞き、田川が意を決して質問した。

「救出の望みはないのか?」

 救護隊員は嘆息を漏らした後、天を仰ぎながら搾り出すように言った。

「火災の火炎に黒煙と熱気で下盤坑道に入れない。火を消さんことには助けに行くことも出来ない。火が着いたのは、国内トップクラスの八千カロリーを誇る瀝青炭だ。それも坑道を埋め尽くすだけの量がある。仮に火元に近づけても直接消火できるか……」

 救護隊員がそう言ったおもったら、急に思い出したように言った。

「採炭切羽から石炭が出ないのは腕が悪いからだと詰られていたら、保安サボの所為で沿層掘進の切羽から坑道を埋め尽くすだけの粉炭と坑内を舐め尽くすだけのガスが一緒に噴出しやがった。忌々しいと言ったらありゃしない」

 田川と通信局長は、起こるべくして起きた人災だと再認識した。

 担架の上で横になっていた赤池が、身を起こして救護隊員に尋ねた。

「従兄弟の赤池敏彦は、大丈夫ですか?」

 尋ねられた救護隊員は答えに窮したが、義務感から搾り出す様に答えた。

「北第五上段ロングゲート下盤坑道で、おかわりの空函を牽引したバッテリーロコに乗って、後向き側に向かっていたことまでは分かってる。救命バルブやエアーハウスに籠居してる人間に赤池敏彦が居ることも分かった。オッちゃん達が、必ず連れて帰るから心配するな」

 救護隊員は、赤池に『必ず連れて帰るから』とは言ったが、助けてやるとは言わなかった。過酷な現実を突きつけられ安請け合い出来ない救護隊員は含みを持たせた言い方をしたが、炭鉱に長く関わって来た者ならその真意を理解できた。

「わかりました。お願いします……」

 赤池は今にも消えそうな声で救護隊員に言った。


 何が起きているのかを理解した田川は、頭の中で夕刊の記事を組立て始めていた。救出活動に従事している救護隊員から聞き出したのだから、ガセではないだろう。他紙が殺気立っている救護隊詰所に近寄り、聞き出したとは思えないし、会社がメディアスクラムを喰らう前に進んで話すとも思えない。特ダネを掴んだかもしれないから、急いで原稿を書いて、本社に送らねばと考えた。

「通信局長、原稿用紙持ってます?慌てて飛んで来たんで、メモ帳しかないんですよ」

 通信局長は、一瞬何を言っているんだと言う表情をしたが、田川が企図することを瞬時に理解し、ポケットをまさぐったが原稿用紙はおろか裏紙すら無かった。そして、思い出したように一緒に詰めていた記者を、大声で呼び始めた。

「山野!こっちに来い!」

 通信局長と交代で詰めていた山野と言う記者を呼び出すと、何処からともなく現れた。カメラとカメラバッグをぶら下げた山野の姿を見て、カメラバッグに原稿用紙か裏紙くらいはあるべと期待した。通信局長に原稿用紙か裏紙は無いかと言われ、カメラバッグのポケットを漁ってみると、百五十字詰の原稿用紙が十枚程出てきたが、足りるか自信が無かった。そして、期待に反して裏紙の類は出てこなかった。

 通信局長が足りるかと田川の顔を窺うと、分からんと言う表情をした。

「足りなきゃ、メモ帳に書けば済むことです。読み上げる時に面倒ですけど……」

 そんなやり取りをしていると、話を聞いていた救護隊員が詰所から更紙を手にやって来た。

「紙が欲しいのか?何なら机も使わしてやるぞ?」

 流石にそれは気が引けた。特ダネを教えてもらった上に更紙まで貰い、その上机まで貸してもらっては悪い。

「新聞記者は、まっ平らなら壁であれ床であれ何処でも書ける生き物なので大丈夫ですよ。それより、百円玉が使える公衆電話は有ります?」

 田川に聞かれた救護隊員は即答した。

「ここには、十円玉しか使えないピンク電話しかないぞ。会社の交換機を通さないで電話がしたいなら、一つ当てがあるから書き終えた声を掛けろ。そこに連れててやる」

 救護隊員にそう言われた田川は、思い出したように通信局長に言う。

「ああ、通信局長、一応裏を取っておいてください。海千山千の道警本部の警官相手してきた通信局長なら、事故を起こしてテンパってる連中なんて目じゃないでしょ?」

 原稿と同時並行で裏を取って来いとは、順序がアベコベだろうと思いながらも、通信局長は炭鉱の幹部が居る対策本部の方に向かった。


 田川は原稿用紙を壁に押し付けて格闘を始めた。頭の中である程度組立てていたのでスラスラと書けた。原稿が書き上がっていくと山野がそれを受け取り、誤字脱字が無いか目を通し、原稿用紙に通し番号を書いていく。

「書き上がった。山野、バイク隊は来てるんだよな?」

 そう聞かれた山野は、慌てて答えた。

「ああ、来てる。排気立坑の濛々たる煙の写真を撮って、坑口事務所に溢れかえってる炭鉱マンの家族の写真を一通り取り終えたら、玄関の近くで待機してる。電話で原稿を伝えるんだろ?」

 田川は、山野に言う。

「もしかしたら、もう一つ特ダネが出てくるかもしれん。それは、排気立坑の排気口から濛々と立ち上がる煙の写真と現物をバイクで送った方が良い。壁に耳あり、障子に目ありで他社に抜かれかねないからな」

 山野はもう一つの特ダネと言う言葉を聞いて怪訝に思った。

 そうこうしていると、裏取りに行った通信局長が帰って来た。顔には朝飯前よと、書いているのが見て取れた。

「炭鉱長が便所から出てくるところを捕まえてカマを掛けたら、見る見るうちに顔色が変わりやがった。一言もしゃべらなかったが、慌てて対策本部が置かれてる炭鉱長室にすっ飛んで行きやがったから、ありゃ間違いないな。原稿は上がったか?」

 田川は、通信局長に言う。

「ええ、書き終えましたよ。通信局長、もしかしたら、もう一つ特ダネを押さえられるかもしれませんよ。勘ですがね」

 田川のその言葉を聞いて、通信局長も怪訝そうな顔をする。

「もう一つの特ダネ?」

 田川は、通信局長に耳打ちする。

「今一番欲しい物ですよ。なんたって、ネタ元が救護隊と言うことは出てきても不思議じゃないじゃないですか……」

 通信局長は、田川の言わんとすることの意味を理解したが、そんなに都合よく出てくるものかと考えた。

 田川が原稿を書き終えたと言うのを聞いていたのか、件の救護隊員が現れた。

「原稿は書き終えたのか?なら、会社の連中に聞かれる心配のない電話にご案内だ。そうだ、腕章は外しておけよ。あと、通信局長の野暮ったいブルゾンを借りて着ておけ。組合に電話を借りきた家族に見える様にテンプラするんだ」

 会社の交換機を通さないで話せる電話とは組合事務所の電話のことであると知り、田川と通信局長は苦笑いした。組合の電話機なら会社の交換機に繋がっている訳がない。しかし、部外者に組合の電話機を貸すとは大それたことをすると思った。

「貸してくれるのは有難いが、良いのか?」

 救護隊員はニヤッとする。

「保安サボでガス突出を起こした上に、二次災害まで起こしてるんだ。会社にキツイお仕置きをしてやらないと。お仕置きをするのが遅すぎた嫌いがあるが、お仕置きしないよりはマシだ」

 第一線にいる人間にそう言われてしまったら、田川は不明を恥じるしかない。ガス突出が起きるまでに、この会社は色々な積み重ねがあったのだから、その時点で連日取り上げておくべきだった。生産計画未達成、未達成から来る経営危機、自然発火事故、石炭生産審議会からの最後通牒的な宣告……

 田川が予兆めいたものがあったと思い出していると、救護隊員がメモ紙を手渡してきた。

「あんたらが、今一番欲しがりそうなものだ。救護隊と臨時救助隊、火災の一時間前に交信して生存が確認できているゲート下盤坑道後向きの突出炭の壁の向こう側に閉じ込められている罹災者のフルネームと所属一覧だ」

 メモ紙はご丁寧に二組あり、一組を通信局長に手渡すと玄関に走って貰った。

「恩に切ります。電話の場所に案内して貰えますか?」

 田川がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、田川を組合事務所に連れて行った。

 組合事務所には、執行部の人間や非専従の役職付きの組合員が詰めていた。会社が説明会を開くと言うので、電話番や情報収集要員、家族対応要員を除いて説明会の会場に向かい始めていた。

「おう、家族が電話を掛けたいんだが、ピンク電話も会社の電話も混んでて使えないから、組合の電話を貸してくれないか?」

 救護隊員がそう言うと、二つ返事で電話を貸してくれた。


 田川はが編集部への直通番号をダイヤルするとワンコールで電話がつながった。

「もしもし、社会部の田川だ。編集長に代わってくれ。特ダネだ」

 電話口に出たのは、編集部の若い記者で編集長はまだ来ていないが、副編集長は来ているので副編集長に代わると言う。

「もしもし、田川か?特ダネってなんだ?んっ?一寸待て、共同ニュースのニュース速報だ」

 田川は、共同ニュースのニュース速報と聞いて狼狽した。共同に抜かれたと思った。電話口から共同ニュースのニュース速報の独特の速報音が流れた後に、鐘が鳴ったのが聞こえたので、万事休すだと思った。

「抜かれた……」

 田川の断末魔に近い声を上げると、電話口の副編集長が最後まで聞けと言う。

『共同ニュース、ニュース速報。昨日ガス突出事故を起こした北海道石炭鉱業清沼炭鉱にて、本日午前四時三十分頃坑内火災が発生』

 共同は、坑内火災が発生と報じただけで、救護隊の二次遭難と言う二次災害については報じなかった。

「田川、共同に抜かれたって、何を抜かれた?一部だけか?それとも一から十まで抜かれたのか?」

 田川は即答した。

「一部だけです。共同すら押さえていない特ダネがあります。写真と一緒にそっちに届く手はずになってます。号外を出せるだけの特ダネですから、編集長が来たら頼みます!」

 田川の号外を出せるだけの特ダネと聞いて、副編集長は興奮を隠せない口調で言う。

「号外が出せるだけの特ダネ?ああ、分かったから原稿を読み上げろ」

 

 もたも繰り返される悲劇。十六日にガス突出事故を起こした北鉱清沼炭鉱株式会社の清沼炭鉱では、本日午前四時三十分頃、北第五上段ロングゲート下盤坑道方面にて坑内火災が発生した。

 北部入気斜坑のマイナス八一〇メートル巻立の一酸化炭素検知器がスケールアウトしたため、集中監視室からの指示により救護隊が状況を確認するため入気斜坑を降りていくと、北第五上段ロングゲート下盤坑道に通じるマイナス八一〇メートル巻立から流入したと思われる黒煙を発見。ガス検知管式ガス測定器にて一酸化炭素濃度を測定した結果、五〇〇ピーピーエムの一酸化炭素濃度を観測した。救護隊員は黒煙と測定した一酸化炭素の濃度により北第五上段ロングゲート下盤坑道方面にて火災発生と判断し、集中監視室と対策本部に坑内火災発生を報告。報告後に、巻立からゲート下盤坑道の偵察を実施を試みるも黒煙による視界不良のため二次災害の危険性があると前進基地に撤退。

 火災発生時に、救護隊五人一個作業班、担送要員の臨時救助隊の五人が北第五上段ロングゲート下盤坑道後向きで救助を待っている罹災者の救助活動を行っていた。北部入気斜坑マイナス八一〇メートル巻立の一酸化炭素検知器がスケールアウトした原因を調査していた救護隊員による火災発生の第一報後に、救護隊及び臨時救助隊が集中監視室の無線指令と誘導無線で交信を行われたが、それ以降交信が途絶している。

 火災発生の一時間前に、北第五上段ロングゲート下盤坑道後向きで救助を待っている罹災者十八名から交信があり、その生存が確認されていたがその後は交信が途絶している。なお、交信途絶の理由としては、無線機のバッテリーが上がっためか、誘導無線のケーブルが火災の熱と炎で焼け切れたためと考えられる。

 現在、北第五上段ロングゲート下盤坑道後向きで救助を待っている罹災者十八名、ゲート下盤坑道後向きに突出炭の壁によって閉じ込められている十八名の救助のためにゲート下盤坑道にて救助活動をに従事していた救護隊五名と臨時救助隊五名の救助活動は、火災の火炎と黒煙による三次災害の危険性があり一時中止されており、観測班の残し他の救護隊員は坑外に退避している。

 清沼炭鉱は、ガス突出事故前から恒常的な生産計画未達成が認められており、そもそもの計画がヤマの実情に合致して居なかったのではなかろうか。その実情に合致していない計画を達成するべく、人員の逐次投入やその場凌ぎの弥縫策をもってして計画を策するもそれも尽く破綻し、計画未達成から来る運転資金不足による経営危機に陥っていた。前年の南部区域での自然発火事故により北部区域への坑道の展開計画が遅延していたことに重ね、再建計画の未達成を幾度と重ねていた北鉱清沼社への石炭生産審議会からの最後通牒的な宣告が、経営危機から来る北鉱清沼社の生産第一主義に更なら拍車をかけ、今回の事態に至ったのは想像に難くない。


 田川は、原稿を読み上げると、副編集長に言う。

「副編集長、あとは頼みますよ!」

 副編集長は、田川から聞き取って書きとった原稿を見直していく。編集長が来たら、号外のための組版と輪転機の手配だが、果たして実現するか一抹の不安を抱えながら、排気立坑の排気口から濛々と立ち上がる煙の写真と一緒に届く特ダネを待つより他にはなかった。


 参考文献


『解散記念誌 新鉱』夕張新炭鉱労働組合 1984年

『きけ炭鉱の怒りを』自由法曹団夕張新鉱災害調査団 笠原書店 1982年

『地底の葬列 北炭夕張56・10・16』小池弓夫・田畑智博・後藤篤志 桐原書店 1983年

『よみがえれ炭鉱の街夕張 記録集・新鉱大災害から再建へ』炭労・全道労連・北炭労連

夕張新鉱労組・遺族会・新鉱閉山阻止夕張市民会議・夕張地区労・夕張商工会議所・北教組夕張支部・夕張市職労・夕張市 東京労働教育センター 1982年

『ヤマに生きる 夕張・たたかいの写真記録』撮影・関次男/新鉱再建・要求実現実行委員会 みやま書房 1984年

 

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