祖母の家
毎年、夏休みになると祖母の家へ泊まりにきていた。広いし従兄弟にも合えるし、なにより甘やかしてもらえるから大好きだった。
ちなみに、なぜ祖母の家かというと祖父がいないからだ。祖父はこの家を建てた数年後に失踪したらしい。
悲しいことに、昨年祖母は介護施設に入った。
今や祖母の家は空き家同然で、日本庭園を模したやや広い庭は手入れがされておらず、かなり鬱蒼としている。特に縁側の近くに植えられた紅葉の木と桜の木せいで、元々薄暗かった室内はいっそう日当たりが悪くなり陰鬱な雰囲気になっていた。
庭には高さ一メートルほどの苔むした一枚岩で囲われ、高低差のある細い溝で繋がれた三坪ほどと一坪ほどの溜池があり、かつては透き通った水の中を鯉が泳いでいた。一坪の方には今も多少水があるものの、それはいつのもとも知れない雨水で、たまに姿を見せる野良猫たちの水飲み場と化していた。
僕はその溜池があまり好きではなかった。子どもの頃、落ちて怖い思いをしたのだ。目の前でパクパク口を動かす無数の鯉、逆流する水、ぬるぬるした石と覗き込む猫の目、絡み付く水草に白い蛇……まるで別世界に迷いこんだような気がした。
あの時、祖母が気付いて叱ってくれなければ、きっと僕はここにはいなかっただろう。今思い出してもゾッとする。僕は極力そこへは近づかないようにしている。
ある夏の日、その溜池からぴょんっと岩に飛び上がった仔猫を見た。何度か前足で顔を擦ると縁の下に入って行くではないか。どうやらそこに住み着いたらしい。静かにしていると、かぎ尻尾の茶トラと黒猫の兄弟猫が庭で追いかけっこを始めた。
初めは母猫もいたのだが、溜池に水を飲みに行ったのを見かけたのを最後にいつの間にかいなくなった。兄弟猫の大きさを見るに仔離れの時期だったんだろう。
茶トラは人懐っこくて僕が顔を見せると駆け寄ってくるようになった。とても可愛い。逆に黒猫の方は用心深くて僕を見るとすぐに縁の下へ隠れてしまう。
僕はあまりにも可愛いから餌付けしよう目論んだ。ちょうど引っ越しを考えていたのだ。この際、餌付けして連れて行こうと思った。
次の日、朝起きると七つ年下の従兄弟がいた。聞けば昨夜遅くに来たらしく、しばらくここに住むと言う。
茶トラは既に従兄弟にも懐いており、従兄弟もまた猫を気に入っていた。黒猫の方も俺にメロメロにさせてやると息巻いている。
従兄弟は僕と違い溜池に苦手意識はない。だから茶トラが溜池水を飲もうとすると走って行き、汚いからこっちなと言って水道の水を飲ませでいた。黒猫のために縁の下に同じものを用意していた。それでも猫たちは必ず溜池に水を飲みに行くのだ。
僕はいったん諦めた。どうせ従兄弟はすぐ出ていくだろうから、ちょくちょく顔を見せ茶トラを、運が良ければ黒猫もモフモフすることに路線変更だ。
何日か見て思った。茶トラはしっかりご飯をもらっているようで健康的。しかし黒猫の方は痩せている。従兄弟はなんとか仲良くなりたくて色々試しているようだが、やはり警戒して縁の下からほとんど出てこないらしい。どうしたらいいか、あれこれ話し合うことにした。
気が付けばいい時間になっており、その日は僕も夜更かしすることにした。従兄弟が人恋しいと言うのだ。従兄弟は末っ子で、僕の兄弟たちと比べても最年少。二十歳を越えたとはいえなんだかんだ甘えたで寂しがりなのは、昔と変わらない。
そんな従兄弟にはちょっと困った癖がある。彼女と別れたあと、寂しさに限界がくると僕を求めるのだ。どうやらまた、僕が必要になったらしい。
従兄弟はまぁ格好いいし嫌悪感はない。他愛もない話をしながら遅い夕食をとり、風呂上がりの晩酌になると、するするとことに及んでいった。
リモコンで明かりを消した部屋はとても暗い。縁側のある大きな窓から入る微かな灯篭の光では影を見せるのが精一杯で、僕は真っ黒な体に顔を這わせ従兄弟の熱を探り口に含む。その間に体の向きを変えられ、じっくり解される。
意地悪な従兄弟に翻弄されつつ、ようやくその熱を受け入れたとき、部屋を覗く四つの光が目に入った。
それはじっとこちらを凝視して、ことが終わるまで瞬き一つせず、僕に覆い被さっていた従兄弟が明かりをつけると同時に網戸をカリカリ引っ掻き始めた。
従兄弟は興味あるんかな、なんて笑って猫を招き入れた。なんと黒猫も一緒にだ。従兄弟の足にすり寄ってゴロゴロと喉を鳴らす二匹はとても可愛いかった。
「ちょっと臭せぇな」
嬉しそうにしていた従兄弟だったが、二匹の臭いに顔をしかめ首根っこを掴むと、僕を放って風呂へ連れて行った。が、直ぐにお呼びがかかった。
「一人じゃ無理っぽい！ 手伝って！」
僕たちは泡まみれになりながら、二匹のことも綺麗にした。
それから毎日従兄弟から一緒に夜更かししてよと言われるようになった。まあ僕も気持ちいいことは好きだからそれに応じる。
猫たちは今日も室内で寛いでいた。ソファの上であぐらをかいた従兄弟の足の上で腹を見せている。あれほど警戒していた黒猫もだ。いったいどんな心境の変化なんだろうか。
「シャワーは？」
猫を撫でながら従兄弟が顔を上げる。期待に満ちた視線が僕の手を急がせた。それを見て従兄弟は嬉しそうにリモコンへと手を伸ばす。
最中、猫たちは少し距離を取って見つめてくる。僕は恥ずかしかったけぢ、従兄弟は可笑しそうに笑って見せ付けるように体位をあれこれ変える。
一週間ほどそれは続いた。
さすがに体がもたない。僕は二～三日休ませてくれとお願いした。従兄弟はしぶしぶ了承してくれたが、おあずけくらうんだからとその日は朝まで腰を振り続けた。
目を覚ますと、従兄弟は兄弟猫を抱き締めるように眠っていた。僕は重たい体に喝を入れ、シャワーを浴びる。夏だというのになかなかお湯にならない冷たいシャワーは逆に心地好い。
兄弟猫の見送りにおやつで応え、未だ起きない従兄弟にはメモに残した。久し振りの一人。寝床に倒れこみ、七つという年の差を実感しながら僕は目を閉じた。
僕はそのまま熱を出した。従兄弟にはしばらく無理だと伝えた。それからずっと夢をみた。あの時の悪夢と祖母に叱られる夢を。
十日後、顔を出すと従兄弟はいなくなっていた。スマホにかけても出ない。きっと出会い系アプリで出会った誰かの元へ行ったのだろう。無責任なことに兄弟猫は置いていったらしい。可哀想に、二匹とも溜池のほとりで冷たくなっていた。
立て付けの悪くなった窓から庭に出て兄弟猫を埋葬していると、縁の下から仔猫が三匹姿を見せた。親猫はどこにも見当たらない。僕は罪滅ぼしにでもなればと三匹を部屋にあげた。
あれから従兄弟には会っていない。きっともう来ないだろう。
今日も祖母の家は暗く静かだ。溜池には相変わらず、野良猫が水を飲みにやって来る。
～あとがき～
一時期、祖母の家で暮らしていた従兄弟と縁の下に住み着いた兄弟猫を一緒に可愛がっていたことがあります。あの時の僕は従兄弟に欲情していたんでしょうかねぇ。
