第80話
閃光が走る。
一瞬の間を置いた直後、爆発と衝撃波がネバーランドの上空走った。
ずどぉぉぉぉぉん!!
勝負を分けたのは、フェニックスストライク同士が拮抗していた時にブラックニクスバーンから放たれた、ガトリング砲。
あれでニクスバーンのバランスが崩れ、結果ニクスバーンが押し負けた。
「あっ」
逃げようとする本能よりも、仕事場を離れる事への抵抗が買ってしまった、骨の髄まで「仕事」が染み付いた、とある一人の作業員。
瓦礫の山と化してゆくネバーランドの中で、彼はフェニックスストライクの押し合いに負けたニクスバーンが地面に落下する様をたしかに見た。
「こんな所で何してるの!?早く逃げなさいよ!」
「えっ、あっ」
誰かに、声をかけられた。
が、彼が見たのは後ろ姿のみ。
その女の声の主は、赤い髪をはためかせて、ハリのある尻を揺らしながら、落ちたニクスバーンに向けて駆けていった。
「………逃げなさい………って………」
作業員は、飛んできたアニメキャラのモニュメントの残骸で潰れた、自らの職場であるフランクフルト売り場を見てつぶやいた。
もし、何気なしに外に出ていなかったら、自分も運命を共にしていた事だろう。
「………逃げて、いいのかな………?」
逃げるな、立ち向かえ。
そう、生まれてからずっと言われ続けた彼の心に、僅かな変化が生まれた瞬間であった。
………………
………ズゥウンッ!!
落下したニクスバーンに続き、ロボットモードに戻って着地するブラックニクスバーン。
フェニックスストライクによる押し合い対決に勝ったブラックニクスバーンであったが、こちらも無事とは言いがたかった。
「はぁ………はぁ………うっ!?ゴホッ!ゲホッ………!」
コックピットにて、内蔵に受けたダメージから咳き込む怪盗ウォッカ。
言う間でもないが、一応の生物=モンスターであるドッペルゲンガーがその能力を行使するには、大気中の魔力を使う必要がある。
マジックアイテムに分類されるドッペルゲンガーの|体内に取り込める魔力量《MP》は尋常ではないのだが、その宿主である怪盗ウォッカは残念ながら人間だ。
魔力を使いすぎれば負担がかかるのは、怪盗ウォッカである。
50mもあるニクスバーンをコピーし、その武装を次々と使い、果ては最大の武器であるフェニックスストライクまで使ったのだ。
当然ながら、怪盗ウォッカにかかる負担も相当であり、手袋に付着した赤黒い血がそれを物語る。
「ふぅ………ふぅ………少し………はしゃぎ過ぎたかな………?」
とはいえ、まだブラックニクスバーンを動かす事はできる。
このまま退散してしまおうとも思えたが、ふと、アズマが完全にダウンしたのかどうか確認したくなった。
あれだけダメージを受けたなら、動けないハズだ、と。
「………まあ、動けんのはあちらも同じだろうて」
幸い、まだブラックニクスバーンを動かす事はできたので、その足をニクスバーンの方に進ませる。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
瓦礫の山を踏みつけ、ブラックニクスバーンがニクスバーンに迫る。
あと、200m、170、140、110………
「………バカね、ウォッカ」
あと100m。
ブラックニクスバーンがニクスバーンに迫った、次の瞬間であった。
ドウゥッ!!
バーニアを吹かせ、フェニックスモードのニクスバーンがブラックニクスバーンに迫る!
「バカなッ!?」
驚く怪盗ウォッカ。
あれほどのダメージを受けながら、まだ動けるのか?と。
そんな怪盗ウォッカの眼前、ブラックニクスバーンの目と鼻の先で、ニクスバーンは瞬時にロボットモードに変形する。
そして。
『ニクスカリバーッ!!』
『その声はァッ!!』
ニクスカリバーを引き抜き、斬りかかるニクスバーン。
そこから響いた声は、アズマのそれではなかった。
バキィン!!
振り下ろされたニクスカリバーの一撃を、ブラックニクスバーンは腕を交差させて受け止める。
この太刀筋も、アズマのそれではない。
あまりに見知った太刀筋だから、よく解る。
『まさか………まさかニクスバーンのコックピットにいるのは………!』
そう、そこには既にアズマの姿はない。
代わりに座っているのは………。
『お前か………スカーレットぉ!!』
『正解!!』
バキィィィン!!
スカーレット・ヘカテリーナの操るニクスバーンの、ゴルフスイングのように振るったニクスカリバーの一撃が、ブラックニクスバーンを吹き飛ばした。
『こんな事もあろうかと、ってね!操縦の練習しといてよかったわ!』
実はスカーレットは、旅の合間にニクスバーンの操縦訓練をさせて貰っていた。
流石に実機ではないが、ジローがVRを応用したゲームソフトとして、ニクスバーンの操縦シミュレーターを用意してくれていたのだ。
よくゲームと実戦は違うというが、操縦の基本は学べた。
幸い操縦システムはスカーレットの脳波をよく読み取り、彼女の戦闘パターンを機体の動きに反映させてくれている。
『そらぁ!!』
『ぐううっ!!』
次々と浴びせられる、ニクスバーンの剣撃。
確かに、ニクスバーンもブラックニクスバーンも消耗していた。
だが、ニクスバーンの方はパイロットを疲労の少ないスカーレットに交換した事で、行動に制限はついたがキレがある。
対するブラックニクスバーンと怪盗ウォッカは、パイロットも機体も消耗している。
『でえぇい!!』
『ぐううっ!!』
その差が、勝負を分けた。
ニクスバーンが、スカーレットが全身全霊を乗せて振るう剣の一撃が、ブラックニクスバーンを吹き飛ばす!
がしゃあああん!!!と、ブラックニクスバーンはネバーランドの象徴のように立っていた巨大なアニメキャラの立像に、頭から突っ込む。
『年貢の納め時ね、ウォッカぁ!!』
倒れたブラックニクスバーンにトドメを刺さんと、ニクスカリバーを構えたニクスバーンが駆ける。
今度こそ、この長年続いた因縁に決着をつける時だ、と。
だが。
『フェニックスモード!!』
『きゃあ!?』
怪盗ウォッカは、やはり一枚上手だった。
即座にブラックニクスバーンをフェニックスモードに変形させ、上空に回避。
ニクスバーンは、そのまま巨大立像に突っ込む。
『いやはや、久々に楽しかったよスカーレット!私も遊びすぎた、そろそろお暇するよ』
『ちょっと!逃げるつもり?!』
『嫌なら変形して追いかけて来たまえよ、それに命は奪えなかったが、おおよその目的は果たした!』
『変形ぇ?!ちょ、ちょっと………!』
必死にコックピットを見渡すスカーレットだが、フェニックスモードへの変形プロセスがどうしても思い出せない。
当然だ、そこはまだ練習していないのだから。
『アディオス、スカーレット!!』
そうこうしている間に、ブラックニクスバーンは高く高く上昇してゆく。
まったく、何もかもがいつもの展開であった。
スカーレットは怪盗ウォッカをあと一歩の所まで追い詰めるが、必ず何かミスをして、怪盗ウォッカを取り逃がしてしまうのだ。
『ウォッ………ウォッカぁぁぁぁ!!こ、このぉ~~~~!!』
消える飛行機雲、スカーレットは追いかけられず、手を伸ばしても届かず、ただただ見送るしかなかった。
悔しさに満ちたスカーレットの叫びを、配信用ドローンのスピーカーと、その先にいる視聴者のみが聞いていた。