虐げられていた姉はひと月後には幸せになります~全てを奪ってきた妹やそんな妹を溺愛する両親や元婚約者には負けませんが何か?~
「どうしてお姉様はそんなひどいことを仰るの?!」
妹ベディは今日も、大きなまるい瞳に涙をためて私に喧嘩を売ってきます。
この妹のせいで毎日がサバイバル気分です。
……まったく、面倒なことになったものです。
昼食が終わったから自室でまったりと過ごしていたというのに。
「そうだぞ、リュドミラ・サフォノフ! 君は、なぜそんな冷たいことをこんなかわいいベディに言えるんだ! ボクは本当に情けない! 君と婚約破棄をして本当によかった!」
彼はついこの間まで私の婚約者だったジェフロワ・ヴェント。
ベディに恋する大うつけです。
ベディに恋をしているから『うつけ』と言っているわけではありません。
色々と残念な方なので、そう結論づけたまでです。
ちなみに、彼の想いはいまだ実を結んではいません。
妹のまわりに引っ付く日々を送っているだけです。
私と婚約破棄までしたのですから、少しは根性を見せていただきたかったのですが残念です。
というか、この男なぜここにいるのですか? ここ、私の私室なのですが?
……迷惑千万なので、窓から突き落としてしまおうかとも思いましたが、重いので面倒ですね。
妹が招き入れたのなら、使用人に言っても叩き出すことはできないでしょうし。
「私はそんなに厳しいことを言いましたか? 朝は七時に起き、夜は暗くなったら外出を控える。淑女らしく美しい芸術を嗜み、規律正しい日々を送りなさいというのが……そんなに難しいの?」
これが難しいとか言われたら、お姉ちゃん哀惜することしかできませんよ?
言いたいことはもっとたくさんあるのですが?
「厳しいわ! 朝は寒いのにベッドから出ろとか言うし、夜はまだ眠くないしみんなが遊びに来いって言ってくれてるのに――」
「『みんな』?! 『夜中に遊びに来い』?! どういうこと?!」
妹の交友範囲がまたおかしなことになってる……!
見目良く愛嬌のある妹は、とにかく愛されます。
それはもう神さえも虜にしているのではないかと思えるほどに。
……若干の例外がないこともありませんが。
愛されて悪いことはないんですよ?
妹が社交に一生懸命になるのも間違ってはいないのです。
正しいやり方で攻めていれば、我が家の希望の星となったかもしれませんが――
現状、トラブルしか呼び込んできません。
妹を何とか操作――いえ、導こうとがんばっているのですが、今のところ徒労に終わってます。
「今のはどういうことだ?! 君は、ボクというものがありながら浮気をしているのか?!」
「え? 何のこと? ベディ分かんなーい」
あ、これは分かっている顔です。私は騙されません。
「……ベディ、昨晩は誰に誘われたの?」
ああもう面倒になる予感しかないから、できることなら聞きたくありません。
けれどこの妹をあまり放置はできません。
最終的に両親が心労からまた寝込む羽目になるので。
両親に限らないけど、最近の貴族はちょっとたるみすぎていると思う。
ちょっとやそっとのストレスで倒れるんじゃない。
「ヒステル第二王子殿下」
「えええぇぇぇ?!?!?!」
……ジェフロワ・ヴェント、うるさい。
それにしても……とんでもない名前が出てきました。
いつかやるかもしれないとは思ってました。
監視していたつもりでしたが、裏をかかれたようです。
妹はボーイフレンドと遊んでばかりで、学園の成績も最下位同然。
ですが、決してバカではありません。
もしかしたら私よりも頭がいいのでは、と思ったのは一度や二度ではありません。誰も信じてくれませんけど。
……いえ、いましたねひとり。
妹の元婚約者で私の現婚約者、ホアキン・プレシアード様が。
複雑なんですよねぇ……彼が私の婚約者になったこと。
彼は妹を手玉にとることができる数少ない――というか唯一の人間。
そんなスキルを持っているのなら、妹の婚約者でいてほしかった!
いい感じに制御していたのに、本当に口惜しい。
妹はプレシアード様が邪魔で邪魔でしかたがなかったのでしょう。
無意識の内に行動を制御されるから。
私としては結構助かっていることも多かったのですが。
子供の頃、妹は私のものをなんでもかんでも欲しがっていました。しまいには食べるものもなくなりそうなほど。
両親も何を考えていたのか妹の言いなりで……。
あの頃は私も幼かったので泣き寝入りをしていました。
――「お前はお姉ちゃんなんだから譲ってやりなさい」
――「お姉ちゃんなんだからわがままを言ってはダメよ?」
――「妹にそんな意地悪をして……恥ずかしくないのか」
――「お腹が空いた? 卑しいことを言わないでちょうだい」
……と、アホみたいなことをほざ――失礼。仰るので私も諦めて妹を見習わせていただくことにしました。
――「分かりました。私も妹を見習わせていただくことにします」
――「当たり前です。本当にお前は愚図で人をイライラと――」
――「ええ、お母様。私、お母様の素敵な御髪が欲しいわ?」
――「……へ?」
……と宣言して、夜な夜なお母様の枕元で大きなハサミをシャカシャカすること一ヶ月。
両親も妹の教育に重い腰を上げてくれることになりました。
私にこのアイデアを教えてくれたのはプレシアード様でした。
私に同情していたのでしょう。
私とプレシアード様は協力し合い、ベディの凶行を阻み続けてきました。
だから妹は私とプレシアード様を結婚させて、自分から遠ざけようとしているのかも。
見た目だけで言えば、金髪碧眼の美青年である彼はベディの好みドストライクなんですけどね。
これは感情を理性で抑えていると言えるのでしょうか?
「なぜ、第二王子殿下と夜更けに会う算段を取り付けているのよ! 彼には婚約者がいるでしょう?!」
超・メンドクサイ属性を持っている被害者意識爆発の自称悪役令嬢?の公爵令嬢様が!!!
「えー? ベディわかんなーい」
絶対分かっているでしょう!!!
学園でも面倒事に巻き込まれたくなかったから、『爵位持ち』の意識に残らないように行動してきたというのに……。
『爵位持ち』というのは継ぐべき爵位を持つ生徒たちのことです。
制服デザインが違うので、ひと目で分かります。
彼らは一般貴族とは受ける講義が異なります。当然ですね、彼らは領地経営などいろいろ学ばなければならないのですから。
公爵令嬢様は『爵位持ち』ではありませんが、自発的にお受けになっているそうです。勉強熱心ですね。
……ともかく、プレシアード様と対策を練らなければ。
「いつどこでどのように王子殿下と親しくなったのよ。あの方、舞踏会にも学園にも顔を出さないのに」
だから完全にノーマークでした!
「え〜? 普通に学園にいたよ? お姉様が気づかなかっただけじゃなーい?」
この顔……なにかたくらんでいる。
妹がたくらんでいる顔くらい、見れば分かるのです……!
◇◆◇
プレシアード様に相談したのはそれから数日後。
本当は翌日すぐにでも相談したかったのですが、彼も『爵位持ち』。いろいろと忙しいようなのでわがままは言えません。
王都で一緒にランチをとって、プレシアード伯邸に戻り、今は彼の私室で相談会を実施中です。
「ヒステル第二王子と学園で知り合ったそうです。プレシアード様は学園で殿下をお見かけしたことなどありますか?」
「全くないとは言わないけど、勉強を受けている様子はないね。けれど彼らの場合、学園で学ばなくとも家庭教師がしっかりと教えているだろうし」
「勉強をしないで学園に……」
学園建設の目的が勉学だけでないことくらい、私だって分かってますよ?
でもかなり優先順位は高いのではないかと思うのだけれど?!
私だけ?! そう考えるのは私だけ?
プレシアード様からも同意をもらえない。
なぜ……あ、この焼き菓子美味しい。
「悪い方ではないから、妹君が暴走したとしても対処は心得ていると思うけど」
「そうなのですか?」
プレシアード様は優雅に微笑んでいます。
妹の暴挙を知っている彼がそう言うのなら、本当に大丈夫なのかもしれませんね。
あ、紅茶も美味しい。
いつもより甘い……こちらのほうが好みかも。
「プレシアード様、この紅茶美味しいですね。くわしく教えてください」
銘柄とか産地とか。
「ひと月後には毎日飲めるようになりますよ」
「……そうですね――って、紅茶の話をしている場合ではないんですよ! あの子が本当に第二王子殿下にちょっかいを出しているなら、婚約者の公爵令嬢様と一戦交えることになるかもしれませんし――」
ひと月後には私、プレシアード様と結婚することになっています。
相手に不足はありません。
ですが、家を出るとあの妹を放置することになります。
……心配です。
ひとつきの間に妹がどれだけ暴れようが問題にならないよう、強固な根回しをする必要があります。
……ダメなら妹を完全軟禁(NOT監禁)する方法を探さなければ!
「あのご令嬢も最近ではだいぶ大人しくなっているようですから、問題はないと思いますけど……。気になるというのなら、直接お話をする段取りをつけますか?」
「……いつの間に彼女とお知り合いに?」
プレシアード様は一年以上も前に学園を卒業されています。
在籍中の公爵令嬢と、どこでお知り合いに?
「父の仕事の関係で」
綺麗な笑顔ですね、プレシアード様……。
うーん、その笑顔が嫌いではないのが悩みどころです。
毎度毎度不穏な空気を漂わせるのをやめていただければ、さらによいです。
ですが、被害を最小限にとどめておくためにも根回しは必要。
いくら学園とはいえ『爵位持ち』でない私が彼女と話をしようとすれば、悪目立ちすることは必至。
姉妹そろってあの家は! と、思われてしまったら本末転倒。
「周囲にバレないように、お願いできますか?」
「おまかせください」
うーん、やっぱりとてもとても綺麗な笑顔を見せてくれます。
妹の奇行に感謝する日が来るとは……複雑です。
「今日は妹君の件で、いらしたのですか?」
それだけではないけど……。
ひと月後には結婚して嫌でも毎日顔を合わせることになる。
だから、今の時期に無理してまで会う必要は全然ないんだけど……。
家で大人しく花嫁修業でもしているのが、普通の貴族令嬢なのでしょうけれど。
私とプレシアード様の関係も、昨日今日始まったわけではないんだけど……
ほら、結婚前にもうちょっと親交を深めても……その……。
いいと思うのよ!
「……そうです!」
…………素直には言えませんけど。
初めてあった時から、彼は優しい人でした。
私は、妹が心の底から羨ましかった。
別に妹から彼を奪おうと考えたことはありません。
彼に会って、私は家族も婚約者も何もかも……要らないと思ってしまったのは、確かですけど。
◇◆◇
「以前から何度も申し上げているはずです。はしたなく殿方にしなだれかかるのはおよしなさいと!」
「こわぁい! わたしぃ、そんなことしてませんよぉ?」
……現在、妹とシーヴ・アレニウス公爵令嬢が衆人環視の下、デスマッチを繰り広げております。
ここはランチ時の学園食堂です。
お腹を空かせたたくさんの生徒たちが集まっているのですが……大丈夫でしょうか?
ふたりの目にこの人混みがどう映ってるのか、気になるところです。
それにしてもあの子、シーヴ様の前だとあんな口調で喋っているんですね。
……なんで?
「おだまりなさい! 私の友人たちが見ているのですよ!」
「友人? ……ああ、後ろの腰巾着のこと?」
「無礼者っ!!!」
シーヴ様とは後ほど話をさせてもらう手筈になっているというのに……大丈夫でしょうか?
「呼び捨てにするなど不敬なマネはおよしなさい!」
ええ、そうですね。全く以てその通りです。
妹には何度も言い聞かせているのですが……なぜか頑なに変えようとしないんですよね。
「不敬ってぇなにがぁ? ベディわかんなぁい」
「アベルもセルジュも迷惑しているのよ!」
シーヴ様、ブーメランです。
というかベディ、これ以上そのゲテモノを被り続けていると、シーヴ様に張り倒されますよ。
困りました。
人目に付くことはさけたいし、密談予定の彼女ともトラブルを起こしたくはありません。
誰かなんとかしてくれないでしょうか。
「リュドミラではないか! 貴様、なぜこんなところに隠れている!」
げ、ジェフロワ・ヴェント!
「最悪ですね。バカがうつるので近寄らないでもらえますか」
「はぁ?!」
……あら? なぜ彼が私の心の声に反応……おや、もしかして出ていましたか?
あまりにも腹立たしかったので、つい。
「それよりお前! あそこでいじめられているのは、お前の妹君ではないのか、なぜ助けに行かない!」
「妹を好きになり私と婚約破棄までしたというのに、相手にもされていないジェフロワ様。ごきげんよう」
「ぐ……!」
「今となっては、私と貴方はもう完全に赤の他人なのです。名前を呼び捨てにするのもやめていただけますか?」
「お前! 生意気だぞ!」
うわー、平民のガキ大将みたいなことを言いはじめました。
「私が生意気なのと、あなたが阿呆なのはもうどうにもならないことなので諦めてください。私も諦めています」
「なんだと!」
「まあ、あなたのそんなダミ声を聞くのも、あとひと月のことなので我慢して差し上げますが」
「は? あとひと月? なんだそれは」
そうです、ふふん。
私はひと月後にはプレシアード様と結婚して、彼の治める領地に引っ込む予定になっています。
学園はまあ中退ということになるのでしょうか?
輿入れ先の決まっている私は、学園にこれ以上とどまる必要もありませんので。
勉強も家庭教師で事足ります。夫が爵位持ちだからって私も領地経営の講義を受けられるわけでもありませんし。
専門の知識を持っている家庭教師から教えを乞うので問題なしですね!
どこの貴族令嬢もこんなものだと思いますよ?
領地経営や産業開発に興味をお持ちのご令嬢は別ですが。
ちなみに私にそんなものはありません。
プレシアード様との結婚の話が整っていなければ、首席での卒業に執念を燃やしていたでしょうけれど。
「あなたには関係のない話です。『夫』の社交範囲にも入っていないようですし」
「は? 夫?!」
「先程から何をそんなに驚いているのですか? ベディから聞いていませんか?」
「聞いてない! どういうことだ!」
「それは……まあ」
妹の眼中にも入っていない、と……ちょっとかわいそうになってきました。卒業までによい方を見つけられるといいですね。
彼は結婚式の招待客リストにも入っていませんし……言わない方がよいですね!
「あなたには全くもって関係のないお話です」
はい、これ以上何も言う必要はありませんね。話はこれで終わりです。
今までありがとうございました。
あなたと楽しいおしゃべりをした……覚えはありませんが、騒がしい声が二度と聞けないと思うと、それなりにこみ上げるものが…………………………やっぱりありませんね。
幼い頃から付き合いがあったはずなのに、私とあなたの間には何の思い出もありませんでした。
虚しい関係でしたね。
これほど人の話を聞かない男との縁が切れて万々歳です。
こんな人からもあれだけ愛されるのですから、妹はやはり才能があるのでしょう。
実に惜しいです。
プレシアード様のように妹を手の平で転がせる人がいれば……。
彼は妹に気づかれ排除されてしまいましたが、気づかれずにうまいことできる人がいれば。
「おい! 聞いているのか!」
「え?」
――ガッシャン!
「……あ、ええと……すみません」
ジェフロワ・ヴェントが断りなく人を捕らえようとするものですから、とっさに護身術を発動させてしまいました。
手首をひねったり、足を払ったり、背負い投げをしたりしたので、彼は床に背中をくっつけて腰を抜かしてしまわれました。
私まで衆人環視の中でなんということを……!
「まあ、お姉様?!」
「あなた……リュドミラ・サフォノフ様?」
妹とシーヴ様が同時にこちらを振り返ります。
最悪です。全ての観客の視線が完全にこちらに向きました。
本当にこの男に関わるとろくなことにならない!
あとひと月だというのに!!!
◇
あれ以上衆人環視の中、恥をさらしたくはなかったので、ひとけのない場所へ皆様に移動してもらいました。
「公爵令嬢であるシーヴに、あんな絶対零度の冷たい目を向けるご令嬢初めて見たよ」
楽しげに笑っているこの方が全ての元凶、ヒステル第二王子殿下です。
暢気に笑ってる場合ではありませんよ。
あと、私はそのような目を公爵令嬢に向けてなどおりません。
悪目立ちしてるのに気づかない公爵令嬢など、存在するはずありませんので。
ですから私が――「御託並べてる暇ねぇんだよ、目の中ウジ沸いてんのか、ほじくり返して中見てやろうか」などという目で公爵令嬢を見るはずもないのです。
「のんきに笑ってる場合ではありませんよ。彼女にはあまり関わらないようにお願いしたではありませんか」
プレシアード様が殿下に苦言を呈しております。……あれ?
「プレシアード様?!」
さっきまでいなかったのに!
……って、彼がいなければシーヴ様と話ができない……はずでした。
「ヒステル殿下から聞いたよ。なんだか面倒なことになっていたみたいだね。怪我はない?」
プレシアード様が楽しげにしているのが気に……いりません!
ええ、気に入りませんとも。
別に楽しそうな顔が可愛いな、とか。
悪巧みしているその顔も少年のようで可愛いな、とか全然思っていませんから。
「おい! ちょっと待て! 俺との話が終わってないだろう!」
あら? ジェフロワ・ヴェント様? なぜここに?
最後に見た彼は、食堂の床に寝転がっていたのに……?
まあ、起き上がれようとなかろうと、どうでもいいですが――
「話なら僕が引き取ろう」
……プレシアード様?
プレシアード様が、なんか黒い笑みを浮かべてジェフロワ・ヴェントを連れて行きました……。
さようならジェフロワ・ヴェント。今生では二度と会うこともなさそうですね。
あ、目撃者は全員消しておいた方がいいですか?
「君が何を考えているのかは分からないけど、それはやめてもらっていいかな?」
ヒステル殿下が青い顔をしています。
口には出していないはずなのですが……おかしい、というよりむしろ――怪しい。
じー。
「そんなに見つめられると恐怖を感じるのだが……」
おやおや顔が真っ青ではありませんか。尊き王族にあるまじき反応。
怪しいですね。本当に王子殿下ですか?
じぃー……。
「いや、本当に君の婚約者が――」
「ヒステル殿下、彼女が何か?」
「うわあっ!!!」
プレシアード様がもどってきました。
しかもおひとりです。ぐっじょぶです。
「ホアキン! ジェフロワはどうしたの?」
妹からの質問かと思ったら、シーヴ様からの質問でした。
……どん引きです。
さっきまで妹に何を言っていたのか忘れたのでしょうか?
人の婚約者を呼び捨てないでいただきたいのですが?
あまつさえ腕に触れるとか頭大丈夫ですか?
相手が公爵令嬢でなければミンチにしているところです。
「……あ、プ、プレシアード様! プレシアード様ですわ!! 失礼致しましたわ! 大変失礼致しましたわ!!!」
シーヴ様もようやく気づいてくれたようです。
よかったよかった。
公爵令嬢様に爵位もないただの端っこ貴族である私からは、何も言えませんからね。
なぜそんな青い顔で私を見ているのですか?
――私は何もしませんよ?
「シーヴ・アレニウス様、この度は妹が大変失礼いたしました」
「妹……?」
「はい。そこのベディ・サフォノフは私の妹です」
「そ、そうでしたの」
「至らぬところが多く、ご迷惑をおかけしているようで誠に申し訳ございません」
深々と頭を下げます。
「えー? お姉様ってばぁ何をしていらっしゃるのぉ?」
ふたりっきりの時はそんなアホみたいな喋り方しないのに。この子一体何をたくらんでいるのか。
妹が今のこの状況を楽しんでいるのだけは、分かりますけど。
この際、妹はしばらく放置してシーヴ様と話をさせてもらいましょう。
「と、ともかく! あなたの妹君のせいで、私のご友人たちが婚約破棄に追い込まれたのよ!」
それはそれは……。
「えー! その人の友だちが婚約破棄したのは私のせいじゃなくてぇ、その人のせいなんだけどぉ?」
ベディちょっとうるさいです。
「何を仰いますの?!」
「取り巻きの婚約者誑し込んでたのはぁ、自分の方でしょぉ?」
シーヴ・アレニウス公爵令嬢は、ご自分の婚約者の側近候補である『爵位持ち』の皆様と懇意にしている。
……度を超えて。
彼らがシーヴ様に懸想するようになるまで時間はかからなかった。
その側近候補の方々というのが、シーヴ様の『ご友人』たちの婚約者たち。
彼女たちがそれぞれの婚約者と関係の改善を図ろうとすればするほど、事態は悪化した。
彼らの問題に、妹が関わってはいない。
私がシーヴ様の『ご友人』から仕入れた情報も、そのような内容でしたね。
だからといって、妹がドヤ顔していい理由にはならないのですが!
シーヴ様は彼らの思いを知っているのかいないのか。
少なくとも婚約破棄された令嬢方を『友人』と呼び、ご自分の取り巻きとして重用できる鈍感さは持ち合わせているようですね。
「あなたの妹君が婚約者を持つ殿方を誘惑したせいで、わたくしの友人たちは傷ついているのよ!」
……それをしたのは妹ではなくあなたでは?
ああでも、ベディはヒステル殿下と深夜の密会のお約束を取り付けていましたね。
まったくややこしい!
――さて、ここからどう話をもっていったらよいものでしょうか。
「知恵をお貸しいたしましょうか?」
「……」
プレシアード様がいい笑顔で『提案』してきます。
……良い笑顔です。
なんだか全てが彼の掌の上のようで複雑ですが、このような顔をする彼は私に悪いようにはしないと分かっているので……最終的にお願いするかもしれない。
◇◆◇
昔からわがままを言ってる自覚はあったわよ?
でも、それがまずいことだと気づかなかったのよ。
割と本気でよろしくないと気づいたのはつい最近……。
いやぁほんとすみませんでした!!! 恐ろしいよね、ほんと。
我に返ると結構長い間、お姉様に悪いことしてきたもんだ。
だからせめてもの償いに、お姉様に素晴らしい婚約者を用意しようと思い立ったのよ!
ホアキン・プレシアードもまぁ『爵位持ち』だし?
優良物件といえば、優良物件よね。両親も姉ではなく、私に彼をあてがうとか何考えていたんだか。
――でも!
もしかしたらお姉様に相応しい、もっと優秀な婚約者がいるかもしれないじゃない?
お姉様が結婚するまで残り一ヶ月……わたしはギリギリまで諦めないわよ!!!
あの第二王子なんかいいんじゃないかしら?
学園にも社交にも顔を出さない道楽王子って噂されてるけど、彼はお忍びであちこちに足を運んでるのよね。
……側近候補があの体たらくじゃ仕方ない。
自分の目で信用できる人間を捜そうってのも、悪いことじゃないわ。
何気に諸外国にとんでもないパイプを持っていたりもするし。
噂どおりの道楽王子ではないし、頭の良いお姉様にとって悪い相手ではないんじゃないかしら?
……婚約者の公爵令嬢?
ああ、彼女はすでに自滅してるし問題じゃないわ!
あれだけ派手に第二王子への不信を口にして男漁りを繰り返してれば、わたしが何もしなくても第二王子から婚約破棄を言い渡されるでしょうしね!
◇◆◇
婚約者としてベディ・サフォノフを紹介された瞬間、この家はダメだと思ったのを覚えている。
その直感は当たっていた。
面倒極まりない家との関わりは持つべきじゃない。
幼い頃から婚約者を定める家が少なくなってきた昨今、ものの善悪もわからない幼少の頃から婚約者を定めようとするだけのことはある。
妹は悪魔の生まれ変わりかと思うほど価値観がねじまがっていたし、家族は完全に彼女の操り人形状態だった。
あのままでは姉君が亡くなるのも時間の問題だろう。
自分よりも幼く小さな彼女に同情した。
憐れには思ったが、最初はここまで関わるつもりはなかった。
婚約は不成立にさせて、もっとまともな家を探すべきだと、両親も自分も考えていた。
――どこから狂ってしまったのか。
この家とは今後関わることもないだろう、そう思って最後に姉君にアドバイスをしたのが始まりだったか。
初めはただ同情して、これから先の彼女の人生を案じていただけだったのに。
幾度となく姉君を含めた婚約者殿の被害者へフォローをくり返しているうちに、サフォノフ家へ婚約破棄を言い渡すタイミングを逃してしまった。
自分が何のために彼女と婚約を続けているのかわからなくなった頃、唐突に婚約者の入れ替えの提案をされた。
今となっては悪くない提案だったと思っている。
妹君は依然として食えない娘ではあるが、邪悪さは薄れてきたようだし、姉君があの男と縁が切れたのも僥倖だ。
姉君のことはずっと気がかりだった。
だからこれから先、この手で彼女を守る権利が得られたのはよかった。
彼女の心境の変化に気づかないほど、鈍くはなかったから。
すべてが平和的に都合良く収まり、安堵していたのだが――最近また妙な動きを見せはじめた。
彼女との結婚まであとひと月。
成り行きとはいえ、今更彼女を手放す気はない。
しばらくは妹君の横槍が続くだろうが、彼女に届く前に払えばいいだけのことだ。