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雨上がり待つ 君と珈琲を  作者: あかり
7/11

白南風 1

 1


 7月に入っても、相変わらずに梅雨空だった。 

 前期も終わりが見えてきて、レポートにテスト勉強に、と忙しくなってきた。

 テスト日に寝坊という痛恨のミスだけは、二度と侵さないと心に誓っている。


 図書館でレポートの資料を揃えたり、テスト勉強をしたり、研究室でこき使われたりと、そんな日々が続いていた。

 研究室という居場所が増えたことくらいしか、いつもと変わらない日常だった。

 変わったことと言えば、もう一つ。

 大学からの帰り道に、増えてしまった習慣がある。

 駅前の交差点で、ある人の姿がないか探してしまうようになった。

 脇道にも、その姿がないか、見てしまう。


 いるわけないのに。

 あんな出不精の人と偶然会うなんていう奇跡、あるわけないのに。


 なんでこんなに気になるのかは、わからなかった。

 あの人がちゃんと生きているのか心配なだけなのかもしれない。

 心配するほどの知り合いか?と冷静な部分が突っ込みを入れるけど。


 あの人が淹れてくれるコーヒーがもう一度飲みたいのかもしれない。

 誰かが近くにいるのに落ち着くっていう不思議で心地よい感覚を、もう一度味わいたいのかもしれない。

 でも、この脇道に入って、あのマンションの呼び鈴を鳴らすほどには、親しくない。


 梅雨空の日も、合間の晴れ間の日も、帰るたびに駅前の脇道を見つめた。

 そうして一週間がたち、二週間が経ち、あの人の姿を見ることがないままに、最初に出会った日から一月が経った。


「・・・いい加減にしろってんだよなあ」

 自分のあきらめの悪さに、ため息をつく。

「青木君、彼女と喧嘩?」

 声を掛けられて、はっとした。ここは研究室だった。

 ミーティングルームのほうにいるから、周りには先輩は何人かいる。

 前期が終わるまでに研究テーマを決めろと言われて、いろんな論文を読み漁ってる最中に思考がトリップしてしまったらしい。

「違いますよ」

 彼女と喧嘩したなんていう楽し気な悩みだったら、どんなにいいか。

「先輩たちが相談に乗ってあげるよ?」

 野次馬根性丸出しの女性の先輩がそう言って肩を叩いた。

「俺も、話ききたいなー」

 もう一人いた男性の先輩もにっこり近づいてくる。


 相手が男だということを隠して、洗いざらいしゃべることになった。

 でもその結果が

「一目ぼれでしょ?ガンガンいっちゃいなよ」

「ケータイ知ってんだろ?生きてますかってメールしてみればいいじゃん」

 まあ、そうなんだけど。

 体育会系って本当に基本コマンドが「ガンガン行こうぜ」だよな・・・。

 でもそれは、相手が同じ体育会系の場合にしか通用しないんじゃなかろうか。


「それにしても、青木君の好みは年上美女か~。しかも放っておけない感じがタイプなんだね」

「そんなんじゃないですってば」

 綺麗な人ではあるけれど、美女ではない。

 放っていけないタイプっていうか、放っておいたら死ぬタイプだ。

 こんなのが好みのタイプだったら残念すぎる。決して好みのタイプとかではない。


「じゃあ、青木の年上美女攻略法を考えるために飲みに行くか!みんなも誘おう」

 なんか、おおごとになった。

 駅前まで行って、有名なチェーン店に入った。

 飲み放題のコースを頼んで、先輩たちに囲まれた。

 俺の話なんて、飲みに行くきっかけなだけで、ただ皆で飲みたかったんだろう。

 年上美女の話はそんなに出ることもなく、研究室のメンバーで盛り上がった。

 俺は1人だけの3年生で、緊張したし、会話がわからないところも多々あって、ひたすら飲んだ。

 ・・・・飲み過ぎて、寝た。


「青木くーん!おきてー」

 肩をゆさぶられて、目を覚ました。

「そいつ実家生じゃなかったっけ?」

「あ、電車大丈夫かねえ?」

 遠くに聞こえていた先輩たちの話し声が、急にクリアになった。

「電車!」

 ばっと顔をあげて、腕時計を見る。

 終電まで、あと5分。

「ひぃっ!!」

 酔いは一瞬で冷めた。

 泊めてくれる友達が誰もいない中での終電逃しは辛すぎる・・・!

「すみません、あと5分で終電なんで!!」

「いいよいいよー、お疲れさま、気を付けてねー」

「お金は明日研究室にもっていきます!!」

 カバンと傘を回収して、ダッシュで店を出た。

 この店から駅に行くには信号を渡らなきゃならない。 

 しかも、ちょうど赤だ。

 いらいらしながら信号を待っているけれど、時計の針は無情にも進んでいく。

 青になった瞬間に走り出して、ダッシュで改札を抜けて、階段を上がった。

 登っている途中で発車メロディーが聞こえてきたから、2段飛ばしで上がった。


 上がりきった瞬間に、メロディーは鳴り止み、ドアが閉まった。

 そして、電車は走り出した。


「あー・・・・」


 がっくりきた。 

 駅のホームのベンチに座って、息を整える。


 とりあえず、家にメールか。

 終電逃したから帰れなくなった、と。


 どうするかな・・・。

 佐々木・・・もこんな時間にメール来たら迷惑だよなあ。

 漫画喫茶かなあ。仕方ない。

 嫌なんだよなあ・・・誰がいたのかわからないようなマットに寝なきゃいけない不衛生な感じが。

 しかも寝転ぶと足を伸ばせないブースの長さ。それから防音がなくて隣近所のブースの身じろぎの音が気になる。


 飲み屋に戻って誰か先輩の家に泊めてもらえるように頼むか・・・?

 でも、そこまで仲良くはないんだよなあ。気を遣いながら一晩過ごすのも嫌だ。

 それなら、漫画喫茶のほうがマシか。


 ホームから階段を降りて、終電を逃しました、と駅員さんに告げて改札から出してもらう。

 大学とは反対側の出口へ向かう。こちら側は大学側よりもちょっとだけ栄えている。

 駅前にスーパーがあるし、飲み屋のビルの数も多い。その飲み屋ビルのワンフロアに漫画喫茶が入っている。


 駅を出てすぐのスーパーの駐輪場を抜けて、ショートカットさせてもらう。

 入口の真ん前をとおるのだけれど、自動ドアが開いたのに誰も出てこないから、なんだろう、と思ってそっちを見た。

 自動ドアの向こうで、立ちすくむ人がいた。


「あ・・・」


 その人の姿が信じられなかった。

 まさか、こんな風に会うなんて思わなかったから。

「横井さん」

 呼びかけたけれど、こちらに歩いてきてはくれない。

 仕方ないから、こっちから近づいた。

 そうしたら、気まずげに目を逸らされた。


 とりあえずスーパーから出て、エントランスの脇に連れてくる。

 ろくな食料が入ってなさそうな袋も気になるところだけれど、それよりも喧嘩中みたいな態度が気になった。

「横井さん、まだ怒ってる?」

 俺がそう呼びかけると、顔を上げて「え?」と意外そうな声。

「俺が名前で呼んだこと、まだ怒ってるの?」

 そう聞くと、少し首をかしげた。

「え、いま僕が怒ってるって言った?僕は涼くんを怒らせちゃったと思ってたけど」

 今度は俺が首をかしげる番だった。

「この間、せっかく来て料理までしてくれたのに、あんな形で帰しちゃったから」

「気にはなったけど、そんなことで怒るわけないだろ」

 それをいうと、力が抜けたように少し笑った。

「それなら、よかった。でも、ごめんね」

「いや、俺こそ。なんか嫌なこと思い出させたみたいで」

「それはいいんだ、気にしないで」

 そう言われて、はいそうですか、という気持ちにはならないけど。とりあえず、名前で呼ぶのはダメみたいだから、それだけはやめておこう。

「ところで、涼くんは何してるの?駅とは反対に歩いてたよね?」

 正直に、終電を逃して漫画喫茶で泊まろうとしてる、と話すと「じゃあうちに来れば?」と言ってくれた。

 ありがたく、お言葉に甘えることにする。

 漫画喫茶に比べれば、あの何もない部屋の床に寝転がらせてもらうだけでも天国だ。


 横井さんに続いて、家に上がらせてもらう。

 相変わらずの殺風景な部屋だった。

「ええと、シャワー浴びるよね?」

「いやいや、お気遣いなく。俺は床で寝かせてもらえればいいから」

「涼くんこそ、お気遣いなく。好きに過ごしていいかなね」

 そう言われても、今回は俺が迷惑かけてるだけの訪問なわけで、これまでみたいに好き放題ってわけにもいかない。

 落ち着かず手持無沙汰にしていると、横井さんはこの間俺が借りていた着替えとタオルを出してくれた。

「これ、使って。お風呂の場所はわかるよね」

「横井さんは?」

「僕はもう済んでるから」

 ありがたく風呂と着替えを使わせてもらう。

 梅雨の時期に一日過ごした体にシャワーが沁みた。


 ドライヤーも借りて、さっぱりして出ると、横井さんも部屋着に着替えていた。

 バスケ部が着るようなTシャツにハーフパンツで全然似合ってない。

 押し入れの中をじっとみつめている。

「どうしたの?」

「うーん、どうやって寝てもらおうかなって思って」

「床で寝っ転がらせてもらえればいいよ。寒い季節でもないし」

「さすがにそれじゃあ寝れないでしょ」

 ソファか予備の布団でもあればなあ・・と呟いている。部屋にあるのはベッドに薄掛け。

 押し入れの中にあるのは、冬用の掛け布団と毛布とタオルケット。

「ベッドで寝てよ。明日も授業あるんでしょ?」

「いやいや、家主を差し置いておかしいでしょ。毛布敷いて寝てもよければ毛布かしてください」

「うーん、別にいいけど、それでも床が固いと思うなあ」

 まだ納得のいかないらしい家主は放っておいて、毛布を出させてもらう。ラッキーなことに2枚あった。1枚はそのまま広げて、もう一枚を二つ折りにして、上半身メインになるように敷く。試しに寝転がってみた。うん、まあけっこう固いしちょっと暑いけど、全然寝れる。

「固くない?」

「大丈夫、これだけあれば十分」

「そう?でも、なにか掛けないと風邪ひくよ。タオルケットでいいかな?」

 追加で押し入れから出してくれた。

 なんかこういうやりとりが昔のお泊りを思い起こさせて楽しかった。

 大学の友達と朝まで宅飲みってときには、床で何も敷かず掛けずに寝るのが当然だからなあ。

 翌日の授業は死ぬけど。


 電気が消されて、横になると、やっぱり毛布だけしか敷いてない床は固かった。

 いや、でも贅沢は言わない。足を伸ばして眠れるだけで幸せと思わねば。

 静かで真っ暗な環境で眠れるだけで御の字だ。

 恵まれた環境なんだけけど、それゆえに体が熟睡を求めてしまって、小さな違和感もしっかり感じてしまうのが辛い。

 そう思いながらごろごろしていると、「眠れないの?」とベッドから声がかかった。

 身じろぎの音がうるさかったかな。

「ごめん、落ち着かないよな」

「ううん、そうじゃないよ」

 ベッドの上で、起き上がる気配がしたから、自分も半身を起こした。

 暗さになれた目はカーテンの隙間から洩れてくる光だけで十分に物の判別がつく。 

 横井さんをみると、こっちきて、と手招きしている。

「なに?」

 膝立ちで近づくと、かなり壁際のほうに寄った横井さんが隣をぽんぽんと叩いた。

「ここに寝転がって」

「はい?」

「いいから」

「いや、でも」

「いいから」

 その口から放たれるのが意外なほどの強い口調だったから、従ってベッドの上で横になる。

 さっきまでとは違うやわらかさが体を受け止めて、一瞬で眠りに吸い込まれそうだった。

「寝ていいよ、僕もここで寝るから。蹴ったらごめんね」

 目を閉じて、ふうっと息を吐くと、それだけで意識が飛んだ。



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