死んだ街
その店はずっと昔からあったような、しかし最近街に紛れ込んだかのような、どことなく曖昧な存在だった。水の上に浮く油のように、雪混じりの雨のように、瞬間ごとまだらに雰囲気を変えていた。
佇まいはまるで何代も続く老舗のような風格であったが、出来たのが最近のように街に溶け込まず、周囲との境目が眼に見えるように自然とその店が不愉快に視界に入り込んできた。
いつもはこない街の反対側。街を分断する幅が数十メートルはある中良川を越えしばらく、大人たちが子供には近ずくことすら禁じている街の外れ。そこをこの街の住人は、無奈地区と呼んでいた。
この地区は昔差別を受けていた身分の人々が住んでいた。始まりは江戸時代にまで遡り、最初はある罪を犯した一族がこの地区に幽閉されたのだと。その隔離は明治時代の終わりまで続き、その間囚われた人々はこの地区から出ることすら禁じられ、この数百メートル四方の狭い世界で近親相姦を繰り返していた。生まれてくる子は皆奇形。そして代が続くことはなく、昭和にその一族は全滅したらしい。
この話はこの街に住んでいる子供なら全員が親や祖父母から聞く話であり、皆一様に話の終わりに、こうなりたくは無かったら悪いことはしない事だ、と戒められた。要するに、悪さをする子供に対してお灸を据える教訓話、民話伝承の類だと、ある一定の年になったものは気付いていた。
しかし、小さい頃に刷り込まれた記憶はそう簡単には消えるものではなく、好き好んでこの場所に来るものはほぼ皆無に等しかった。
僕がここにきたのは友人から聞いたある話の真偽を確かめるためだった。