22
スピリドンは地面に転がったまま、晴々とした気分で空を見上げていた。
見上げた先の空は抜けるようにどこまでも青く、澄み渡り、高い。夕暮れに染まりかけた空の端も、また美しかった。
今世も昔も空の色は変わらないな、と今さら、当たり前のことを思った。
大きく息を吸って、吐いた。
先ほどまで酷使していた身体のあちらこちらが痛むが、泣きたくなるほど清々しい気分だった。
明日はきっと筋肉痛に苛まれるだろうが、リカルダなら耐えられるだろう。
込み上げる笑いそのまま、スピリドンは大口を開け、声を立てた。
「自称魔族に勝っちゃったよ、やるもんだなあ、俺!」
笑うと腹が痛んだ。胴に穴が開いているとかではなく、単なる笑いすぎだ。
スピリドンと同じく、地面に転がったままのホラーツも声を上げて笑う。快活な笑い声だった。
「そうとも! 我が終生の好敵手よ、お前は凄い奴なのだ!」
ホラーツの心底嬉しそうな声音に、笑いが止まらなくなった。
笑って笑って、涙を流すほどに笑って、スピリドンは満足して眼を閉じた。
「はは、そうかよ。お前だって、凄いヤツだよ。
──ありがとうな、ホラーツ」
スピリドンはそう言い残して、リカルダの中から消えて行った。
「私からもお礼を言わせてもらうわ。ありがとう、ホラーツ。幽霊とは違ったけど――憑き物が落ちたみたい」
「なんの、なんの。我も好敵手と手合わせができてなによりだった。
できれば、これからも幾度となくしたかったものだが……。スピリドンが御空に行けたのなら、なにも言うことはない」
「……そうね」
あんなにうるさかった……賑やかだったスピリドンの声はもう欠片も聞こえない。
「スピリドンの声はうるさいときもあったけど……ないならないで、寂しいものね」
「長らく側にあったものが急になくなるとなれば、そうも感じるだろう。気を紛らわせている内に慣れるものだ。
それで、という訳でもないのだが、どうだろう、我とデートに出かけるというのは」
リカルダは微笑した。
「それもいいかもね」
「そうか、ダメか……えっ!?」
断られるとばかり思っていたホラーツは眼を見開いてリカルダを見る。まじまじと見たが、リカルダが今日もかわいいことしか分からない。
「デ、デートしてくれるのか、我と?!」
「ええ。しましょ、でーと。どこ行こっか」
「! とっておきの場所があるのだ、アードリアンに教えられて、いつかリカルダと行こうとメモに取っておいたのだ……!」
そんなことしてたんだ、とリカルダは二歩、三歩、と横へずれる。
デートスポットの羅列と選出に忙しいホラーツはそれに気付かない。
スピリドンと戦っていたときはフェイントにだって即座に反応していたくせに。
小さく吹き出しながら、リカルダは嵐達の到来を教えてやった。
「ホラーツ、後ろ」
「後ろ? ぐああ!」
「あたしだってスピリドンと別れの挨拶くらい交わしたかったわよおお!」
「私だってそうですぅ! 自称魔族のくせにスピリドンさんと爽やかに別れの挨拶なんてしちゃってえええ!」
ノエルもヨンナも一騎打ちに気付いて、見守っていてくれたらしい。活動団体に顔を出していただろうに、とリカルダは自身に探知系の魔術がかけられていないか、後日改めて二人を詰問することにした。
しかし、スピリドンもスピリドンである。かつての仲間より、宿敵との再決闘を優先するとはとんだ勇者もいたものだ。それともむしろ勇者らしい、というのだろうか。
リカルダはどっちでもいいか、と一歩を踏み出した。スピリドンは勇者などではなかったのだから。
「ねえ、スピリドンの完全昇天祝いにみんなでデートに行きましょうよ。アードリアンも誘って。
私はパフェが食べたいな。それから、買い物横丁を見て回りたいわ」
リカルダの言葉に三人はピタリと動きを止めた。
「二人きりではないが……これもデートだな?!」
「リカルダさん、新しくできた話題のもふもふカフェに行きましょう!」
「いいわね、もふもふ。どんな子がいるのかしら」
「ちょっとヨンナ、抜け駆けは無しでしょ! あたしだってリカルダと行きたい場所が……!」
「博物館も楽しいぞっ! しかも周囲に美味な喫茶店や甘味処が多いのだ!」
「布屋さんに行きましょ! ぬいぐるみの服にぴったりなのを見つけたいの!」
「どれも楽しそうよね。何回かに分けて行くとして、じゃ、最初に行くところを決めましょ。
出さなきゃ負けよ、じゃーんけーん……」
楽しそうに騒ぐ四人を遠くから眺めながら、アードリアンは
「恋人以外とデートに行く気はないから、僕は参加を遠慮しておくね」
と朗らかに笑っていた。
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