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学内販売所を歩くリカルダは久しぶりに高揚していた。
学内販売所はその名の通り生徒や教員が店を出している。売っているものは幅広く、希少な素材もあればなんの変哲もない石ころまで売っている。もちろん値段もピンキリで、子どもの小遣い程度で買えるものから学園職員の給料数ヶ月分の値段がかかれた札のついた品物まである。
リカルダは玉石混淆の店を興味深げに冷やかしながら店の間を進んでいく。
リカルダは学園に販売所があるのだから一度くらいは行っておきたい、と考えただけで、目的があって販売所に足を運んだ訳ではない。たいして期待などしていなかったが、予想に反して手の込んだものが多かった。
魔術具のレベルなら魔素が大気に充満していた前世のほうが上だと思っていたが、なかなかどうして目を見張るものがあった。見ただけでは用途のわからない魔術具にそういえばそもそも甲乙を語れるほど魔術具に詳しくなかったっけ、とリカルダは投影機だという魔術具の値段を見た。高い。
魔術具であれば見境なく目の色を変えて、頬擦りをして、愛を囁いて、口に含んで、と変態行為に及んだド変態も前世の仲間にはいた訳だが、スピリドンもリカルダも魔術具にそこまで思い入れも愛着もない。むしろド変態のおかげで苦手意識を持っているかもしれなかった。
しかし魔術具は悪くない。魔術具は便利で今の世には欠かせないものだ。リカルダだって大なり小なり毎日使っている。
ふとしたときにド変態を思い出して微妙な気持ちになるだけで、魔術具に罪はないのだ。全部ド変態が悪い。
頭に浮かびかけたド変態の所業の数々を無理矢理忘れてリカルダは気を取り直した。
販売所には本当に色々なものがあった。
試食や試着なども多く、それなりに賑わっている。
平和だ。とリカルダは思ったし、スピリドンは多種多様な種族が入り交じっている光景に感じ入っていた。戦乱の世には夢に見ることさえできなかったものだ。嬉しいのはわかったからもう少し静かに泣いて欲しい。
「ちょっとそこゆく美少女さん」
客引きまでいるなんてほとんど市場と変わらない。繁盛のし具合で言えばスピリドンの時代より上かもしれない。なにせスピリドンの行く市場は大抵闇がついたのもので。
「美少女さん、美少女さん」
なにか買い食いでもしてみようかしら、とリカルダは食べ物屋を見る。甘い香りの人形焼きも美味しそうだし、香ばしい匂いの炙り木の実も美味しそうだ。夕飯が食べられないのは嫌だから厳選しなくては。
「そこの輝く銀髪ツインテ色白碧眼の美少女さん!」
「えっ?」
ぐわし、と肩を捕まれたリカルダは振り返った。先ほどから聞こえていた妙なルビの呼び掛けは自分に対してのものだったらしい。
声をかけてきたのは女性教員で、なぜだか爛々と目が輝いている。輝きすぎていていっそ怪しく、控えめに言って不審者予備軍だった。
「なにかご用ですか?」
「うん。喉渇いてないかな? ジュースの試飲をしてるよ。一杯どう?」
教員の指差す方向になるほどフレッシュジュースの看板を掲げた店があった。値段はお手頃価格よりわずかに安い。試飲ご自由に、の看板に売っている人間は怪しいけれど一杯くらいならいいかな、とリカルダは頷いた。飛び上がって喜びを表現する店主兼教員についていく。悲しいかな、前世から奇人変人には慣れている。別に慣れたくなかった。ギブミーまともな人。
もらったジュースは花の香りのする甘い茶で、飲み口すっきり、後味さっぱりと美味しい。
これで異物混入されてなきゃ買ったのに、とリカルダは解毒魔術を発動させた。
毒というには大げさだが、身体になんらかの変化を促す異物であることは確かだった。合意のない人体実験は禁止されているのにそれを教員が破るのはどうなのだろう。
教員はリカルダが解毒したことには気付かず上機嫌ににこにこ笑っている。
店先にはフレッシュジュースの他、乾燥茶葉なども並んでいた。品物全部に異物混入しているのかしら、とリカルダが品定めをしているといつものメンバーに声をかけられてしまった。
「偶然だな、リカルダ!」
「偶然ね、リカルダ!」
「こんにちは、リカルダ」
「ごめんねー、リカルダちゃん」
黙って来たのになぜいる。
みなさん放課後は活動団体に行くんじゃないんですか、とリカルダの白けた視線にめげることなく前世組と付き合いのいいアードリアンが近寄ってくる。
「リカ……」
「ウハー! 美少年達がイッパーイ!」
「ルダ……んん?」
「なんでもないよ。アハハハハ。お友達も是非試飲していって! 美味しいヨ!」
教員の態度を訝しみながらもらえるなら、とヨンナ以外が渡されたジュースを美味しそうに飲み干す。ヨンナは教員の狙いを知っているのだろう。他の三人を止めなかったところを見るとやはり死ぬような代物ではないと見た。
ではどんなものなのか。その答えはすぐに出た。
「この乾燥茶葉を一袋ください」
「あ、ありがとうございます。一袋二百五十リラになります。……あの、体に異常を感じたりしてない?」
「いえ、感じませんけど。こんなに茶葉が入ってるのにお安いですね」
「一度に大量精製してるので……。もしかして状態異常耐性がめちゃめちゃ高かったりする……?」
「普通だと思いますけど。わたしよりノエル達のほうがよっぽど高いと……わあ、なるほど」
振り向いた先の三人には見事な獣耳が生えていた。猫、犬、兎の耳がそれぞれに生えている。
異物はこれか、とリカルダは教員に視線を戻す。教員は顔を上気させ、鼻息荒く興奮していた。リカルダは引いた。
「ウッヒョー―――! 美少年達のケモミミ最の高! 似合ってるよ三人共ォォォ!」
周囲の人間は揃って教員から距離を取る。
「まただよ」
「今日の犠牲者もかわいいな……」
「いつまでたっても治らないねえ」
「はあはあケモミミさいこう……」
「審美眼はあるのに残念な教員だよ、まじで」
聞こえる会話から察するに常習犯のようだ。よく教員やれてるな。
「ケモミミ……?」
「おお、テオの耳だ!」
「マジで生えてる……」
犬耳ノエルは自分に生えている耳を恐る恐る確認し、兎耳ホラーツは顔横に垂れている耳を触って人名らしきものを嬉々として口にし、猫耳アードリアンは呆然と新しく生えた耳を引っ張った。
「ッはァ~~~~~! 三人共めちゃめちゃ似合ってるよォ~~! ヨッ! 地上の宝! 天の御使い! 世界遺産に登録しよう!!」
「この耳がそんなに珍しいのか? 現代ではありふれているではないか」
「獣人のもいいけど美少年に生えてるものはまた格段にイイ!! ものなの! 恥じらいが欲しいけどそれはそれ! 堂々としてるのもイイ!」
「そうか。貴様が楽しんでいるなら構わんが、写真は止めてくれ。ショーゾーケンの侵害だ。だろう、アードリアン」
「あ、ウン。教員、止めてください。訴えて勝ちますよ」
「アゥッ、猫耳美少年からの辛辣な言葉! ありがとうございます!」
「変態っていつの時代、どんなところにも湧くものね」
「ハゥッ、犬耳美少女に蔑まれたッ! ご褒美ですゥ!」
息を乱しに乱した教員が地面にくずおれる。しかし表情は恍惚に染まり、幸せそうだった。
「師、こっちでーす。またヘイナルオマ教員が無断で人体実験しましたー」
ヨンナが手を振り見回りの教員を呼ぶ。駆けつけたのはガードナー師だった。
「またですかヘイナルオマ教員。毎年毎年いい加減にしてください」
「人体実験などではない!! これは崇高なる情動に突き動かされた結果であって──!!」
「反省の色なし。もう無期限販売停止処置でいいですね。ほらきりきり歩く」
「イヤダァァァ!! それだけはぁぁぁぁ!! 反省する! してる! しますからあぁぁぁぁ!」
「お疲れ様です、ガードナー師」
「ラスコンか。よくヘイナルオマ教員の毒牙にかからずに済んだな」
「純粋な私の欲望を毒牙なんてヒドイ!」
「ヘイナルオマ教員、黙って」
「飲んだときに異物混入が分かったので解毒をしました」
「……ほう。素晴らしい感知能力だな。羨ましいことだ」
「ガードナー君は気付かずに猫耳生やしたもんねー、めっちゃかわイ゛ダダダダダダ! 暴力反対!!」
「獣耳は明日には消える。心配しないように。そしてこの犯罪者は責任を持って連行するから安心して買い物を続けなさい」
「イタイイタイイタイ! 自分で歩くから! 手を離してくださいお願いします!」
「この際です、隠し持っている盗撮写真を全て燃やしましょう」
「ア゛イ゛エ゛ェ゛ェ゛?! なんでバレてるの?! ヤメテ! それだけはヤメテ!! 後生ですからぁぁぁぁ!!」
わめく教員の顔を引っ掴み力強く引きずって行くガードナー師の背中は頼もしかった。
「猫耳なガードナー師……見たかったな……」
あれだけの美貌だ。きっと幼いころも美しかったに違いない。
猫耳ガードナー少年を夢想していると両頬に柔らかいものが押し当てられた。モフモフ。
犬耳と兎耳だ。モフモフ。
「我だって兎耳だぞ、存分に触ってくれ」
「あたしの犬耳のほうが触り心地いいわよ、どうリカルダ?」
生やしているのが問題児達でなければ心ゆくまでモフったのだが。残念である。モフモフ。
「気持ちだけもらっておくわ、ありがとう二人とも。離れて」
「遠慮せずとも……」
「ほら、極上の触り心地でしょ?」
「離れて」
「ウム……」
「はい……」
しょんぼり垂れた獣耳にちょっぴり罪悪感がわかないでもないのだが、甘やかすと付け上がる二人なのでこれくらいがちょうどいい。
「てゆーかヨンナ! あんた知ってたなら教えなさいよ! ちゃっかり自分だけ回避して!」
「私は去年生やしたからいいかなーって」
「いいかなーじゃないわよ! あんた毒が入ってても教えないつもりね?!」
「ちゃんと解毒はするよ」
「事前に教えろって言ってンのよあたしは」
いつものじゃれ合いを始めた二人を放って、アードリアンは猫耳を利用したナンパに繰り出し、リカルダは再びおやつ探しに戻る。ホラーツは長い耳を揺らしながらリカルダについて歩いた。
黒髪のホラーツと同じ黒々とした兎耳は毛の一筋一筋が陽光を反射しているかのように輝いている。
モフりたい。
「リカルダは猫耳が好きなのか?」
ホラーツから生えてさえいなければ気の済むまでモフり倒していた。モフりたい。
「それともガードナー師のような男が好みなのか?」
頬に触れていた毛皮は正にとろけるような肌触りだった。モフりたい。
「顔は良いとアードリアンがよく言っているし、ガードナー師と同じ黒髪だし、猫耳ではなく兎耳だが、なかなかにリカルダの好みではないかと思うのだが、どうだろう、我は伴侶候補に入っているだろうか」
断っておいてなんだがやはりモフらせてもらおう。そうしよう。モフモフの前では人は無力なのだ。
「ホラーツ、申し訳ないんだけれど……」
「も、申し訳ないのか……」
「やっぱりモフらせてもらっていいかしら」
「…………ああ、もちろん構わないぞ……!」
至近距離でモフられ続けたホラーツは無事しんだ。
ケンカしながらリカルダを追いかけてきた二人に殴られて空を飛んだホラーツだったが、その顔は晴れやかだった。




