契約
水面が金色に輝き始め、中心から静かに波が立つ。
突然、天を突くかのように水柱が大きく音を立て立ち上がる。そのまま渦を巻き、徐々に収束。密度が上がっていく。
収束していくにつれ、水柱の形が変わっていく。柱は細くなり、くびれができ、腰ができ、太もも、脚が出来上がる。上は胸、腕、首、頭と形をなしていく。
やがて細部まで人の形をした水の人形が出来上がった。
濡れたように妖しくひかる金色の髪。清流のように透き通る蒼い目。すらっと伸びた肢体。モデル泣かせの美しいプロポーションをした女が水面の上に立つ。ケルト神話の一部を切り取ったかのような光景だ。
金髪の美女が口を開く。
「我はこの地において水を司る女神。其方は何者だ。」
彼女は私に問いかける。私は名乗ろうとした。声が出ない。いくら話そうとしても声が出ない。
「答えぬか。別に構わん。ならば、消えよ。」
彼女は私に向けて右手を広げる。
「生命の根源たる水よ。今、龍となりて、呑み込み、浄化せよ。『水龍聖撃』!!」
よくそんな中二くさい台詞を叫べるな。と、若干引いたが、それも一瞬。
彼女の前に人一人は覆えるサイズの魔法陣が浮かび上がる。幾何学模様は複雑に重なり合い、円の中を満たして光を増していく。すると、魔法陣から東洋の龍を思わせる大きな水流が鞭を打つようにその身体をくねらせ、凄まじい速度で私を呑み込んだ。
「聖属性を織り込んだ水の高位魔法よ。安らかに逝きなさい。」
水龍は私を呑み込み、激流を生み出し、光り輝く。その光は水とともに私を包み込んだ。
次第に水龍は収束していき、霧散する。
「いったい何だったのかしら。あれは。アンデットや死霊の類かしらねー。だとしたら私を呼び起こすことなんて出来ないはずだけど。顕界するのなんか久しぶりすぎてついつい古臭い話し方をしてしまったわ。まあもう済んだことだし、帰りましょ。………あれ?」
何故だか知らないが私は生きている。水にのみ込まれたはずなのだが、別に濡れてすらなかった。それに、窒息することもないというかそもそも私は最初から息をしていなかった。
今、気づいた。私は息をしていない。心臓も動いていない。そしておそらく身体が存在しない。龍に何かされたからそうなった訳ではない。ここに来てからずっとそうだったのだ。今までそういった経験があった訳ではないが、確実に、そうなのだと実感できる。
「『水龍聖撃』!」
なんかまた飛んできたがさっきと同じ。龍は渦を巻き、霧散する。そして私には変化なし。
「あんた、一体何者なのよ。人も魔物もこの魔法の前では等しく浄化されるはずなのよ。これをくらってもなんともないなんて…。そんなこと可能なのは神話の時代のデタラメに強い奴らくらいなんだけど。ねえ、あなた一体何者なの?」
何者といわれましても。身体がないから喋ることも身振り手振りで伝えることもできないのである。参ったな。事態が進展しない。
「何?もしかして話すことができない?めんどうね…。よっと。 『念話』」
彼女は小さな魔法陣を私に向けて発動する。
『なんだこれ。』
私の声が小さく、森に響く。
『ん?声が、出てる。のか?』
「その通り。話せるようにしてやったわ。感謝しなさい。水の女神たる私と話ができることにね。私みたいな神と話せるのは他の神か常識はずれの人間や魔人くらいよ。それで、あなたは一体何者なの?私にばっかり話させるなんて、不公平よ。」
『勝手に話しかけて水かけてくる方が無礼ってもんだろ。』
「聴こえてるわよ。念話っていうのはね、心の中で思っていることをそのまま相手に伝える魔法だから。変なこと考えないで。」
彼女は睨みつけてくる。
『む、すまない。私の名前は…すまない。わからない。私は死んでいて生前何をしていたかとかは覚えているのだが自分の名前が思い出せない。理由はわからない。だから名乗ることはできない。』
「ふーん。まあ、構わないわ。それで、何故私を呼んだの?」
『それもわからない。私は別に呼んだ覚えはない。』
「へーぇ。私は何かの間違いで呼ばれるほど神性が低いわけじゃないんだけど。まあ過ぎたことを水に流してあげるのも水の女神の務めね。本当に自分が何者で何故ここにいて私を呼び出したのかもわからないってこと。変な話。」
『私はこれからどうなる』
「知らない。あなたが何者かは興味あるけどこれからどうするかなんてどうでもいい。自分で考えれば。アンデットでも死霊でもないみたいだけど、生前の未練とかそういうことにでも着手してみれば。」
『生前の未練か。そうだな。やり残したことはあるがもうどうにもならないし。…2年間ろくに外出もしてなかったから世界旅行はしてみたいな。うん。世界旅行はずっとしたいと思ってた。』
国内なら北海道、仙台、東京、金沢、京都、大阪、広島、福岡、長崎大分その他いっぱい。
国外ならニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンやペルー、エジプトとかも行ってみたい。
幽霊となった今、飛行機に乗れるかはわからないけど行ってみたい。
「トーキョー?ニューヨーク?なにそれ。」
『ああ、そうか。全部筒抜けになってるのか。って、東京もニューヨークも知らないのか。もしかして女神とやらはとんだ山奥の出身のようだな。』
「言わせておけばっ!あのねえ、あんたが何行ってるのかよくわからないけど私は神話の時代から生きているのよ。たしかに最近は寝てばっかだったけどそれでも世界のことは一通り把握しているわ。この女神たる私が!無知ということはありえないのよ!」
彼女は息を荒げて叫ぶ。しかしハッと何かに気づいた。
「あんたもしかして異世界人?だとしたら納得いく。私に対する無礼も、その謎の在り方も納得がいくってもんよ。アルコス大迷宮やエーデル洋、カーネクト大森林、ラバル帝国。。この中に聞き覚えのあるものはある?
『ない。あとさっき使ってた龍みたいなのもしらない。』
「決まりね。あんたは異世界人よ。たまに神性があるものの前にワープしてくるって聞くわ。理由はわからないけど。赤ん坊でも知ってる地名と魔法が分からず、この世界の誰も知らない地名を挙げるってことは昔の勇者にそっくり。」
『私以外にも似たような境遇の人がいるのか。』
「いいえ。いた。というのが正解よ。その勇者は500年以上前の人物だし。」
『そうか。残念だ。』
「…ねえ、あなた私の眷属になりなさい。」
突然の申し出に私は困惑した。
『何故。』
「私は珍しいものが好きなの。物であろうと人であろうと。あなた私の魔法が効かないってことは素の状態で聖属性に適正があるってこと。今までそんな死霊は見たことがない。だから、私の眷属になってよ。」
『私にメリットがない気がする。』
「いえ、メリットならあるわよ。まず魔法を教えて挙げる。神から直々に教えて貰えば勇者レベルまでは行かなくてとも、人の世界でhs指折りの実力者くらいにはなれるわ。ここにあなたが来たのも何かの縁。きっと私たちの魔力のタイプは近いはず。安心して。死霊でも魔法を使うのには問題はないわ。』
悪くない。生きてた頃は遊ぶ余裕なんてなかったから魔法が使えれば人生楽しいだろうな。もう死んだけど。
「この世界のことも教えてあげる。あなたの目標は違う世界にしろ旅行とかしてみたいんでしょ?念話で願望ダダ漏れなのよ。」
おっと、そうなのか。ダダ漏れなのか。でもたしかにその通りだ。生前何も出来なかった分、世界を回ってみたいという願望は強い。
「あとこれはおまけみたいなものだけど眷属になったら身体を作ってあげる。私がさっき顕界した時みたいに、水を依り代にして身体を生成するの。これは世界でも神に連なるものしかできない魔法よ。身体のないあなたには嬉しいんじゃない?感覚も鋭くなるし」
確かに。世界を回るのに身体があるというのは魅力的だ。どうやら私は眷属になったらメリットだれけらしい。これは願ってもないことだ。
『有難い申し出だ。是非、受けよう。』
私がそう言うと彼女はにっこりと笑う。
「契約成立ね。私の名前はティア。水の女神ティアよ。宜しくね。我が眷属。」
金色の光に包まれる。
そして私はこの女神の眷属となった。
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