8黒い兎
その日も、俺は魔法陣を描く練習の為、朝早くから森に出た。
毎日続けているだけあって、頭で魔法陣をイメージすることに慣れてきた。
今は二回に一回は魔法が発動するようになった。
この調子でもっと練度を高めていこう。いや、でもこれ以上やると剣のほうがおろそかになるか。ルル、さぼると怒るんだよな。
そう思いながら森の奥に歩いていくと、後ろから不気味な気配がした。
振り向くと、茂みから兎がこっちを見ている。
兎、だよな...。
そう思うのも無理はなかった。兎にしては、やけに黒い。それに、両目で瞳の色が違う。
右目は赤いのに、左目だけが白かった。
ただの兎なのに、何故か冷や汗が出る。兎がゆっくり近づいてくる。
兎は、俺の目の前で止まった。危害を加えるつもりは無さそうだ。思い切って、兎の頭を撫でた。
すると、兎が何かを吐き出した。あまりに血のような色だったので、たじろいでしまった。
「これは、石か?」
石を拾うと、頭に激痛が走り、意識を失った。
目が覚めたのは、ベッドの上だった。
「父さんが運んでくれたのか?」
ふと左手を見ると、石を握っていた。無意識に持っていたのだろう。
体がだるい。でも、この石のこと聞きたいし。
ベッドから這いずるようにして、ドアに近づいた。
「先生、何か方法はないんですか?」
父さんの声、誰かと話してる?
「残念ですが、魔華の眼が治ったという記録はありません。そもそも百年に一人いるかいないか、という奇病でして、有力な情報はないのです」
魔華の眼?左目のことか?
「今分かっていることは、この病に罹った人は皆、魔力が高く、短命だということくらいです」
「息子は、あとどれだけ生きられるんですか?」
母さんの声が震えている。
「私が知っている限りですが、長くても二十歳までかと」
そこで頭が割れるように痛んだ。
母さんの泣き声を聞きながら、また気を失った。
結局、目が覚めたのは三日後だった。
もう体もだるくはない。
「起きたか、ロヴロ」
びっくりした。隣に父さんがいた。
目に隈が出来ている。つきっきりで看病してくれていたのだろう。
「よかった、本当に」
そういって、父さんは俺を抱きしめた。
「ロヴロ、お前に言わなければいけないことがある」
言い辛いんだろう、顔が曇っている。
「知ってるよ。魔華の眼だっけ?」
「聞いてたのか?」
「正直、実感はないけどね。でも、誰だっていつかは死ぬよ。寿命を知ってるから、出来ることもあるでしょ?」
精一杯の強がりだと、すぐにばれただろう。父さんの顔が引き締まる。
「ロヴロ、大丈夫だ。俺もクレアも、お前が死なない方法を探す。心配するな」
「...ありがとう、父さん」
現状が変わる訳じゃないけど、少しだけ気分が軽くなった。
そして、握っている石を父さんに見せる。
「父さん、これ何か分かる?」
「いや、見たことがない。倒れた時から握っていたから下手に触らない様にしていたんだ。それがどうかしたか?」
俺は両目で色の違う兎の話をした。
「聞いたことのない兎だな。この辺にそんな生き物が住んでいるとも聞かないしな」
「どんな魔法生物かな。母さんが聞いたら喜びそうな話だね」
自分で言って疑問に思う。
目を覚ましてから、一度も母さんの姿を見ていない。
いつもなら真っ先に抱き着いてきてもおかしくない状況なのに。
「父さん、母さんはどうしたの?」
「...クレアは」
言い淀む顔を見て、嫌な予感がした。
俺は地下の研究室に駆け下りた。
薬品棚に囲まれたいつもの部屋、そこに母さんの姿はなかった。
代わりに、実験台の上に少女が横たわっている。
誰だ、この子は?それにこの円、魔法陣か?
台の周りの床には、白いチョークで魔法陣が描かれている。
「その子は、合作だ。俺と、クレアの」
状況を呑み込めない俺に、父さんが言う。
「どういう事?」
「その子は、人造人間だ」
結論から言うと、母さんは家を出ていった。治療法が見つかっていない病を治すには、魔界だけの知識では不十分と考え、母さんは人間界で、父さんは魔界で治療の手がかりを探すつもりらしい。
その言葉に嘘はないのだろう。でなければ、この少女を造る意味はない。
人造人間と言われた少女は、俺を守る為に造られたらしい。
魔華の眼に罹った人間は、魔力が暴走してしまう事があるらしい。その対策が彼女だと教えてくれた。
「直に目を覚ますと思う。妹が出来たと思って可愛がってあげてくれ」
そう言われても、頭がついていかなかった。
母さんは俺を見捨てた訳ではない、でも、俺がこの家庭を壊してしまったことには変わりない。
家族と笑っていられれば、俺はそれだけでよかったのに...。
それから俺は、ルルとの鍛錬や、ケミィの授業により一層打ち込む様になった。そして二人がいない時は、書庫で魔導書を読み、新しい魔法を覚える様にした。
俺は自分を鍛え続けた。それが、母さんや寿命のことを考えない唯一の方法だったから...。