7二人の師匠
「ねえ、そろそろ話を聞いてもいい?」
俺は恨み言を言い続けているルルに聞いた。
このままでは日が暮れてしまいそうだ。それはごめんだからな。
口を挟まれたのが気に入らないのか、ルルが睨んでくる。
「構いませんよ。元々それが目的ですから」
「どういう事?」
言葉の意味が分からなかった俺は、ケミィに聞いた。
「先程の洞窟で、私はあなたに助けられました。たとえそれが、ルルの指示だったとしても、です」
ルルの顔を盗み見ると、ばつが悪そうにしていた。知らなかったとはいえ、ケミィを助けたのは我慢ならなかったらしい。
逆に言えば、見ず知らずの人をためらいなく助けることが出来るという事だ。ルルの人柄を少し知ることが出来た気がした。
「恩を仇で返すのは好きではありませんので、私に何か恩返しをさせてください。出来る範囲のことなら、何でもして差し上げます」
にこやかに言うが、聞く人によっては誤解されそうな言い回しだ。
「さあ、何なりとおっしゃってください」
まだ何も言っていないのに、ルルにじとっと見られる。
ルルにどう思われてるかは知らないけど、そんな顔しなくても変な要求はしないよ。俺の答えはもう決まってる。
「じゃあ、さっきの魔法を教えて」
よほど意外だったのか、二人の顔がぽかんとしている。
「そんなことでよろしいんですか?」
「もちろん」
俺は大きく頷いた。
「さっき岩にかけた魔法、本当に凄かった。あんな風に体から離して使うなんて、考えもしなかったし、出来る事なら俺も使えるようになりたい。駄目...かな?」
意気込んで話し出したが、最後の方は弱々しい言い方になってしまった。
話している間、二人とも何も言わなかったからだ。
俺、変なこと言ったかな?
「分かりました。私で良ければお教えしましょう」
ケミィは少し考え込んでいたが、やがて笑顔に戻って言った。
「やった。ありがとう」
初めて父さん以外の人に教えてもらう。しかも、魔法を得意とするエルフ直々に、だ。
嬉しくて自然と笑顔になってしまう。
「じゃあ、ケミィは俺の師匠だね」
俺は、思いついたことをそのまま言った。
「ふふ、そうですね。いい響きです」
そんなやり取りをしていると、ルルがそっぽを向いていることに気づいた。
「どうしたの?ルル」
「ふーん!」
頬を膨らませている。
なんだ...拗ねてる?
「俺、なんかした?」
「別にー。今日たまたま助けただけの人を師匠とか言っちゃってさ、ほんと子供だね」
いや、昨日会っただけの人にふてくされられても困るんだけど...。なんとか機嫌を直してもらわないと。
「あーあ、本当はルルに剣を教えてほしかったんだけどなぁ」
これは本心だった。
今まで気にしたことがなかったけど、魔法ばかり鍛えていたら、いつか魔力が切れた時、対応できなくなる。今回のケミィがいい例だ。
さすがにわざとらし過ぎるかな?
しかし、心配はいらなかった。
「しょうがないなー。そこまで言うなら教えてあげてもいいけど?」
毅然として言ったつもりだろうが、口元がにやけている。
ルルはこの辺の感情が分かりやすくて助かる。
その日はそこで二人と別れた。依頼完遂の証拠としてシルバーベアーの首をギルドに持っていかなければならないらしい。
もちろん、少し毛を貰ったけど、支障はないのだろう。
俺に師匠が出来た、それも二人も。その結果に満足して、俺はベッドに入った。
それから、ケミィはニ、三日に一度、うちに顔を出すようになった。
まあ、そこまで急激に進歩したりしないから、そこまで頻繁に来る必要はないんだけど、ここを気に入ってくれたのかなと思うようにした。
まず最初に教えてもらったのは、杖を使わずに空中に魔法陣を出すという、高難度のものだった。
「魔法陣は、杖や地面に描くのが普通とされていますが、要するに魔力を込めながら描けるのであれば、媒体は何でもいいんです。だから、私達エルフは、魔力で魔法陣を描きます。そうすれば、杖の届かないようなところからでも、魔法を出すことが可能になるという事です」
そう言って、課題を出しては帰っていく。
俺になら、すぐに扱えるようになるだろうという判断らしい。
しかし、これがめちゃくちゃ難しかった。魔力は目に見えない。だから、魔力で陣をイメージして、一瞬にして空間にだす必要がある。
それは、失敗しているかどうかも、出してからじゃないとわからない。ひたすら反復練習を繰り返すしかない。
「それにしても、よく朝から晩まで同じことを繰り返せるわね」
俺のいびつな魔法陣を見てルルが言った。
規則的なケミィに対して、ルルは来る日にムラがあった。家に泊まり込みで教えてくれることもあれば、何日も来なかったりする。
「息抜きついでに、組み手でもしようか?」
そしてこんな風に、魔法の合間に教えてくれる。それはきっと魔法を優先している俺に対する、ルルなりの気遣いなんだろう。
「うん、お願い」
そして、ルルは加減が下手だった。組み手になると、いつも決まって俺の体に痣をつくるので、息抜きにならない。
立ち回りや剣の振り方の教え方が良いから文句は言わないけど。
「やっぱりレッドキャップのスピードは桁外れだね。どんな魔法陣なの?」
傷をさすりながら俺はルルの足元を見る。
「え?まだ魔法使ってないけど?」
素のスピードだったのかよ...。
この訓練はしばらく続きそうだ。