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64国宝

 散々愚痴を述べた後で、ノクトはある一室へと俺たちを案内した。城の中でも階層の高い、城下の広場を一望出来る一室。


 ここから演説をするのだろう。国宝を身に纏い、戴冠の儀の口上を述べるのが伝統と、ルルが言っていた。

 遠目からでも行き交う人々が見える。女王陛下と国宝を一目見たいと、広場が溢れ返るに違いない。


 そんな、言うなれば控え室とも言うべき大部屋には、四方に結界の陣が敷かれていて、水盆のようなものが中央に置かれている。

 波紋が波打つ水面には、城の立体図と無数の点が描かれている。


「これは?」

「魔力探知だ、城全域のな。妙な動きがあれば反応するようになってる」

「この点は?」

「ああ、それは……」


 水面に向かい合ったノクトが、王城内を動き回る点を指差した。丁度、俺達のいる部屋に反応が二つ。

「今、警備に当たってる魔術師だ。衛兵や冒険者に持たせた認識票の魔法石が反応する仕組みになってる」


「部外者の反応があれば、すぐに分かると?」

「そうだ。お前も渡されただろう」

「はい」

「まあ首に下げなくてもいい。魔力さえ伝わればな。お前の師匠も、首につけてないだろ?」

「一々、引き合いに出さないで」


 ルルが睨むのを無視し、ノクトが水面を見張る。

「俺は反応を確認する。何かあれば知らせるが、位置関係くらいは把握しておいてくれ」

「はい」


 横から覗き込み、地図を改めて頭に入れていると、背後の扉が開く音がした。

 振り返れば、側近と使用人が数人、それに鎧を纏った衛兵を引き連れ、マリアが部屋へと入ってきた。


 ノクトが腰を折り、礼をした。ぎこちなくそれを真似ると、くすりと笑う声が漏れた。

「そんなに畏まらないで頂戴。警備、ご苦労様」

「いえ、仕事ですので。すみませんね、ギルドの人間が土足で踏み入って」


「お気になさらないで。お願いしてるのはこちらですから」

 衛兵を巡回の為に下がらせ、マリアは備え付けの豪奢な椅子へ腰掛ける。その隣に、メイドが箱を置いて控える。他のメイドは、王笏や羽織を抱え、待機している。


 箱だけを先にマリアの横へ。扱いが違う上、王家の紋章が彫られていて、一目でそれと分かる。


「それが国宝ですか?」

「ええ。身に付けないといけないのがちょっと面倒なんだけどね。もっと国民が気軽に見られれば良いのに」

「なりません、陛下」

「冗談よ、うるさいわね。貴方は貴方の仕事をなさい。私は大丈夫だから」

「はっ」


 側近が一礼し、マリアの後ろへ一歩下がった。側近ともなれば、懐刀だ。どれ程の実力かと思案していると、脇腹を小突かれた。

 横目で見れば、ルルが何やら思いついたような笑みを浮かべていた。良からぬ事と顔に書いている。


「ねえ、ロヴロ」

「駄目」

「まだ何も言ってないでしょうが!」

「はあ。一応聞くよ」


 水を向けると、ルルは嬉しそうな笑顔を作った。

「折角だし、国宝とか見せてもらえないかなって」

「ほら、そんな事良い訳……」


「良いわよ。どうせすぐ付けるから」

「やった!ありがとうございます!」


 本当に物怖じしないというか、遠慮がないというか、ルルは無邪気にマリアへと駆け寄った。

 きっと気を遣った訳ではないのだろうが、申し訳なくなってしまう。


「すみません。勝手な事ばかり」

「良いのよ。こんなにはっきりと興味を示してくれる人は、城内にはあんまりいないし」


 それは、普段は宝物庫かどこかに厳重に保管されているからでは?そもそも、そんな物をおいそれと見せて欲しいというのは、憚られる筈だ。細かい事を気にしない者が目の前にいるだけで。


「自分に素直な所は、見習うべきなのかな」

「なんか含みがあるように聞こえるんだけど。じゃああんたは見なくていいのね?」


「……見たいです」

「ほら、人のこと言えないじゃない。大人ぶっちゃって」

「ルルから見れば大体の人間は……」

「何か言った?」

「ごめんなさい。拳を下ろしてください」

「よろしい」


「ふふっ。仲良しね」

「そうですか?」


 じゃれ合いを眺めながら、マリアは箱を開ける。一瞬、魔法陣の光が放たれたので、何か仕組みがあるのだろう。


 だがそれも、蓋の隙間から溢れた眩い光にすぐ掻き消された。

 目が慣れた頃には、煌々と輝く蒼い宝石のネックレスが、マリアの手に握られていた。


 思わず吸い込まれそうな、深い青。藍色に近い。

 何よりもその煌めきは、他の何とも例えられない、異彩を放っていた。

 滅多にお目にかかれないのも当然。審美眼などなくとも、不思議とそう思える。


「綺麗……」

 うっとりしたルルの声が、全てを代弁していた。


「そうね。でも、だからこそ身に付けて良いものか、考えちゃうわ」

「大丈夫です!陛下綺麗だし凄く似合うと思います!」

「あら嬉しいわ。ありがとう」


 興奮気味なルルを落ち着かせてから、宝石をもう一度見遣る。

 目が慣れてから見れば、金縁と宝石の接合部がうっすらとひび割れて見える。


 その模様の刻まれ方は、流石に見逃さなかった。


「それは、魔法陣ですか?」

「ええ。良く分かったわね」

 マリアは驚いた顔をして、細い指で縁をなぞった。


「これは蒼星石って呼ばれている、一種の魔法石なのよ。人の強い想いが反映され、呼応すれば魔法陣が発動する。ていうのが、学者の方々の見解みたいなの」

「見解、ですか。曖昧な表現をするということは、その魔法は……」

「ええ、まだ誰も見た者はいないわ」


 言いながら、手元に目を落とす。その表情は、心なしか物憂げだった。

「私はなんだか、そこに故人の想いが込められている気がするの。何かを、誰かに伝えたいけれど届かない。そんな歯痒さを感じてしまう」


 過去を想起するように、マリアは瞳を閉じた。瞼の裏に映るのは誰か、それは俺には知る由もない。

 ただ何故か、マリアの顔に胸を締め付けられる気がした。


 それを紛らわせるように、下手に冗談めかして切り出した。


「ですが、その宝石はずっと前からあったのですよね?仮に何か分かっても、伝えたい相手も亡くなっているのでは?」


「ふふ、随分現実的なのね。でもだからこそ、私が拾える声は拾いたいの。それが、あの人との約束だから」


 女王然とした表情に、つい魅入ってしまう。そしてそれは、ルルもノクトも同じだった。

 息をするのを忘れたような沈黙を破ったのは、夜襲の合図にも似た、金管楽器の音だった。

 それを契機に、側近がマリアの隣へと立ち、耳打ちをした。


「陛下、お時間でございます」

「ふふっ、お話はここまでね。ちゃんとお仕事しないと」

 さっとネックレスを着けたマリアは、続けてメイドが持っていた王笏を掴み、コートを羽織ってバルコニーへと歩み出た。


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