63警備の前に
疑問や不安をどれだけ抱えても、時間というのは平等に流れてしまうもので、その日はあっという間にやってきた。
明朝から馬車が行き交い、街の人達は既に慌ただしく動いていた。
大通りは屋台やテントが並び、物も人もそこら中を飛び交っている。
ごった返す人混みには、着飾った貴族らしき者達も混じっていた。純粋に祭りを楽しんでいるのか、それとも、警備の一環なのか。
城内の窓から眺める風景は壮観で、こんな状況でなければ楽しめたのにと、少し気が重くなる。
そんな心境など御構い無しに、冒険者や魔術師が忙しなく動き回っている。祭りとは正反対の、殺伐とした空気。
暗殺の重圧を一身に受ける女王から頼まれたお願いを遂行する為に、わざわざ一室の前で陣取っているのだが……。
「遅いな」と呟きかけた時、目の前の扉が開いた。普段の制服とは違う、余所行きの服に身を包んだエミリーが顔を出す。予想外に人が待っていたせいか、大きな瞳が驚きで一層大きく見開かれた。
「え?ブラッドさん?」
「おはよう。シャルロット」
「お、おはようございます。いえ、そうではなくて」
急な来訪に、エミリーは困惑を隠せない。しかしそれも一瞬のことで、直ぐに別の感情が上塗りしてしまう。
小綺麗な服に身を包んでいるというのに、エミリーの表情は浮かない。普段と違う人間が、硬い表情で城内を行き来していれば当然だろう。
「どうして、ここに?」
「ちょっと、野暮用があってね」
「野暮用……ですか」
訝しみ、口を噤むが、その場を離れようとしない。彼女の次の言葉は、何となく予想出来る。
「ブラッドさん。聞いても良いでしょうか?」
「駄目。口止めされてるからね」
「うっ、そうですよね」
言うと、エミリーはしゅんと項垂れた。マリアは家臣達に箝口令を敷いている。エミリーに心配させまいという気遣いだと、衛兵達も言っていた。
女王の心根は理解できるが、当の本人からすれば気持ち悪いに違いない。
「別に、意地悪で言ってるわけじゃないから。それに、今日で終わるはずだから」
「それは、今日に何かあるということですか!?お母様の身に危険が?」
「あっいや、えっと……」
慰めるつもりが、逆効果だったようだ。ぐっと顔を近づけ、詰問してくる。その表情に、ふと以前の記憶が蘇る。
「前も、そんな顔をしてたな」
「え?」
「コカトリスの森での、別れ際。あの時点ではまだ、敵が地下にいるかは分からなかったのに、随分深刻そうな顔をしたからさ」
あの時に感じた違和感を素直に口にすれば、エミリーの意識が少し、母親から逸れた気がした。
「何か、嫌な予感でもあったのか?」
「それは……どうなんでしょう?」
エミリーは自分の記憶の糸を手繰り寄せるように、少し目を細める。
「分かりません。でも、もしかしたらそうなのかもしれません。幼い頃の記憶ですし、定かではありませんけど。でも、どこか似ていた気がしたんです」
「何に?」
「……お父様が、亡くなられた時に」
「前国王の。そういえば詳しくは聞かなかったな」
「私も聞いただけですが、王都から遠く離れた辺境への遠征で、亡くなられたんです。何故かあの時、その記憶が脳裏を過って……」
もし今回もそうだとしたら……。
消え入りそうな声を掻き消すように、言葉を被せた。
「それなら大丈夫だよ。結局、俺もモネさんも、生きて戻っただろう?」
犠牲になった子供が浮かぶが、敢えてそれには触れない。
「今回だってそうだ。あの時よりも多くの手練れの人達が動いている。皆、きっと役目を果たすから。だから、そう暗い顔をしないで」
いざとなれば……。
口にはしない代わりに、俯く彼女の隣へ並び、背を軽く叩いた。
「ほら、今日はお祭りなんだから、楽しんでおいで。折角のお洒落が台無しだ」
「……分かりました。どうか、お母様を宜しくお願いしますね、ブラッドさん」
「ああ、任されたよ」
納得した訳もないだろうが、エミリーのことだ。自分は外にいる方が賢明、そう理解しているに違いない。
頭を下げ、階下へと向かう背中を見つめる。防護の為の魔法陣を込めたと気付いたかは分からないが、一先ず役目は終わった、のだろうか。
「あれで安心させられていれば良いけど」
「出来たんじゃない?」
「うわっ!」
当たり前のように背後から投げられた声に、肩が跳ねた。恨めしげなこちらの視線を、ルルはなんともないと流した。
「何よ、人をお化けみたいに」
「盗み聞きしないでくれない?気配まで消して」
「馬鹿ね。気配出してたら盗み聞きにならないでしょう?」
「何を堂々と……」
呆れて物も言えぬ俺に構わず、脇腹を小突いてくる。
「それにしても、あんたも隅に置けないわねえ。あんな可愛い子とイチャイチャして」
「何それ。魔族の冗談?」
そんなに色恋沙汰にうるさい印象はなかったが、今のニヤついた表情は、噂話が大好きな町娘のそれだ。
「別に隠さなくても良いじゃない。鼻の下伸びてたわよ」
「え?嘘……」
言ってから、しまったと思った。ルルのしてやったりという笑みが深くなり、弾けるように笑った。
「ぷっ……あははは!!」
「今度は何だよ」
「可笑しいから笑っただけよ。あんたもそんな年頃の顔、出来たんだなって」
「それは、まだ子供だし」
「そういう意味じゃないって」
バシバシと肩を乱暴に叩いてくるが、本人に悪気はないから質が悪い。
「あんたが塞ぎ込んでた時は、本当に酷い顔だったからね。魔術を覚えたら私と魔獣を狩りに行って、ご飯食べて寝て、その繰り返しだったもの」
「……まあ、それ以外に出来ることはなかったからね」
「それなら、それ以外が増えた事を喜びなさい。どうせ卑屈な考えになるんでしょうけど」
「一言多いなあ、相変わらず」
「あんたは何でも重く捉え過ぎなのよ」
あっけらかんとしたものだ。
魔族は狩られなければ、殆ど寿命で死ぬ事はない。
故に、死生観が人間のそれとはかなり異なる。
思えば、ルルのこういう面には助けられていたのだ。
彼女は俺が何時死のうと、きっと送り出してくれるだろう。
呪いによる死すらも、彼女はそんなものと済ませてくれる。不思議とそう思えるのだ。
無論、むざむざ死ぬ様を、指を咥えて見ている筈もないけれど。死ぬまで足掻くのも、あっさりと死を受け入れるのも、どちらもルルらしい気がする。
「何よ、人の顔をジロジロ見て。あの子にぶつけられなかった情欲を私に、とかは無しよ。まあ、師匠としてそういうのはやぶさかじゃないけど」
「ルルの慎ましいモノに向けてもね」
「ふん!ふん!!」
「ゔぐっ!」
先にふざけたのはそっちだというのに、二発はやりすぎである。
「こんな時にその調子とは、頼もしいというかなんというか……」
「あ、ノクトさん。お疲れ様です」
「ああ、本当にな」
まだ何もしていないのに、ノクトの顔には疲労が滲んでいる。
「あの、大丈夫ですか?『ヒール』でもかけます?」
「いや、良い。ちょっと魔力消費が多かっただけだ。全く、ここに配置されるとなってから、ぶっ通しで働かされてるからな。良いなあ、街のガキ共は女と好き勝手遊べて」
「本音が漏れてるわよ。黙っていればモテるのに」
「顔で寄ってきた女なんて信用できるか」
「その性格を知って離れていく子もいたわね」
「ならその程度の奴なんだろうよ。面食いより嫌だね」
「どうしろってのよ」
ギルドマスターのフリをして立ち合いをした時とは随分と印象が変わってしまった。もっと、憮然とした魔術師かと思っていたのだが。
「なんか、ノクトさんって、こう……」
「はっきり言っていいわよ、残念って」
「ほう。酷い言い草だ。教師なんて立場で王女に近づける奴からすれば、俺は残念だろうよ」
「いやいや!言ってないですから!ていうか、そんな風に見てたんですか?」
「当たり前だ!あー、働きたくねえ。俺も城の女中の近くとかに配置されたかった」
「ええ……」
「まあ、こんな奴だけど、魔法は便利だから重宝されてるわ。適当に利用してやりなさい」
「ふざけんな。俺は魔力少ねえんだぞ。もっと労われ」
思っていたよりも強烈な、というか明け透けな性格に、混乱を隠しきれない。しかし緩んだ空気は今だけである。直に、問題の時間が訪れるかも知れないのだと、静かに緊張の糸を張った。




