62本物
「ほう、気付いていたか」
「ええ、まあなんとなく」
驚きと安堵の混じった息を漏らしながら、ノクトが笑う。
「参考までに、どの辺りで勘付いていた?」
「ええっと、正直に言うと、最初からおかしいな、と。なんだか溢れる魔力が、その……失礼ですが、長というにはこう、少ないように見えたと言いますか……」
思えば、それがギルドに足を踏み入れた時に感じた、最初の違和感だった。
まだ新しい記憶が脳裏に蘇る。
そう、ギルドで長と呼ばれるのなら、目の前の男よりむしろーー。
「入り口で呑んだくれていたお爺さんの方が、魔力というか、活力に満ちていた気がしたんです。高名な魔術師なのかなと思ったんですけど」
「ほっほっ。こりゃあ嬉しいことを言ってくれるのう」
声の方を振り返ると、今しがた降りて来た階段から、小躍りしながら老人が駆け寄ってくる。俺と、ルルもついでとばかりに背中をバシバシと叩かれ、物凄く嫌そうに顔をしかめた。
「酒臭いのよ、爺!」
「つれないのう、ルルちゃん」
距離を取ったルルは、隠す気もなく大きな溜め息を吐いた。
「全く。毎回、新参者が来る度にあんな小芝居して。付き合わされる身にもなってよ」
「ああ、だから急に固まったのか。まだ嘘が下手なんだね、ルル」
「あんたも調子に乗らない!」
「はーい」
まさか、そんな理由だったとは。この場合、悪いのはこのギルド長の方だろうが、張本人はご満悦のようで、快活に笑っている。
「いやはや、それにしても大した童じゃ。のう、ノクトや」
「だから俺には荷が重いと言ったんですけどね」
厳かさを装っていた気配が消え、うんざりとした表情を作った。
「殺傷力の高い黒魔術とか、平気で撃ってきたらどうしようかと思いましたよ」
「俺、そんなイメージだったんですか?」
「まあ、ルルの弟子だし」
「ルルちゃんの弟子じゃからなぁ」
「ねえ!私ここにいるんだけど!」
先程までの圧が去っていくような、気の抜けるやり取り。
その光景を見て笑みを零したのは、フードの女だった。
「ギルド長。そろそろ」
聞き覚えのある、穏やかな声。だが思い出す暇はなかった。
「おお、そうじゃった。立ち話もなんじゃ、付いて来てくれ。美味い菓子があるんじゃ」
「えっ!?いや、俺の合否は?」
「ああ、合格合格」
「軽っ!ちょ、ちょっと!」
●
「さて、改めて自己紹介といこうか。儂はシャウド・ハウゼン。ここの長をしとる」
「ロヴロ・ブラッドといいます。今回は、師匠の我が儘を聞いて頂いたようで、ご迷惑をおかけしました」
「うむ、しっかりしておるのう」
茶菓子と飲み物を、フードの女がテーブルに置く。そして俺の後ろ、扉の方へ下がったのと入れ替わりで、ルルから苦言が飛ぶ。
「我が儘って何よ!女王陛下の命令だったじゃない!」
「この破裂クッキーでもどうじゃ?なかなかイケるぞ」
「頂きます」
「和むな!もう、早く本題に入って!」
ルルが糾弾すると、シャウドはカラカラと笑って手を振る。すっかり酒気が抜けているように見えるあたり、本当はさして酔っ払っていなかったのだろうか。
「さて、本題も何も、合格は最初から決めていたしのう」
「そうなんですか?新参者は信用がないと聞いていたんですが……」
「信用なら十分じゃろう。学院からの評価も良く、ナイトミストを単独撃破。何より、予告状を送りつけた組織の人間と戦い、顔を見ている。護衛する者として、これほど適任もおらんじゃろう」
「でも、それすら演技という可能性は?」
「いやあ、それはなかろう。君が奴らの仲間なら、予告状なしに暗殺できるじゃろう。城に入った事もあったんじゃから」
それは確かに、一理ある。しかし最初から疑っていたのなら、別の疑問が湧く。
「信用して頂けるのはありがたいですが、それなら立ち合いはいらなかったのでは?」
「いやいや、あれだけでも色々見えるものもあるんじゃよ」
真面目な顔を繕い、シャウドがこちらを見つめる。
「特に、あの粘土の魔術。下手に範囲攻撃を仕掛けて周囲を巻き込まず、且つ相手の技の死角を突くのが狙いじゃろう。その為に、ノクトの位置を誘導しとったし、判断も早く、自分の身を危険に晒す度胸もある。良い立ち回りじゃった」
「誘いに乗ってあげたんですよ。わざわざ吊り天井も用意したんですから」
「その割には危なかったんじゃないかしら?最初は不意打ちだし、ついでに私も避けれたし」
「あんなもので仕留められれば、お前の評判も容易に落とせたんだがな」
「あ?」
ルルの顔を見ずとも、ノクトに刺すような視線を向けているのが分かる。こちらまで冷や汗が出る殺気、ルルは本当に馴染めているのだろうか。
「まあまあ。そこはルルちゃんの教え方が良かった、でええじゃないか。寧ろ、話しておきたいのはここからじゃ」
ルルが本気でキレる前に、シャウドが話を戻してくれる。
「もう聞いておるかも知れんが、当日は王城と城下に警備を派遣する。二人は城中の近衛兵と行動を共にし、内側から護ってもらいたい」
仕事の話に、ルルも背筋を伸ばした。近衛兵と共に警護、妥当な判断なのかも知れないが、どうしても違和感がある。
勿論、最悪を想定しているのだろうが、まるで、城の中に侵入される事を前提としているようにも聞こえる。
「如何に暗殺といえど、警備のいる城に入り込むなんて芸当が出来るんですかね?結界の陣くらい……」
「あるにはあるが、それなりに力があれば、破るのは可能じゃろうからなあ」
存外、はっきりと言い切るものだ。シャウドには出来る自信故か、そしてその実力を驕らないからこその懸念か。
「お前達三人は、言わば最後の砦として護衛してもらう。人数は少ないが、心配なかろう。大所帯にして戦い難くなっても良くないからのう」
「聞けば聞くほど、俺では役不足な気がするんですけど」
「なあに、心配はいらんよ。何かあれば、ルルちゃんとノクトに面倒を押し付ければ良い。大抵の事は解決してくれるからのう」
「ふふん!」
「また適当を……」
自慢げなルルと、うんざりしたノクトを、シャウドは可笑しそうに笑った。
「まあそう気を揉まんでも良い。いざとなれば、儂だって出張るからの」
ギルド長の魔術。それは見てみたい気もするが、出張られる事態になるのは困る。
「他に聞きたい事はあるかの?」
「別にないわ」
ルルの返答は簡素なものだった。ノクトも面倒そうにはしていたが、それでも仕事は仕事と割り切っているのか、整理はついているらしい。
「それにしても、女王陛下はどうして俺に依頼を?こんな子供で、ギルドの人間でもないのに……」
尋ねようとして、後ろから腕を回された。後頭部に当たる柔らかい感触、鼻をくすぐる甘い香り。首を巡らせれば、控えていたフードの女が、俺の頭を抱き抱えるように密着していた。
「えっと、これはどういう……」
悪戯な笑みが口元に浮かべると、女が勿体ぶってフードを取った。
「久しぶり〜、ロヴロ君」
「へ、陛下!?どうしてここに……」
「もう、マリアさんで良いって言ったのに」
「いや、それは流石に。それよりも説明を……あの、話聞いてます?」
驚いて目を見開いている俺を置いて、マリアは執拗に頭を撫でてくる。理解が追いついていないのはルルも同じのようで、その光景に固まっていた。
「はあ〜、やっぱり可愛い。ホント癒されるわあ」
「ゴホン。もうその辺で良いかの、陛下?」
「ああ、ごめんなさい。この子が可愛くてつい」
「危ないですよ。陛下一人で出歩くのは」
「あら〜、心配してくれるの?でも大丈夫、ちゃんと護衛もいるから。それに変装もしてるし、完璧でしょう?」
腕が離れたかと思えば、得意げにその場でくるりと回る。フードを被るだけで変装になれば、誰も苦労はしない。
「それより、質問に答えないとね。わざわざ君に依頼した理由」
「お願いします」
「ふふ、大した事じゃないのよ」
聞くと、揶揄っていた表情が、温かい笑みへと変わる。
慈愛の籠った声音がやけに耳に残った。




