61ギルドへ
ルルに連れられ、王都から離れた建物へと赴いた。王城より国の関所近くに位置していて、国に入った者がすぐに気づけるよう建てられているのだと、説明された。
冒険者ギルドと聞くと、どこか寂れた印象を抱いていたが、そんな事はなかった。
酒場と、簡易の宿泊場を併設された大きな建造物は、街並みの中でも一際目立つ。
「どうよ、なかなか立派な所でしょう?」
「なんでルルが得意げなの?」
「そういう事言うなら、一人で行かせても良いけど?」
「悪かったよ」
適当にあしらいつつ、建物の中へ。
緊張の面持ちで扉を潜れば、王都の商人達に引けを取らない喧騒がそこにはあった。
ある所では冒険者らしき鎧を纏った男が、依頼達成の金貨袋の中身を数え、別のテーブルでは一党が装備を検めている。
掲示板には何枚もの依頼書が独りでに飛び交い、受付との間を舞っている。
ぼうっと眺めていると、ローブを着た冒険者が隣を通り過ぎていく。
足を止める事すら憚られるような忙しなさと活気にあてられ、つい声が漏れる。
「凄い」
「ふふん、そうでしょう?私も初めて来た時は舞い上がってたわ」
「それいつの話?」
「三十年くらい前かしら」
懐かしむように周囲を眺める横顔に、嘘は感じない。当時がどんな様子だったか、目に浮かぶようだ。
しかし、三十年前かーー。
「どうしたのよ、じっとこっちを見て」
「ん?ルルって何歳なのかなって」
「え〜、何よいきなり。そんなに若く見えるの?」
「いや、ざっと百歳くらい……」
「ふん!」
「ゔっ!!」
不意打ちの正拳突きは、諸に効くからやめて欲しい。
「ほっほっ。相変わらずじゃなあ、ルルちゃんや」
「誰よ!」
鼻息の荒いルルが、声の方をキッと睨みつける。視線の先には、丸椅子に腰掛けた赤ら顔の老人が、酒瓶を豪快に呷っていた。まだ真っ昼間だというのに。
「はあ、またやってるのね」
「ヒック。止められんよ、こいつは」
「えっと、知り合い?」
「ええ、まあね……ほら、馬鹿な事してないで行くわよ!」
馬鹿な事をしてきたのはルルなのだが……。そんな非難の目には気付かずに、ルルはさっさと奥へ歩き出した。
老人に頭を下げ、急に大人しくなったルルを追う。
受付へと足を運べば、礼儀正しい受付嬢の一人が、にっこりと微笑んだ。黒髪を結い上げ、背筋をまっすぐに伸ばした出で立ちは、冒険者の受付とは思えぬ程に、気品に溢れていた。
「お疲れ様です、ルルさん」
「別にまだ何もしてないわ、シレイラ」
「すみません。冒険者の方への労いと、挨拶みたいなものですから」
シレイラと呼ばれた女性の視線が、俺を捉える。柔和な笑みを向けられ、会釈を返すと、得心したように頷いた。
落ち着き払った声をほんの少し落とし、ルルに小声で話し掛ける。
「もしかして彼が?」
「ええ、話は通ってると思うんだけど」
「はい、奥へどうぞ。ギルド長がお待ちしております」
「ん、ありがとう」
話の終わりに、シレイラがまた深く頭を下げた。人混みをかき分けて奥へと進む。
「ほら、こっちよ」
そう示した先は、一枚の木の扉。行き先は宿舎でも酒場でもなさそうだ。
扉を開いた先は、地下へと続いていた。
薄暗く長い螺旋階段を、壁に灯された灯りを頼りに降りていく。一番下にはまた一枚の扉。ゆっくりと押し開ければ、視界に光が溢れた。
そこに広がっていたのは、訓練場のような広間。
立ち会いや模擬戦でもしたような傷跡が、部屋のそこかしこに刻まれている。
そんな部屋の中央に立つ人影が二つ。コートを羽織った男と、ローブを深く被った者。体のラインを見れば女らしいが、フードを目深にかぶったせいで顔は分からない。何か話し合っていたようだが、内容は聞き取れなかった。
品定めと威圧を孕んだ鋭い眼光を、男が向ける。ローブの女は頭を下げ、数歩下がった。
「ご苦労、ルル」
「お望み通り連れてきたわ。早く終わらせてくれる?」
短い、というより、淡々としたやり取り。ルルの態度の変化が何に起因しているかは分からないが、推察する暇はない。男が歩み寄ってきたので思考を切り替える。
肩口まで伸びた銀髪を乱暴に撫でつけ、顔を覗き込んでくる。
「お前がブラッドか」
「はい」
「歳は?」
「十六です」
さして驚く風でもなく、男はルルの方を睨みつける。
「おい、本当にこいつがお前を負かした弟子なのか?」
「負けてないわ!それと弟子じゃなくて、一番弟子よ!間違えないで!」
「お前、他に弟子がいたか?」
「…………チッ!」
険悪だ。それに、舌打ちはまずいだろう。
「まあ良い。ブラッド。さっきの手紙は読んだか?」
「はい」
「そうか。なら話は早い」
声が厳かなものになる。何を言われるかは分かっている。
「如何に女王陛下の書簡とは言え、ここはギルドだ。冒険者として通すべき道理があり、それには信用が不可欠だ。そしてそのどちらも、まだお前から見せてもらっていない」
無言で頷き、続く言葉を待つ。
「護衛対象は一国の主。失敗しましたでは済まされない。半端な気持ちでいるなら、依頼を受けるのはお勧めしない。別に断っても、誰も咎める者もいない。その上で、今一度聞く。それでもお前は、この依頼を受けるのか?」
余所者である俺が信用を勝ち取り、女王を守り抜く覚悟があるのかと、そう問いたいのだ。だがこちらの返答は、ここを訪れた時点で決まっていた。
「受けます」
「……なら、証明しろ。その覚悟に値する力を」
魔力が微かに感じられる。
敏感に察知し、飛び退く。誰もいない、横の壁から矢が射抜かれ、体を掠める。
飛び退くのを待ち受けていたように、鎖が鳴る。そして着地点の天井が、支えを失って迫ってくる。
吊り天井か!
地面にすかさず魔法陣を形成、石柱を何本も立て、圧死を避ける。
次いで懐に飛び込んでくる殺気に剣を抜き打つと、相手の得物が赤剣に食い込んだ。
どこから出したのか、太刀の曲がった、独特な剣が二本。空いた一太刀が、首を狙ってくる。
「ノクト、あんたねえ!」
「黙ってろ!!」
ルルを一喝し、凄みが増す。追撃が来るがしかし、切っ先は首の皮一枚で止まった。
そして数秒、視線が交差する。息遣いだけが響く静寂を破ったのは、ノクトと呼ばれた男の方だった。
得物が、するりと首を離れていく。脱力したように、ククリ刀を首から離した。
「命拾いしたな、お互いに。お前も、早くそれを解いてくれないか?」
こちらの意図に気付き、乱れた髪を掻き上げる。石柱の死角に隠した魔法陣を解く。
丁度ノクトの側頭部へと、粘土のような鈍い刃が伸びている。
「髪で視界が塞がれる瞬間に発動させたな。それも死にかける刹那に。不意打ちにも手慣れているようだし、話に聞いていたより、頭のネジが飛んだ奴だ」
「最近、そういう手合いに酷くしごかれたので」
「あんた!私にまで攻撃する事ないでしょうが!!」
剣を鞘に納めるより早く、ルルの怒号が響く。胸ぐらを掴む勢いに、ノクトも後ずさっている。
「お前がたまたま射線にいたんだ。何を仕掛けるかまで、いちいち説明するかよ」
「一発殴っていいかしら!?」
口ぶりから察するに、ルルは事情を察していたのだろう。ならばまだ、問うべき事がありそうだ。
「なんか盛り上がってるけど、まだ何か言ってないことあるよね、ルル」
問いかけると、小さい肩がびくりと跳ねた。まさか矛先が向くと思っていなかったのか、しまったという顔でこちらを振り向く。
「な、何がよ。私が何か誤魔化してるっていうの?」
「だって、なんかここに来てからおかしいし。それに……」
内容が少し憚られる気がしたので、小声で耳打ちをする。
「ルル。この人のこと、名前で呼んでるよね。俺の前では爺って呼ぶのに」
「あっ……」
目上への呼び方を気にするタイプではない。第一、ノクトはそこまで老人には見えない。ならどうしてなのか、考えられる理由は一つしかなかった。
改めて、ノクトへと向き直る。
「それで、本当のギルド長はどちらに?」




