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60街の気配

 『ワープ』の移動で普段は気づかなかったが、王都の中が違った一面を見せるようになっていた。活気があるのはいつもの事ではあるが、それでも人々の表情は、いつにも増して活き活きとして見える。


 耳を澄ませば、戴冠の儀が待ち遠しいという声がチラホラと聞こえ、街全体が祝福しているような空気が漂っている。

 まさか、暗殺の話が出ているとは思っていないのだろう。


「ところで、戴冠の儀って具体的に何をするの?」

「王が変わる時には、名前の通り戴冠をして、即位を知らしめるの。新しい王は、それを以って初めて王と認めてもらえるってとこかしらね」


「王が変わらない時は?」

「特に変わったことはしないわよ。今なら女王陛下が国宝を身に着けて、人々の前に姿を現して口上を述べるくらい。後は本当にただのお祭りよ。ほら、あんな風に」


 ルルが指で示した先には、既に露店が幾つか建っている。これから組み上がる露店や屋台、出し物があるのか、骨組みだけの部分もある。きっと中央通りは、店が多く並ぶのだろう。


「まあ、遠目に国宝や女王が見られるってこと以外は、ただ飲み食いして終わりだからね。最後に打ち上がる花火は、結構綺麗なのよ」

「へえ……」


「何よ、興味無さそうね?」

「ルル、どこ見て説明してる?」

「え?」


 言及して初めて、視線をこちらへと戻した。今にも涎が溢れ出しそうな顔で。

 遅れて、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


 その原因は、一足先に組まれた屋台の一つ。

 店の前の人だかりを見るに、売れ行きは上々に思えたが、今はそれより。


 真面目な話をしてる最中にと、呆れたような息が漏れてしまう。視線が合うと、ルルは慌てて弁明を始めた。


「な、なによその顔は?お腹空いたんだから仕方ないでしょう?」

「いや、別に悪いとは言ってないよ」


 カッと頰が赤くなり、捲し立てる。過去に、それが図星を突かれた時に出る癖だと指摘した事を、彼女は忘れているのだろうか。

 なんだか、肩の力が抜けるような思いだった。


「今日が問題の日じゃないんだから、良いんじゃない?」

「なら、その食いしん坊を見るような目を止めて!」

「言いがかりだよ」


 そんなに目くじらを立ててはいないつもりだが、ルルはバツが悪そうに帽子を深く被ってしまう。


「と、とにかく!あんたも付き合いなさい!視察……そう、これも視察の一環なんだから!!」

「何度も聞いたよ」


 それらしい理由をしつこい程述べてから、ルルは俺の手を引いて町の大通りへ駆け出した。





 歩き回り、どれくらいだろうか。あまり時間は経っていない筈だが、目まぐるしくてそんな風には思えなかった。


 噴水広場の片隅で腰を下ろし、自分の手元に目を落とす。ルルに引き摺り回されて得た戦利品(本人曰く)に、つい気が滅入ってしまう。


「これ、いくらなんでも買いすぎじゃない?」

「別に普通よ。食べきれなかったらロヴロが食べるし」

「勘弁して」


 随分と好き勝手に買ったものである。

 拳大の肉が刺された串焼き、クリームがふんだんに盛られた、甘そうなクレープや飲み物。他にもあるが、見ているだけで胸焼けがしてきそうだった。


 両手で持っていても溢れそうな量を前に、ルルの表情は花が咲いたようだ。

 この華奢な体に、本当に収まるのだろうか。


 横目で見ているこちらを気にもせず、携帯用の炎石で焼かれた、球体状の粉物を平らげる。


「んー、美味しい!あんたも何か食べれば?折角私が奢ってあげたのに」

「さっき肉を食べたよ」


「駄目よ!男なんだから、もっとちゃんと食べる!ほら、口開けなさい」

「分かった。分かったから、口に押し込もうとしないで」


 差し出された物を観念して頬張った瞬間、口の中全体が甘ったるくなった。

 砂糖菓子を冷やし固めたものらしいが、どうにも甘すぎて好きにはなれない。


「ふふん。どう?美味しい?」

「ウン、オイシイ……」

「あんた、本当に嘘が下手ね」


 俺がちびちびと菓子を食べている間に、ルルは買った食材の殆どを平らげてしまった。気持ち良いほどの食いっぷりである。


 本人はすっかり忘れているようだが、視察という名目を差し引いても、のんびりとした時間が流れていく。

 当然と言えば当然だが、広場を行き交う人を、何とはなしに眺めるくらいしかやることが無い。


 子供が無邪気に走り回り、通りを行商人の馬車が忙しなく進んでいく。

 もし仮に、女王の暗殺が行われたとして、万が一それが遂げられてしまえば、この風景は暗く沈んでしまうのだろう。


 それに、もし母親が亡くなったら、エミリーはどうなってしまうのか。


 そう思うと、自然と表情が険しくなってしまう。安請け合いして良い仕事ではなかったのではないかと、遅れて不安が込み上げてくる。眉根が寄ってしまっていた額に、小突かれたような痛みが走った。


「痛てっ!ちょっと、ルル!!」

「私は何もしてないわよ〜」

「いや、そんな筈……ッ!!」


 顔を上げた視界に飛び込んだ物を見て、言葉を失った。ガラス玉のような球体が、陽の光を受けて煌めいていた。どう見ても飴細工のそれには、昆虫のような薄い羽が生え、尚もコツコツと額にぶつかってくる。


「痛い!これ一体なんなんだ!?」

「飛蜂飴よ。袋から出したらすぐに食べないと、飛んで襲ってくるの」

「なんでそんな物騒な……ああもう、鬱陶しい!」

「刺激を与えると甘くなる。そういう蜂蜜が混ぜてるんだってさ」


 説明を聞く前に、『スロー』で動きを鈍くして口に放り込む。ほんの少しの怒りを込めて、ガリガリと噛み砕くと、見た目に反して上品な甘さが口に広がった。


「美味いけど、攻撃してこなくて良いだろうに」

「ロヴロ」

「なに?」


 問えば、ルルは可笑しそうに前方を指差した。離れたところで遊んでいた子供達が、こっちを見てクスクスと笑っている。

 自分よりも歳上の男が、飴に翻弄されている姿が面白かったのだ。見世物にされたようで気恥ずかしくなってきた。


「ふふっ。こんなのに弄ばれるようじゃ、まだまだお子様ね」

「口にクリームつけながら言われてもね」

「えっ!?早く言いなさいよ、バカ!」

 慌てて口を拭ったルルは、キッと睨みつけてくる。


 他愛のないやり取りで時間が過ぎていく。こんな状況で出来るのは、腹ごなしも兼ねて街を歩くくらいだろう。


 通りを歩きながら四方を見た限りでは、これといった違和感は感じられなかった。何かあれば、水面下で何か仕込まれていると考えるのが妥当だろうが、ここまで何もないというのも気持ち悪い。


 しかし、人であれば、後ろ暗そうな者達は目にした。風体はならず者ではあるが、溢れんばかりの魔力を纏う者もいた。

 邪な輩が紛れ込んでいるのか、それともギルドの者が人員を割いているのか、それは分からない。


「そんなに気を張らなくて良いわよ。あんたは私が守ってあげるから」

「いや、俺を守ってどうするの?」

「ふふ、だってあんた……!!」

 軽口を叩くルルの足が止まる。釣られて俺も足を止める。


「どうしたの?」

「何か来るわ」


 言うが早いか、低空飛行した鳥が風を切りながら顔の横を通過していった。そして一鳴きしてから、何かを落とす。

 ルルは特に驚きもせずにそれを受け取った。手の中で、一枚の紙がヒラヒラと揺れている。


「手紙?」

「ええ。あの梟はギルドからね」


 封を破り、手紙の内容に目を通す。そして小さく舌打ちをして、手紙をこっちに投げ渡した。


「俺が読んで良いの?」

「良いわよ。ていうか、あんたを連れて来いって内容だし」

「え、どうして?」

「顔を見ておきたいんでしょう。あんた、冒険者じゃないし」


 手紙に目を通すと、確かに招集命令だった。ギルドの仕事に混じるのだから、考えてみれば当然の流れだが、急な展開に身構えてしまう。


「あんまり重く考えないで良いわよ。実力が見たいだけじゃない?」

「でもこれ、至急って書いてあるけど」

「そうね。面倒だけど、今から行きましょうか。あーあ、折角の休みなのに。でも拒否したらこっちの立場が悪くなるし、もう」


 うーうーと唸っていたが、やがて自分の思っていた予定より早まっただけと、ルルは観念したようだ。

 彼女は行き慣れた場に向かうだけだが、何も知らぬ所に行く身としては、急展開過ぎて頭が追いつかない。


 こんな事なら、変に食べ過ぎなければ良かった。殴られるから口には出さないが、緊張で吐きそうになってきた。


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