6エルフ
「シルバーベアーは生命力が強いのです。しっかりととどめを刺さなければ危ないんですよ」
気が付くと、シルバーベアーに追われていた人が立っていた。
いつの間にかフードを下しているので、顔を見ることが出来た。
とがった耳にくりっとした大きな目、そして綺麗な白い髪をしていた。
彼女は笑顔で続ける。
「助けていただいてありがとうございました。私はケミィ、エルフです」
やっぱりか、エルフならこの魔力も納得だ。
「俺はロヴロです。大丈夫ですか?すごい数に追われてましたけど」
「ええ、仕事の途中だったんですけどね、うっかり魔力を使い過ぎてしまいまして。回復している時に運悪く見つかっちゃったんです」
ケミィと名乗ったエルフは表情を変えずに言った。
そこで俺は疑問に思った。
「ケミィさん」
「ケミィでいいですよ」
そう言いながら、柔らかい笑顔を向けている。エルフというより聖女という感じがする。
「どうして、杖を持ってないの?」
さっきから疑問に思っていた。
当然ながら魔法陣は描くものだ。ひとりでに浮かんできたりはしない。
そのため、魔法陣も魔法も、出現させられるのは体の周りに限られるはずだ。
しかし、ケミィの魔法陣は体から随分離れたところに出現させた。
こういう魔法はすごく気になる。
「持っていません、というか使った事もありませんよ」
首を傾げるその顔は嘘をついているようには見えない。そんなことがあるのか?
「じゃあ、さっきの魔法陣ははどうやって出したの?」
「お話は後にしましょう。私の仕事は取られたようですし」
そして、俺はケミィに抱き寄せられた。
顔が赤くなったのが、自分でも分かる。
「ちょっと、何を?」
俺の言葉を気にせず、目の前に手をかざす。
すると、俺とケミィの前に魔法陣が浮かんだ。
これは、防御魔法か?
そう思った瞬間、ルルが魔法の障壁を蹴りつけた。
「うわ!」
思わず声が出た。
鬼のような形相で突っ込んでくるなよ。心臓に悪い。
ケミィが手を下ろし、魔法を解く。
「荒っぽい登場ですね」
笑顔を崩さずに挨拶をしている。
「人の連れに何してんのよ!この猫泥棒!」
「あなたがそんなスピードでこっちに向かってくるからですよ。恩人を吹き飛ばされる訳にはいきませんから」
泥棒猫の間違いじゃないのか?というか、もしかして--
「二人は知り合いなの?」
「はい」
「違うわよ!」
どっちなんだよ。
「そんな事より、出るわよ。もうここには用はないわ」
ルルが方手をあげると、シルバーベアーのボスの首があった。
さすがの戦闘能力だな、目の前で見れなかったのは残念だけど。
「これなら、あんたのお母さんも満足でしょう?」
「覚えててくれたのか。ありがとう」
魔法に夢中ですっかり忘れていた。
ケミィから強引に引きはがす様に捕まれ、ルルに担がれた。
「あら、もう行ってしまうんですか?」
投げかけられた言葉を無視して走り出す。
待って。まだ聞きたいことが...。
そう言おうとしたが、風を切って走っているルルには声が届かなかった。
「この辺でいいわね」
家の近くの池で、ようやく俺を下してくれた。
俺はその場に座り込んだ。
この魔法の後はまともに立てない。二回目で慣れるのは無理があったか。
俺は力なく抗議した。
「何するんだよ。まだ他に聞きたいことあったのに」
「何か言った?」
「何でもないです」
「よろしい」
笑顔で剣を喉元に突き付けられたら、黙るしかないじゃないか。
「それなら、直接聞いてもらって構いませんよ」
振り向くと、ケミィが横に座っていた。茶まで飲んでいる。
俺はとっさに聞いた。
「どうやってついてきたの?」
すると、俺のズボンに手を突っ込んで、何かを取り出した。
それを俺の手に乗せる。
「何これ?ただの石にしか見えないけど」
「追跡用の魔具です」
魔具とは、持ち主の魔力を通した道具の事だ。魔法が得意でない人の為に作られたらしい。刻まれた魔法陣に魔力を通せば、ある特定の効果を発揮してくれる。
こんな使い道があるとは思っていなかった。それで追われるのも面白い体験だった。
「こんなの、いつの間に...」
「抱きしめた時にポケットに入れたんです。ルルが連れていくのは分かってましたから」
ケミィが微笑みながら説明してくれた。
急に言われ、抱きしめられた感触を思い出した。顔が赤くなる。
「痛っ!」
後頭部に鈍い痛みが走った。
ルルに剣の取っ手で殴られたようだ。
「こんな奴に鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」
殴られたけど、これは俺に怒っている訳じゃなさそうだ。
「ていうか、何であんたもついてくんのよ!?」
詰め寄られても、彼女は笑顔のままだ。
「私もあなたと同じ依頼を受けたんですよ。その首を貰おうと思いまして」
シルバーベアーの首を指さした。
ルルが剣の取っ手を握り直す。
「あんた、また私から盗むつもり?」
「ふふ、冗談です。依頼を受けたのは本当ですが、手柄を横取りするのはルール違反ですから」
言っている事に矛盾がある訳でも、嘘をついている気配もないのに、ルルの様子がおかしい。
「ねえ、何でそんなにこの人を嫌うの?」
二人がこっちを向く。
ルルが剣でケミィを指す。
「こいつは、私があった中で最低のエルフよ」
「ひどい言われようです」
ここまで言われているのに、ケミィはまだニコニコしている。
温厚もここまでいくとちょっと怖い。
「で、具体的に何されたの?」
言い方から考えて、痴情のもつれってところかな。
「こいつは、こいつはねぇ、私が大事に飼っていた猫を奪っていったのよ!」
「...え?」
ルルがわなわなと震えている。冗談ではなさそうだ。
猫泥棒ってそういう事か。紛らわしい言い回しを...。
「盗んでなんていませんよ。あの子が勝手に懐いただけです」
「なによその無責任な言い方」
「元はと言えばあなたが適当な飼い方をしていたからでしょう?」
「してないわよ。たまにご飯忘れたり魔法の練習相手にしてただけじゃない。それのどこが悪いのよ」
いや、それはもうアウトだろう。
そんなやり取りを黙って聞いていることにした。
つっこみだしたらキリが無さそうだ...。