59唐突な依頼
「ほら、腕が下がってる!」
「はい!」
白刃を振り下ろしながら、ルルの檄が飛ぶ。傷を負ったと言うのに、容赦がない。
突き出された切っ先をいなして、間合いを詰めて下段に向けて剣を放つ。
軽く跳躍し、ルルは頭の上を通過した。相変わらずの身体能力である。しかし空中に身を投げた後は、降りるしかない。
着地際に剣を合わせれば、剣戟と変わらぬ威力の蹴りを浴びせてくる。
「ほら、甘い甘い!」
体勢を整える前に、懐へ飛び込む。
身体で隠しているかに見せかけた白刃の剣が、ルルの手から離れているのかが見えなければ、そのまま突っ込んでいた。
足を止めた瞬間、眼前に刃が突き立った。
跳躍してこちらの視界が外れた内に、上へと投げていたのだ。そして落下地点に蹴りで誘導する。虚を衝く為の奇策なのは分かるが……。
「殺す気か!?」
「生きてるじゃない」
「そういう問題じゃないだろ!」
「男が細かいことで文句言わない」
つい声を荒げた俺に悪びれもせず、さらりと受け流す。稽古で死ぬなんて堪ったものではない。
そんな分かりきった事を幾ら言ったところで、ルルが変わらないのはとうの昔に知っているけれど。
「それにしてもロヴロ、あんた動きが良くなったわね。赴任してから負け続きって聞いたけど、手を抜いてるの?」
「別にそんなつもりはないけど……」
「ふーん……まあいいわ。これなら、問題なさそうね」
「問題?何の?」
「あのねえ、私がただ鍛え直す為だけに来たと思う?」
「違うの?」
何か他に狙いがあるようには見えなかったが……。口にする前に、ルルはどこから取り出したのか、二枚の紙を取り出した。一枚は薄汚れた小さな紙、もう一枚は、丁寧に丸められて封をされた羊皮紙。
「何それ?」
「読んでみなさい」
先に汚れた紙を手渡してくる。目を通すと、剣呑な単語が目に入った。
「『来る戴冠の儀において、女王マリア・シャルロットを暗殺する』?何これ、脅迫状?」
「ええ。謁見の間の玉座にあったそうよ」
「誰かの悪戯、とかじゃなさそうだね」
「その線は無い、というのがギルドの見立てね」
それはそうか。悪戯の線なんて誰もが最初に思いつく。それなのに、ルルが態々自分のところへ来た。何か理由があるのだろう。
続くルルの声は、一層低い。深刻な事態を示唆するように、空気が重くなる。
「厄介な魔術教団が動いてる。そいつらがよく使う、死神の紋章が刻まれてるでしょう?」
「死神?」
言われて見直せば、隅に紋章があった。フードを被った髑髏と、それに突き刺さった巨大な鎌が二つ。不吉な紋章である事は確かだ。
「暗殺者やならず者の類とは一線を画す、危険思想の連中ってところかしら。そういう危険因子が使うエンブレムと思ってくれれば良いわ」
「所謂、闇の一党か。英雄譚にでも出てきそうな組織だね」
「空想なら良かったんだけどね。面倒な物が見つかったから、より現実味を帯びたんでしょう」
「面倒な物?」
「ええ。丁度、あんたもその場にいたわ」
「それって……」
そう言われ、背筋に冷や汗が伝う。今、俺が関与しそうな事象など、一つしかない。
ルルから告げられたのは、その予想通りのものだった。
「あんたと、あのモネって教師が見つけたあの地下室、殆どが燃えカスになってしまっていたけど、残った文書に同じ紋章の一部が刻まれていたらしいわ」
「もうそんな事まで調査されてるのか」
「暗殺の話が出たのがいつなのか、詳しくは知らないわ。けど、あんたが一戦交えたデヴォンという男、生贄を集めていたんでしょう?それに、精霊の魔力も吸い取っているらしいじゃない」
「そうらしい」
「それだけ大掛かりな仕掛けをした上での予告状。機は熟した、とでも言いたいんじゃ無いかしら?」
確かに、そこまで情報が揃えば、悪戯の類では済ませるのは無理がある。寧ろ、暗殺出来る自信がある故の行動に見える。
「で、その話が俺の稽古と何か関係があるの?」
「勿論。その為に来たんだから。はい、これ」
今度はもう一枚の紙を手渡す。中身を見れば、それは王城からの書簡だった。目を通すと、内容は驚くべき物だった。
「身辺警護の依頼?それも女王陛下、直々の命令!?」
ご丁寧に署名まである。何故いきなり警護の依頼になるのか、理解が追いつかない。
「何で俺に?というより、何でこれをルルが持ってくるんだよ!」
「私は私で、ギルドマスターから身辺警護を命令されたの。だから稽古のついでに、書簡を預かってきたってわけ。何であんたを選んだかまでは知らないわ」
依頼された理由は皆目検討もつかない。敵と相対した者にいて欲しい理由が何かあるのだろうか。理由を推し測っても、分からない。それに新たな疑問も湧く。
「ギルドは異議とかなかったの?ギルドの仕組みとかは良く知らないけど、俺は部外者だろ?」
「まあ信用問題はあるでしょうけど、女王陛下の依頼だしね。無下には出来ないわ。それでも突き返されかけたから、ゴネまくったけどね」
「また滅茶苦茶な。でもそんな行動がギルドマスターに通るってことは……」
事ここに至り、まじまじと自分の師匠を見た。当たり前で忘れていたが、一分の隙もない立ち居振る舞い。それに、立ち会いでは黒魔術も使っていない。つまり、素の状態の実力。
「なによ、人の身体を舐めるように見て」
「ルルって仕事出来たんだね」
「引っぱたくわよ、あんた!仕事出来なきゃ、魔界で子供連れて狩りなんてしないわよ!」
「まあそうなんだけど……」
いつも力押しでなんでも終わらせる姿しか見たことがない。魔界と人間界を気ままに行き来していた放浪者が、そんな風に信頼を置かれていたとは……。
「あんた、今失礼なこと考えたでしょう?」
「いや、全然」
ジトッと睨みつけられ、顔が引き攣った。この後は良く、拳骨が飛んできたものだと、身構えてしまう。
「全く……」
ルルの手が伸びる。咄嗟に目を閉じてしまったが、痛みはなかった。代わりに頭に乗せられた掌が、不器用に撫で付けてくる。
「何?」
「別に。いつも通りで安心しただけよ」
そう漏らした声は、珍しく優しい音だった。
考えてみれば、ルルはやらなくても良いような、書簡を渡す役を買って出たのだ。そんな形で学院まで乗り込んで来たのは、ルルなりの気遣いだったのかも知れない。
「どうせなら、崖に蹴落とされた時とかに撫でて欲しかったな」
「もう、良い雰囲気だったのに」
呆れて頭をポコッと小突いた。昔馴染みと会うと、どうしても気が緩んでしまう。
「さて、そうと決まれば、明日は町の視察に行くわよ。依頼が無ければ、戴冠の儀はお祭りみたいなものだし、いろんな屋台が並ぶわよ」
「明日?戴冠の儀って、いつなの?」
「ん〜、十日後?もう少し先かな」
「なら、今視察しても何もないんじゃないの?」
「い、良いのよ別に!下見は大事でしょう!?」
「ああ、視察にかこつけて楽しみたいと……」
「ロヴロ、今日は組手百本ね」
「いやあ、視察楽しみだなあ」
「もう遅いわよ!ほら、さっさと構える!」
「ああ、これは本気の目だ……」
こうなって、許してくれた試しがない。こういうところは変わっていない。
それからは無心で剣を振り続ける。昼頃に始まった組手が終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。




